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劣勢回復へのパフォーマンスを模索する大統領の本音とは

Hillary Clinton says if Trump loses, he won’t go “silently into the night.”

(もしトランプが落選しても、「彼は『夜の静寂』へとは向かわないだろう」とヒラリー・クリントンは言明)
― CNN より

選挙戦の終盤に向けて激しさを増す攻防、予測不能な結果

 アメリカは大統領選挙まで3ヵ月をきり、いよいよトランプ大統領とバイデン前副大統領とのつばぜり合いが激しくなってきました。
 今回はコロナウイルスの影響で、これまでとは全く異なった選挙となりそうです。
 もともと現職の強みを活かし、再選に向けて有利に政権を運営してきたトランプ大統領が、コロナウイルスのアメリカでの蔓延で、その対応への批判が高まり、支持率が急速に低下してきたのです。
 
 それに対して、どちらかというと穏やかで特徴がはっきりしないといわれてきたバイデン氏への支持が伸びてきました。
 そして先週、バイデン氏はカリフォルニアで司法長官を勤めていたカマラ・ハリス(Kamala Harris)氏を副大統領候補に指名しました。彼女はジャマイカ系とインド系の両親を持ち、カリフォルニアの学園都市バークレーの黒人居住区で育った、まさに移民の子供であり、民主党の牙城でキャリアをアップしてきた女性です。
 
 移民政策を大きく変え、アメリカファーストを打ち出し、アメリカの保守層のバックアップを受けてきたトランプ大統領にとって、バイデン氏のこの選択は王手に迫る有効な一手であったかもしれません。
 特に、警察官によるフロイド氏殺害事件をきっかけに、全米で黒人系の人々への差別への抗議行動が起こり、それに対してトランプ氏が否定的な立場をとったことが、さらに選挙戦での立場を危うくしました。
 
 とはいえ、アメリカの大統領選挙はぎりぎりまで予測がつきません。
 過去にも有利とされてきた候補が最後の段階で落選したケースは多々あります。前回の選挙でも、ヒラリー・クリントンが投票数では上回ったものの、選挙人の獲得数でトランプ氏に逆転され、泡沫候補とまでいわれていたトランプ氏が大統領になったことも記憶に新しいはずです。ありえないようなことが起こりうるのが、アメリカの大統領選挙なのです。
 そこで、トランプ大統領は最後の3ヵ月で有権者にアピールできる、ありとあらゆる対策を講じてくるはずです。
 

コロナで劣勢に立たされるトランプの支持者つなぎ止め工作

 まず、外交面で何らかの成果を見せようと、イスラエルとアラブ首長国連邦との国交正常化の橋渡しをして、先週その交渉が無事に終わったことを世界にアピールしました。
 これは、長きにわたるイスラエルとアラブ世界との対立の流れを変える大きな成果である、と彼は強調します。その背景には、トランプ大統領の支持母体であるキリスト教福音派の人々、さらにはユダヤ系の人々の票をしっかり抑えておく目論見があったことはいうまでもありません。この二つのグループは長年、イスラエルの安定と繁栄を支持してきたからです。
 さらに、大統領が中国のネット系企業の締め出しなど、中国に対して厳しい対応に終始することで、外交上の成果を引き出そうとしていることは、前回も解説した通りです。
 
 そして国内政策でも、コロナウイルスでの批判をかわすために、彼が攻撃を始めたのがアメリカ合衆国郵便公社(USPS)です。というのも、コロナが蔓延する中で、郵送による投票が好ましいという議論が起こっているからです。
 伝統的に USPS は民主党の支持母体でした。雇用者の中に黒人の占める割合も多く、アメリカの地域社会にしっかりと根を下ろしたこの巨大組織は、トランプ大統領にとっては脅威なのです。もし郵送による投票が実施された場合、その巨大なネットワークが民主党の支持者と連動し、彼にとどめを刺さないようにしたいというわけです。
 
 トランプ大統領は、そもそも赤字体質に苦しんでいた USPS が、大統領選挙に関わることで多くの出費を余儀なくされるとし、同時に USPS が投票に関わること自体が技術的に混乱の原因になるというのが論点です。
 そこで、トランプ大統領はコロナウイルスの影響で財務内容が悪化した USPS への補助を行わない旨も明言し、波紋を広げているのです。
 たしかに、USPS が全米を網羅した投票に関わることにリスクがあることは事実です。しかし、そのリスクへの議論以上に、トランプ大統領は長年共和党と対立関係にあった USPS をたたくことで、自らの政権運営のスタンスを鮮明にして、彼から離れようとしていた保守系の有権者をつなぎ止めることがその本心に他ならないと、多くのメディアは解説しています。
 

大統領が「往生際の悪さ」で仕掛けるパフォーマンスの脅威

 アメリカの大統領選挙は複雑です。
 第一に、大統領選挙は直接選挙ではありません。有権者は選挙人を選び、州ごとに割り当てられた数の選挙人が最終投票を行うことで、大統領が選出されます。このことで辛酸をなめたのが、ヒラリー・クリントン氏でした。
 また、広大なアメリカでは選挙の運営そのものにもリスクがありました。以前、クリントン元大統領の時に副大統領を務めたアル・ゴア氏が、ブッシュ元大統領と選挙戦を争ったとき、フロリダ州での投票数の集計に誤りがあったとして、大混乱になったこともありました。二人が競り合っていただけに、この混乱は大統領選挙のあり方そのものに多くの疑問を投げかけたのです。
 
 今回の選挙はコロナウイルスの影響で、実際の選挙の前からそのシステムを巡って USPSを巻き込んだ論争が起こっているのです。
 そこで民主党側は、トランプ大統領は劣勢にもかかわらず、執拗に抵抗を続けるだろうと警戒しています。それも、トランプ大統領が落選した場合でも、彼は様々な手を使って投票の不備や手違いを指摘し、ホワイトハウスに執着するのではと予測しているのです。
 
 以前、トランプ大統領と選挙戦を繰り広げたヒラリー・クリントン氏のコメントは、そうしたトランプ氏の「往生際の悪さ」をもじったものとして、今回ヘッドラインに紹介したわけです。この文をそのまま読むと、一見トランプ氏が落選して一市民になったとき、彼が今まで隠していた様々な脱税行為などが露見され、大きなトラブルに見舞われることを示唆しているのでは、と読むこともできます。
 しかし本音では、民主党から見れば、バイデン氏の一見温厚な性格を見据えたトランプ大統領が、選挙戦の後まで大暴れするのではないかと危惧しているのです。
 
 この危惧は、投票日に至るこれから2ヵ月半の間に、トランプ氏がどれだけ派手なパフォーマンスで攻勢に出てくるかという脅威にもつながります。
 決して政治的に利用してはいけないとされるコロナへの対策も、すでに政治的に利用され尽くしてきました。マスクをしない権利を主張する保守派の人々と、宗教以上に科学を大切にし、マスクを着用すべきとする民主党を支持する人々との争いは、社会の失笑を買いました。シートベルト義務化のときは何も議論されなかったのに、人の命に関わるマスクの着用の有無がどうしてここまで議論されるのかと、皮肉をいう人も多くいます。
 
 しかし、アメリカはそれほどまでに、国民が分裂しているのです。
 その分裂した保守の人々が自分から離れないように、しっかりと味方につけ、有権者を取り込むことだけに集中しようというのが、トランプ大統領の政策なのです。
 彼はすでにカリフォルニアやニューヨークなど、民主党支持の多い州は切り捨てているでしょう。そして、スイング・ステート(どちらにも傾きかねない)とされるペンシルベニア州でのキャンペーンに力を入れてくるはずです。
 
 人の命を救うために、コロナのワクチンは1日も早く製造してもらいたいものです。
 それは民主党も同じスタンスです。しかし、もし11月までにワクチンができれば、それすらも選挙に有利に働くように大統領が利用するのではないか、というやりきれない危惧が、トランプ大統領に反対するほぼ半数の有権者の本音なのです。
 

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『I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(著者)、山久瀬洋二(翻訳・解説)I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(著者)、山久瀬洋二(翻訳・解説)
生声で聴け!世界を変えたキング牧師のスピーチ(日英対訳)
1955年、バスの白人優先席を譲らなかったという理由で逮捕された男性がいた。この人種差別への抗議運動として知られるモンゴメリー・バス・ボイコット事件を契機に、自由平等を求める公民権運動がにわかに盛り上がりを見せた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはこの運動を舵取りし、そのカリスマ的指導力で、アメリカ合衆国における人種的偏見をなくすための運動を導いた人物である。「I have a dream.」のフレーズで有名な彼の演説は、20世紀最高のものであるとの呼び声高い。この演説を彼の肉声で聞き、公民権運動のみならず、現在のアメリカに脈々と受け継がれている彼のスピリット、そして現在のアメリカのビジネスマネジメントの原点を学ぼう。山久瀬洋二による詳細な解説つきで、当時の時代背景、そして現代への歴史の流れ、アメリカ人の歴史観や考え方がよく分かる1冊。

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