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したたかな微笑みの国タイの本音

Later this year Thailand will chair the Apec summit, where 21 nations including Russia, the US and China with gather. Prayuth said all news media should avoid giving too much analysis. Doing so, he said, “will cause problems to the overall image of our country.”

(タイのプラユット首相は、ロシア、アメリカ、中国など21カ国が集まるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の議長国として、すべての報道機関は過剰な分析を避けるべきだとコメントし、そういうことをすれば、わが国全体のイメージに問題が生じかねないと言明した)
― The Guardian紙(2022年の記事)より

互いの「友好国」の認識に距離がある日本とタイ

 今タイに滞在しています。
 あるタイ人が昼食のときに、「今でもタイでは外国人が土地を直接所有することはできないの。でも、例外があるのを知ってる?」と聞いてきたのです。
 「どういうこと?」と聞くと、実はアメリカ人はタイの土地を所有できるのだというのです。
 
 理由は、第二次世界大戦に遡ります。大戦中に日本軍のタイへの進駐をタイ政府が許可して、日本との同盟が成立します。しかし、こうした動きに反発した在米の外交官などが、日本によるタイの植民地化をおそれ、対日戦争へ向けて協力を始めるのです。
 アメリカは、そんなタイとの結びつきを秘密裏に強めるなかで、アメリカ人がタイの土地を所有する権利も認めさせたというわけです。この例外が今でも効力をもっているのです。
 
 しかし戦後になって、タイは経済的にも復興した日本との関係強化に努めます。その結果、日本側はタイの発展に協力した友好国だと認識していますが、実はタイ側の姿勢には、常に一定の距離感があったのではないでしょうか。
 
ラーマ9世(プーミポン国王)のときは、王様の絶妙な指導力と調整力でタイは国力を伸ばしてきました。そのときに、日本との関係も強化し、今でもタイの人は日本人が好きなんです。でも、今の国王はそれほど力がないし、政府も日本との関係も大きく取り上げないといわれていますよね。それは仕方ないことかも。というのも、戦後の冷戦期をうまく切り抜けて、とかく混乱しがちな国政を安定させて経済を伸ばしてゆくためには、前の王様のような存在が必要だったでしょう。でも、今のタイは経済的にも成長し、強い王はむしろ必要なくなった。だから、以前ほど王室の権威も求められなくなったというわけなの。同じように、日本との関係にも変化が生まれているわけ」
 
 彼女は続けてそう説明してくれました。
 

地理的条件が共通する日本とタイの異なる政策

 タイの観光地はコロナが一段落した今、観光客で溢れています。
 観光と海外企業の誘致という、国を挙げたサービス政策で国を富ましているタイを見ると、そこに思わぬしたたかな一面が見えてきます。
 実は、タイではロシア人観光客をよく見かけます。年間140万人ともいわれるロシア人がタイの観光地に押し寄せているのです。
 ロシアがウクライナに侵攻しても、タイは等距離外交をモットーに中立政策を貫きます。そうした意味からも、友好国ではありながら、日本の外交政策とは少々距離を置いたスタンスをとっているのです。
 
 タイは、ベトナム戦争カンボジア内戦、現在も国際問題となっているミャンマーの紛争など、隣国の戦火を常に感じながら戦後を生き抜きました。
 しかし、こうした危機をはらみながらも、常にタイは「微笑みの国」として、独自な政策を維持しながら、世界から人々を迎えて経済を支えてきたのです。
 タイ人は、ここまで国家が豊かになってきた以上、ミャンマーなどのような極端な政変が与えるリスクの大きさを理解しているのかもしれません。したがって、タイでは経済に影響を与えるような大事件は起こりにくいのではないでしょうか。
 
 タイの地政学的な位置について考え、さらに歴史的な背景を考えると、日本と共通点が多いことに気付かされます。
 その昔、タイは、東はクメール(カンボジア)、西はミャンマーに挟まれて常にその力関係の中で王朝の興亡がありました。それが近世になって、タイの東に位置するベトナムやカンボジアにはフランスが介入して植民地化し、西はインドやミャンマーがイギリス領となりました。さらに、南からもシンガポールやマレーシアを通してイギリスが爪を伸ばしてきたのです。
 しかし、タイは、イギリスとフランスという当時の強国に挟まれながらも、その緩衝地帯となるように巧みな外交を駆使して、東南アジアで唯一独立を保ってきたのです。それは戦後の冷戦下でも同様でした。
 
 日本を振り返ってみれば、その昔、同じようにイギリスとフランスとの植民地競争の狭間の中で明治維新を迎え、その危機を乗り越えました。そして、戦後は太平洋を挟んでアメリカがあり、北にはソ連、西には中国があるという極めて微妙な条件の中で、国の舵取りをしなければならなくなりました。
 そのときの日本の戦略は、アメリカを同盟国にすることでした。
 しかし、タイはすべての国と等距離で接しながら、譲ることにも拒絶することにも臨機応変に対応しながら、戦後を生き抜きました。
 

タイのしたたかな外交戦略から日本が学べること

 今、タイでは、台頭する中国が、中国南部の昆明からラオスを縦断してバンコクへと伸びる新幹線の建設を進めています。しかし同時に、国内需要の喚起という意味から、バンコクから北部の主要都市チェンマイに伸びる新幹線の建設も計画しており、それは日本への発注を予定しています。一つの国が二つの国家に新幹線の建設を発注することも、タイらしい選択だといえそうです。
 しかも、その着工に向けて各国にあの手この手で揺さぶりをかけてきたことも、数年前には話題になりました。
 
 今、アメリカはタイに対して、ウクライナ情勢にもっと真剣になるように圧力をかけています。日本は即座に防衛力増強のための予算も策定しましたが、タイは前述のようにロシアとも等距離の外交を維持しています。その結果、タイの観光地パタヤではロシア語があちこちから聞こえてくるのです。ウクライナからしてみれば、欧米の誘いに乗らないインドやタイからロシアに物資が流れることも大きな懸念材料です。
 しかし、タイ政府は今回のヘッドラインのように、この問題をマスコミが騒ぎ立てること自体に不快感を抱いています。つまり、タイはこのまま、あらゆる国との距離を保ちながら、うまく経済を発展させて国情を安定させたいのでしょう。
 
 地政学上の課題を逆手にとったタイの外交戦略に対する批判はあるものの、日本との比較要因として、タイのしたたかな政策から日本が学べることもあるかもしれません。
 

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