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ウイスキーの反乱から変わらないアメリカとは

Americans are more divided than ever, gridlocked over social issues, race, gender and the economy.

(アメリカは社会問題、人種、性別、そして経済と今までにはない先の見えない分断にさらされている)
― The Associated Press より

 この記事が掲載される頃は、アメリカ大統領選挙の投票のまっただ中です。
トランプ、バイデン両候補は、全く異なる政策によって対立を深めています。
 
 そんな中で、先日アメリカの古い友人と、オンライン飲み会ともいえる不可思議な打ち合わせをしたのです。
 時差の関係で、こちらは深夜、スコッチをグラスにいれて、相手は早朝なのでコーヒーカップを片手に、リラックスしてビジネスについての話をしました。
 彼はアメリカ史に詳しい人物で、仕事の打ち合わせの前に私のウイスキーグラスを見たとたんに笑い出し、

「いや、今回の選挙はアメリカのトラウマだよ。ウイスキーの反乱以来のね」

とコメントしたのです。

 ウイスキーの反乱とは、すでに230年も前にアメリカで起こった騒動です。
 それは、アメリカがイギリスから独立し、ジョージ・ワシントンがアメリカ初の大統領に就任してからしばらく経ってのことでした。
 独立したばかりのアメリカには共通の通貨もなく、イギリスの一方的な課税に対して人々が立ち上がって、なんとか独立した国家をつくったとはいえ、それをまとめる強い政府機能も存在していませんでした。
 なんといっても、国をまとめ、独立国として維持してゆくためには、独立戦争以来の厳しい財政難を立て直し、人々の暮らしを再建し、さらにまとまりのある国家の制度を作らなければならなかったのです。
 
「そのためには税金の徴収が必要だったわけだ」
「そうそう、だからウイスキーに課税したことに、人々が反発して暴動となったのさ」
 
 つまり、こういうことです。
 当時、共通の通貨がなかったために、地方ではウイスキーが通貨のように取引の基準に使われていたのです。
 しかも、中央銀行を創設し、ドル通貨を流通させる準備は進めていたものの、それぞれの地域が中央銀行の通貨政策に統合されてゆくことに対して、人々の戸惑いや反発もありました。それまで自前のやり方で経済活動をしていた人々には、そうした制度は馴染まなかったのです。
 さらにそこへ、ウイスキーに一方的に課税をして中央政府を強化しようとしたものですから、多くの人は、これではイギリスに課税され苦しめられたのと同じことだ、という反発を招いたのです。
 それでなくても、独立戦争で疲弊した地方の経済や人々の暮らしを元に戻すのは大変なことだったのです。
 
 そのため、国家として独立するためには一緒に戦ったものの、自分たちの生活をさらに脅かす課税には反対という人が立ち上がったのでした。
 

西ペンシルベニアでの反乱を抑圧するために向かうジョージ・ワシントンとその部隊

 
「今のコロナを見ると、国としては感染防止が大切だとわかっていても、目の前の経済を見ると耐えられない。だから、パンの方が理想的な衛生よりも大切というわけ。しかも、そんな衛生についての細かいことを個人に強制するなんてとんでもないというのが、トランプ支持者の声。それに対して、ちょうどジョージ・ワシントンが国民を説得したように、まずしっかりとした政府ができなければアメリカの独立を守れない。人々が国家のもとに保護されて、疲弊した経済を復活させるためにも、まずは守るべき制度をつくらなければ、というのがバイデン支持者の考え方というわけだよ」
 
 これはわかりやすい説明です。
 実際、独立後まもないアメリカは、建国したばかりの国家を作り上げるという至上命題があることは誰もが感じていました。しかし、目の前の生活を守り、家計を再建することは、ほとんどの市民にとってさらに重要なことだったはずです。今、トランプ大統領を支持しているのは、決して過激な白人至上主義者だけではありません。コロナウイルスによって経済的な打撃を受けた人々が、ウイルスの脅威より経済を、という主張を支持しているのです。
 
「ウイスキーの反乱のときは、ジョージ・ワシントンというカリスマ的な大統領が、自ら陣頭に立って鎮圧し、なんとか国の分裂を食い止めた。しかし、このときに生まれた“国家か個人か”という課題がアメリカ社会に残り続け、60年後の南北戦争の導火線にもなったよね。自分のライフスタイルを国にとやかく言われたくないという考えが、奴隷制度を犯罪として処断する国への反発の原動力となったのさ」
「今、銃を持つ人が、あるいはマスクを拒絶する人が抱いている気持ちが、まさにそこにあたるわけだよ。でも、いまだにそんなことでねと思う外国人は多い。君はもちろん、銃にも反対だし、マスクも携帯している。日本人にとってはそれが当たり前のように思えるけど、これはアメリカが建国以来人々を分断してきた事柄なんだね」
「ウイスキーの反乱を起こした人々は、ワシントンと共に独立戦争を戦ってきた人々だ。でも、それが自らの経済問題に端を発して、アメリカという国のあり方を巡って分断されていった。同じことが南北戦争をはじめ、その後何度も国の中で燻ってきた。ばかばかしいと思うような人種差別も、元はといえば自分の家やコミュニティを他の者に侵されたくないという、アメリカ人ならではの意識がその起源だよ。だから、今回の社会の分断は、アメリカが建国以来200年以上抱える課題というわけさ」
「日本は、小さな島国で、ほとんどの人が日本人という意識をもって、国家の存在は当然のことだと思っている。そして、国家のあり方を巡る激しい議論はなく、国が行うサービスのあり方を巡って選挙が戦われる。しかも、多くの人は政治に関心がなく、政府は空気のようなものだと思っている。これってどうなんだろうね」
「確かに、アメリカ人はうるさいと思う人は多いようだね。小さい頃からディベートを学び、10代も半ばを過ぎると、いっぱしの大人と同じように政治のことや社会のことを語り出す。人から見れば未熟に見えることでも堂々と話し、大人もそれを公平に聞く。でも、今そんな子供も交えて、アメリカはこの200年以上の課題を巡って分断され、現代版のウイスキーの反乱が起きそうだ。これをどう癒すかは、今回の選挙の最も大きな課題だよね」
 
 あと数日で、この課題へのアメリカ人の判断が形になってあらわれるのです。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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