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希薄な情報と心ない事件が生み出す風評被害とは

The NYPD said it is not currently investigating the attack as a hate crime, but some local politicians have condemned the attack for being motivated by hate.

(ニューヨーク市警は、今回の〔日本人ジャズピアニストへの〕暴行がヘイトクライムかどうか調査中だとしているが、地元の政治家は、これは明らかに人種的偏見によるものだと非難している)
― CNN より

アメリカで広がるアジア系人種に対する差別

 福島で今、原発事故の処理でたまる汚染水を海に放出することで、漁業関係者が風評被害の問題に悩んでいるという報道がありました。
 海洋が実際にどれだけ汚染されるかという問題の事実関係は定かではありません。しかし、確かに風評被害は現実の問題なのです。
 
 今回は、こうした風評被害の問題を国際関係のなかで考えてみたいと思います。
 風評被害は距離に比例して深刻になるように思われます。遠くで起こったことは、近くで起きたことより正確な情報がないだけに、深刻な風評となって拡散してゆくのです。
 例えば、アメリカでコロナウイルスが蔓延しているなか、元々コロナウイルスを拡散した(とされる)中国への憎悪が、社会問題になっているという報道をよく聞きます。そもそも大統領自ら、コロナウイルスのことを「チャイナウイルス」などと言って露骨に不快感をあらわしていることも、こうした嫌悪感を刺激しているようです。
 そして、巷ではアジア系の人種全般に対して、中国人と見分けのつかない人々が差別による被害に見舞われているケースが増えています。ヘッドラインで紹介しているように、ニューヨークでは日本人のジャズピアニストが心ない人の暴力によって怪我をするという悲しい事件も発生しました。
 
 こうしたニュースがいったん世界に拡大すると、アメリカに行けばアジア系人種であるというだけで暴力や差別に遭遇するのではないか、という恐怖をかき立てます。
 右傾化する社会の様子がテレビなどで報道されるたびに、この見えない恐怖が人々の中で増幅されるのです。一つの事件があたかも社会全体の状況を代表しているかのような印象を人々に与えるのです。
 ニューヨークで暴力に遭った日本人には温かい支援や励ましの言葉が寄せられましたが、その事実より、アメリカは危ない国という風評の方がはるかに多く世界を駆け巡りました。
 遠くで起こった出来事は、その現実の詳細が見えないだけに、不安の影だけが拡大して見えてしまうのです。風評は事件が発生したその場ではなく、遠い海外で拡大しているわけです。
 実際、私自身もコロナに汚染されているアメリカで、さらにアジア系人種への差別が広がっているとされる状況で、はたしてレンタカーを使った移動は安全なのだろうかと思いかけたほどでした。
 つまり、風評被害は、被害者が現地でヘイトクライムの対象となり、理不尽な偏見に晒されるという実際の事件につながるのです。そして、その事件が新たな風評被害の振動を起こしてしまうという悪循環が生まれてしまうのです。
 

小さな点から波及し世界に拡大してゆく風評被害

 では、ここで目を転じて、身近な風評被害の様子を見てみましょう。
 日本では、東京の居住者へのコロナ差別が問題になりました。
 東京で毎日200人を超える感染者が確認されたことで、「東京都民=感染リスク」という風評が日本中を駆け巡っているのです。
 東京に住む人にとっては迷惑な話でもあり、明らかな差別だと怒りを覚える人も多いはずです。
 地方では、東京から里帰りをした親戚がいる家のお年寄りが、東京の人がいなくなってから2週間が経過するまで、自治体の訪問サービスを受けられないといった不幸なことが起きています。
 風評は自治体の判断まで狂わせ、その被害は思わぬところに飛び火しているのです。これも東京や首都圏から距離があれば、それに比例するかのように風評が深刻になっているようです。地方の人が、ただ恐怖の影に怯えているわけです。そこに集団心理が働き、自治体の対応にまで影響を与えてしまったことになります。
 
 同様のことは、韓国と日本との間にも起こっています。
 韓国と日本との政治問題がクローズアップされるごとに、日本人は韓国に行けば白い目で見られるのではないかという懸念が社会に広がり、日本人は韓国人を蔑んでいるのではという風評が韓国社会に拡散します。
 
 中国の地方に行けば、10年以上前に起きた反日運動の影が今でも残っています。「日本人は立ち入るべからず」という看板を掲げた飲食店があり、日本は軍国主義の国家だという風評が今でも巷にくすぶっているのです。
 どこの国でも、どこかの国や地域との政治的な対立があるときは、自らを正統化するために意図的に風評を流し、それを拡大させることもあり得ます。我々もそうした行為に惑わされない冷静な目が必要であることは、いうまでもありません。
 
 そして、これらの事実から見えてくることは、ほんの一握りの人々の起こす事件が、思わぬハレーションとなって世界に拡散するという現象です。
 さらに、一度拡散した風評を払拭することは、ちょうどタンカーから漏れたオイルで汚された浜辺を綺麗にするのと同じほどに、とても大変で、甚大な努力が必要となるという事実を忘れてはなりません。
 政府にしろ、企業にしろ、国や企業のイメージがどのような風評となって拡大するのかという現象、そして現実にもっと敏感になるべきでしょう。
 

風評被害のリスクを慎重に評価して対応を検討すること

 したがって、確かに福島の原発で汚染された水を海洋に流せば、それは間違いなく情報として世界に報道され、新たな風評被害となる可能性は大きいのです。
 悪くすれば、日本全体が汚染されているかのような、あるいは日本人そのものが自然破壊をしているかのような印象を海外に拡散させるリスクがあるのです。
 実際、捕鯨問題などで、日本人すべてに非難の目が向けられたケースは過去に何度もあったはずです。英語圏の人々に向けた、欧米流の論理で明解なコミュニケーションをすることが文化的に苦手な日本人は、政府も含めてこうした風評が一度拡散すると、打つ手をなくしてしまいます。
 ですから、事情はともあれ、政府や企業はこうしたリスクの深刻さを理解した上での対応を検討しなければならないのです。
 過小評価は禁物です。透明な情報共有が仮にあったとしても、その情報が風評によって希薄化し、風評だけが先行して流布されることもおおいに考えられるのです。
 

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