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ネット社会での情報の取捨選択を考える

Beware of false knowledge; it is more dangerous than ignorance.

(偽りの知識に注意せよ。それは無知よりも危険なものだ)
― ジョージ・バーナード・ショーの格言 より

自分に見えている情報がすべて正しいとは限らない

 ここに記した引用は、アイルランド出身の文学者ジョージ・バーナード・ショーの言葉ですが、元々は17世紀のフランスの哲学者パスカルの言葉であるともいわれています。
 ネットやAIの時代といわれる現在ほど、この言葉を噛み締める必要がある時代はないのではと思われます。無知や偽りの知識によって煽動され、世界が翻弄されたことは過去に何度も起こっています。しかし、21世紀になって、そうした情報へのアクセスが過去とは比較にならないほど容易になり、拡散しやすくなっているのです。
 
 よくいわれることですが、今では人がある情報を気に入ったとき、その情報に関連する次の情報を簡便に入手でき、そこからさらに労力をかけることなく次の情報が収集できるようになりました。そのことで、人は自分の気に入った一方的な情報のみのプールに埋没し、その結果、自分の知識があたかも絶対に正しい知識であるかのように誤解し、それを裏付ける情報のみにさらに埋没するわけです。
 ここに現代社会の落とし穴があるといわれています。
 
 こうした問題は、19世紀の終わり頃に新聞などのマスメディアが登場したころから囁かれていました。ヒトラーやスターリンなど、ジェノサイド(大量殺戮)などで世界を震撼させた人物も、マスメディアの力を最大限に活用して世論を誘導した過去があります。
 
 ここで、さらに歴史の時計の針を巻き戻して、ヨーロッパで16世紀に宗教改革が始まり、西欧世界を統率していたローマ・カトリックの権威が新興のプロテスタントに脅かされた時代を観察しましょう。
 それ以前、ヨーロッパ世界はラテン語で記された聖書を解読できる一握りの人々によって思想統制が行われていました。聖書に書かれていることよりも、その情報を独占していたカトリックの指導者の発言が、庶民にとっては神の言葉となっていたのです。しかし、15世紀にグーテンベルクが活版印刷を発明し、印刷物の巷での流通が可能になったとき、状況が一変しました。聖書がそれぞれの国の言葉に翻訳され、活版印刷によってより多くの人がその内容を解読することができるようになったとき、ローマ・カトリックの総本山から語られていた信仰の内容が、必ずしも聖書の内容と一緒ではないことが暴露されてしまったのです。これが、ルターによる宗教改革が成功した大きな要因となりました。
 印刷術の進歩が、西欧社会を大きく変化させたのです。
 

一方の考えは必ずもう一方の考えと比較すること

 今、インターネットによって、活版印刷やその後発展した様々なメディアをしのぐ情報量が瞬時に流通しています。人々はこの膨大な情報を自分の好みで取捨選択しない限り、すべてを消化することが不可能になりました。
 結果として、我々は自分の求める情報のみに浸かって、個々人を満足させるだけの知識で満たされるようになり、それぞれが異なった極端へと傾斜し始めたのです。これが、社会の分断や国と国との意識の対立に拍車をかけようとしているわけです。
 
 今、日本を含むアジアでは、こうしたネットの影響もあって、出版産業の衰退が目立っています。逆に、欧米では興味深いことに、多少の反動として書店ビジネスの復活の様子が伝えられています。
 アメリカでは一時、都市部から書店が消滅するのではないかといわれていました。ところが最近、アメリカ最大手の書店チェーンであるバーンズ&ノーブルの経営がV字回復していることが報道されています。
 新たな経営陣がチェーン店特有の画一的な品揃えを廃止して、それぞれの店舗にいる書店員の独創性を重視した書店造りを始めたからだとして、その成功例が数か月前に新聞などで特集されていました。
 
 質の高い書店では、書棚がしっかりと編集されているといわれています。つまり、一つの情報を特集した書籍があれば、そのそばに同じカテゴリーのものであっても、それとは異なる知識を記した本が並べられ、読者は自然に双方の情報を比較できるように品揃えが行われているのです。情報を比較し、一つの偏った考え方とその逆の考え方を、バランスをもって学習する環境を提供するのが、書店の本来の役割なのです。これが従来のテレビや新聞などとは異なる、書店が果たさなければならない重要な役割であるといえましょう。
 

絶対はないという事実と情報を批評する思考を忘れない

 アメリカでネット社会が拡散するなかで、書店ビジネスの復活にメディアが注目したのも、こうした書店の役割が復活することを願ってのことかもしれません。人間が神様でもない限り、一つの情報が絶対に正しいということはあり得ないはずです。であれば、21世紀のネット社会における極端な意識の分断がいかに危険な現象かは容易に想像できるはずです。
 知識や情報をしっかりと比較し、自分の立ち位置を客観的に見ながら、時には批判してみる姿勢を失わないためにも、アメリカでの書店の復活に象徴される動きに我々はもう一度注目してみる必要がありそうです。
 
 偽りの知識は確かに危険です。しかし、どこにも絶対に正しい知識は存在していないという事実も、我々は謙虚に受け入れるべきなのです。
 

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『2030年までに知っておきたい 最重要ボキャブラリー1000』アンドリュー・ロビンス (著)、岡本茂紀 (編・訳)2030年までに知っておきたい 最重要ボキャブラリー1000
アンドリュー・ロビンス (著)、岡本茂紀 (編・訳)
ITやAI技術が目覚ましく進歩し、人々の生活や社会との関わり方、コミュニケーションのあり方が大きく変化して、その影響が言葉使いそのものにも現れています。この現象がもっとも鮮明に現れている言語が英語です。さらに、ジェンダーや人種などの分野でも、多様な価値観や趣向に対して寛容に、さらには平等に対応しようという社会変革も進められ、それが新たな用語を創造しています。本書では、ごく近未来を見据えたとき、これだけは知っておかなければ会話にも支障をきたすのではと思われる1000語を厳選。英語を学ぶと同時に、よりグローバルな感性も磨くことができる一冊です!

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