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バイデン氏の大統領候補受諾演説を通して見える日本の実情

But while I’ll be a democratic candidate, I will be an American president. I’ll work hard for those who didn’t support me, as hard for them as I did for those who did vote for me. That’s the job of a president. To represent all of us, not just our base or our party. This is not a partisan moment. This must be an American moment.

(私は民主党の大統領候補です。しかし、大統領になれば、私をサポートしなかった人のためにも、他の人たちと同じようにしっかりと働きます。それが大統領の役目ですから。一つの政党のためではなく、全ての人のために働くのが大統領の役目です。今は特定の集団だけを考えているときではありません。今はアメリカのことを考えなければならない時なのです)
― バイデン氏の大統領候補受諾演説 より

 去る21日(日本時間)、アメリカ大統領選挙の民主党大会で、バイデン氏が正式に大統領候補に指名され、その受諾演説が行われました。ヘッドラインはその演説の一部です。
 このニュースそのものは、すでにあちこちで報道されています。
 そこで、今回はこの演説の持つ意味について詳しく解説し、日本の今後の政治のあり方などとも照らし合わせてゆきたいと思います。
 

バイデン氏のメッセージに込められた分断への恐れ

 バイデン元副大統領のメッセージは、今までの彼の静かなイメージとは異なり、激しく強く、かつトランプ大統領によって右傾化したアメリカへの強い危機感に裏打ちされたものでした。演説の終了後、アメリカのメディアは彼が強いリーダーシップによって、アメリカを見舞うパンデミック、経済、さらに人々の分断を乗り越えようと有権者に訴えたことを好意的に報道しました。
 共和党の中からも、ブッシュ政権のときに国務大臣まで務めたコリン・パウエル氏のような大物が、バイデン氏支持を表明するなどといったサプライズにも後押しされ、いよいよ打倒トランプの狼煙を上げたかのような印象を与えました。
 
 問題は、彼の演説にも何度か強調されていたように、アメリカ国民が大きく分断され、相容れない状態のまま今回の選挙をむかえようとしていることです。そして、選挙の結果がどちらであっても、その分断が治癒されないのではないかという恐れを人々は感じています。バイデン氏はそのことを意識し、ヘッドラインに引用した文章をスピーチの中に加えたのでしょう。
 
 同様の恐れが、今ヨーロッパにも日本にもあることは、いうまでもありません。
 経済格差、教育の格差、さらにはリベラルと反リベラルといった政治的スタンスの分断が世界を見舞っているのです。第二次世界大戦以後、冷戦とその影響による地域的な戦争は多々あったものの、全体では先進国を中心に人種差別を撤廃し、宗教や価値観の違いを受け入れながら、多様性を認め、移民へも寛容な世界へと移行しつつありました。
 
 その流れが変わったきっかけが、湾岸戦争であり、その後アメリカを見舞った同時多発テロでした。日本においても、韓国の民主化によって韓国の世論が日本の戦争責任を改めて問いかけ、中国でも反日運動が渦巻いた21世紀の最初の10年で、人々の意識が大きく変化しはじめました。世界的に見るならば、移民の排斥、ナショナリズムの高揚など、戦後によしとされてきたリベラリズムを否定するような動きが顕著になりました。
 民主党大会でのバイデン氏の演説は、そうした動きの先に見える恐怖を意識し、今回の選挙はその流れを食い止め、本来アメリカが求める自由と平等の概念の原点に立ちもどるための、今までにない重要な選挙であると強調したのです。
 

国民に向き合う世界のリーダー、国民から逃げる日本の首相

 それにしても、アメリカにしろ、イギリスにしろ、さらにはドイツやフランスにしろ、先進国といわれ、市民社会が円熟している地域でのリーダーは、常に国民に向けてスピーチをし、語りかけることによって有権者の支持を訴えます。
 
 最近ではイギリスのボリス・ジョンソン首相が、自らがコロナにおかされたときに隔離された部屋の中から、国民にこの病魔を克服しようと訴え、病気を克服した後は、自らのコロナへの見識が甘かったことを反省していると、国民に語りかけたことが注目されました。
 ドイツでもメルケル首相が、日本での緊急事態宣言にあたる状況下で国民に向け、今経済がいかに厳しい状況にあるかを認めた上で、それでもこの病魔に打ち勝つためにやらなければならないことを切々と訴えました
 さらには、ニューヨークがコロナの災禍に苦しんでいたときには、クオモ州知事が、毎日市民に向けて詳細な記者会見をしていたことが印象に残ります。
 そして今回のバイデン氏の演説は、コロナをどのように克服するか、経済対策はどうするかと、実に具体的な政策を提示しながら、国民に支持を訴えました。
 
 では、日本はどうでしょうか。
 コロナの第二波に国民が怯えている中、首相が病気を疑われ、検査入院し、退院したとき、首相はほとんど何も国民に語りかけません。そして、政府もそれを仕方のないこととして、放置したままです。
 そして為政者は、相変わらず「マスクを着用し、3密を避けよう」といった、小学校の朝礼での校長の訓話のような内容を国民に繰り返しているだけで、なぜ検査が拡充しないのか、これからどうするのか、あるいはできないのかという具体的な情報を共有してはくれません。
 国に提言する専門家も、政府の経済対策に配慮した発言のみで、専門家としての強い提言は行いません。つまり、相も変わらず官と一部の民との護送船団によって、情報が操作されていることになります。
 
 通常、日本を除くG7と呼ばれる国々の中でこうしたことが続けば、政権の継続は不可能です。首相は国民に語りかけるという業務を放棄しているとして、国民はデモを起こし、マスコミも騒ぎ、政治家は有権者の支持を取り戻そうと必死でそれまでの行動を改めるはずです。
 こうした機能が日本では働かないために、政治家はそれをアドバンテージとして、首相が記者の質問を無視してその場を立ち去ったり、国会で同じ答弁を繰り返したりといったことが可能になるのです。
 
 バイデン氏の演説にある、「今は特定の人のためではなく、アメリカのことを考える時なのです」というこの一言を、日本に置き換えて考えてみたいと思うのです。

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『英語で聞く 世界を変えた女性のことば』ニーナ・ウェグナー(著)英語で聞く 世界を変えた女性のことば』ニーナ・ウェグナー(著)
「世界を変えたい」と本気で願い、人々の心を、そして世界を動かした女性たちのスピーチを集めました。彼女たちの熱い願いを耳で聞き、目で読み、英語と歴史背景を学べる1冊です。タリバンに襲撃されても、女性が教育を受けることの大切さを訴え続け、2014年ノーベル平和賞を受賞した若き乙女マララ・ユスフザイを筆頭に、アウンサンスーチー、マザー・テレサ、緒方貞子、ヒラリー・クリントン、マーガレット・サッチャーなど、名だたる女性たちのスピーチを、雰囲気そのままに収録。

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