ある海外の顧客から共同プロジェクトの提案をもらった人が、私のところに相談にきました。
「デンマークの人なんですよ。優秀なんでしょうね。なんでもヨーロッパの会社で企画を担当していたときにヘッドハントされて、アメリカにやってきたらしいんです。でも、その人、とてもうるさいんです。毎週のように提案したことはどうなったって催促です。この共同プロジェクト、内容は面白いんですが、そんなに簡単には決められませんよ。決裁のプロセスというものがあるわけですから」
「そりゃそうですね。でもそのデンマークの人は、あなたが言った一言一言に過敏に反応して、詳しい説明を求めてくる」
「その通り、どうしてわかるんですか」
「いえね。北欧系の人は、より言葉の内容を詳細に理解しようとする傾向があるんですよ。オブラートに包んだような曖昧さを大切にする日本人とは正反対なんです。だから、わからないことはどんどん聞いてくるし、明解にしようとするんです。これに閉口している日本人は結構いますね」
「日本流の阿吽の呼吸が通じないというわけですか」
「その通り。ロウ・コンテキストなカルチャーといって、行間の意味や雰囲気から相手の気持ちを察してコミュニケーションを進めようとする日本人型のコミュニケーションスタイルとは逆な、言葉そのものの意味をもって相手と話し合ってゆこうとするコミュニケーションスタイルを持っている人たちがいます。その代表が北欧の人。多様な移民が交錯する社会で揉まれているアメリカの人もそうした傾向が強いですね」
このロウ・コンテキストに関する話は5月31日のこのコーナーでも解説しました。しかし、今回の場合、やっかいなのは、そこにさらに決裁に対する意識の違いが絡んできていることです。日本のビジネス文化は、コンセンサスを極めて大切にします。根回しという言葉があるように、何か大切な決裁をするためには、上下左右の関係者とのコンセンサスをしっかりととって、さらに決裁をすることによるリスクを最大限に軽減しなければなりません。詳細に渡る質問をクリアして、やっと決裁にこぎ着けると、あとはあたかもスペースシャトルのようにしっかりと前に進むのです。しかし、この決裁についての考え方が、日本ならではの考え方だということを知っている人は、意外と少ないのです。
「では、欧米では、もっと適当なところで前に進もうと決めてしまうんですか?
そんなことはないでしょう。それって、日本でも組織の中でリーダーシップさえとれれば解決する課題ではと思うのですが」
「もちろん、リーダーシップがとれれば解決するかもしれません。でもリーダーシップって一体なにでしょう。プロジェクトを最小限の人数でまとめて前に進めるのではなく、自ら率先してどんどん根回しをして、リスクをつぶしてものごとを前に進めることをリーダーシップと思っていませんか?」
「そりゃそうですが」
「いえね。アメリカやヨーロッパの多くの国、さらにお隣の韓国もそうですが、決裁をするにあたり、根回しや事前の完璧なリサーチや過去の検証などを日本のようには求めません。プレゼンテーションを行い、そこでチェックがはいり、予算が獲得できれば、それで物事は前に進みます」
「それでは、準備不足で大変な混乱となるでしょう」
「いいえ、それも織り込み済みなのです。決裁のあと試行錯誤があり、そこで発生した新しい状況に対応しながら、丁度帆船が海に揉まれるようにしてプロジェクトを進めます。そしてそこで習得したデータや経験を元に、最終戦略を決めるのです。その場合、最初の決裁とは全く違う方向に物事が進むこともあるのです」
「ということは、彼らの最終戦略の決定こそ、我々の決裁にあたるのですね」
「その通り。しかし、日本の場合、決裁をした後での変更はなかなか難しいですね。それに対して、最終戦略の決定の段階ではそれまでの経験に基づいてより柔軟に戦略を変えられるのです。日本では、決裁に至るまで、多くの人とのコミュニケーションを必要としているので、ある段階から最終決裁に至るまでのプロセスでは柔軟な調整や変更がやりにくくなってしまいます。ただ、予期せぬリスクが顕在化しなければ、日本流の決裁は完璧なまでに準備しているので鉄壁ではあるのですが」
「確かに、日本の組織では、ある程度コンセンサスが構築されつつある段階からの変更は、その必要性を薄々感じながらも、なんとなくやりづらいですね」
まず動こうと決め、動きながら試行錯誤をして目的地に行く方法と、目的地までの行程をしっかりと調査し、事前に準備をした上で、一挙に目的地に直進しようという方法の違いがここにあります。かかる時間は同じかもしれませんが、プロセスには相当の差異があるようです。
「じゃあ、今回の場合、日本での決裁の過程についてあのデンマーク出身の人に説明し、どれだけの時間が必要か明解にしておくことが必要ですね」
「そうですね。曖昧にしておくことが最もまずいことですから」
「それに、海外と仕事をする場合、そうした相手の状況に合致した組織造りやコミュニケーションフロウの構築も必要に思われますが」
「おっしゃる通りです。ただ、日本の決裁のプロセスを無理に変えることは事実上無理ですよね。ですから、むしろ相手の最終戦略の決定に照準を合わせて、相手方とオープンにコミュニケーションしながら、その時間軸に合わせて日本側でも準備をしてゆくといった高等戦術も必要になるかもしれませんね」