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曖昧な日本人が招いたワクチン供給の遅れとは

About 3.9 million doses of the J&J vaccine will be distributed to states, tribes, territories, pharmacies and community health centers, a senior Biden administration official said Sunday night.

(約3,900万人分のジョンソン&ジョンソンのワクチンを、州や国内の各地域、薬局、地域の保健センターなどに供給されると、バイデン大統領の幹部が日曜日の夜に発表)
― CNN より

コロナ第一波の日本でECMOが不足した背景とは

 このヘッドラインのように、アメリカではファイザーなどに続き、ジョンソン&ジョンソンのワクチンの供給も始まっています。ヨーロッパの主要国などでも似た動きが報道されています。
 
 新型コロナウイルスの第一波が、日本を襲っていたときのことでした。
 緊急事態宣言の中、病院でも今までに経験のない人員と医療機器の不足の前に、多くの関係者が目の前で苦しむ罹患者に充分な手当ができず、焦りがつのっていました。
 医師たちはエクモ(ECMO:重症呼吸不全患者または重症心不全患者に対して行われる、生命維持法または機器)の治療が施せる病院を探して四苦八苦し、患者も自分がこの先どうなるのか苦しみながら不安と絶望に苛まれていました。
 
 確かにあのとき、日本ではエクモが不足していました。
 しかし、当時ヨーロッパでは日本の状況を遥かに超える医療崩壊に悩まされていました。エクモを製造する日本の企業は、そんなヨーロッパ(EU)との事前契約の履行のため、その機器を輸出せざるを得なかったのです。
 そのことが、日本でのエクモの不足に直接の影響を与えました。
 病床不足に加え、医療機器の供給も緊急の課題となったのです。
 
 当時、アメリカではニューヨークでコロナの患者が急増し、それが全米に拡散を始めていました。ニューヨーク州知事は、人工呼吸器をどのようにして供給するか毎日記者会見を続け、全米のみならず全世界から医療機器を導入しようと格闘している姿が印象的でした。日本の政治家とは全く異なる、市民へ情報を提供する姿が今でも心に残っています。
 
 EUとの事前契約を履行しなければならなかった日本の企業を責めることはできません。
 契約がある以上、それを守ることは必要だったはずです。また、そのことによってヨーロッパで多くの人命が救われたとするならば、人の命に国籍による差別がない以上、日本企業の製作したエクモが人命救助に大きく貢献したことには変わりないのです。
 

ワクチン供給の遅れにみる日本と欧米の「契約」の違い

 さて、ここで現在のワクチンの供給について注視してみましょう。
 政府は、もともと3月には本格的にワクチンの接種を加速させ、4月には高齢者にも供給を始めると発表していたはずです。しかし、充分なワクチンが届きません。
 世界的な需要の急増とロジスティックス上の問題によって、日本への供給が遅れているのかもしれません。しかし、私は以前からこのブログで、ワクチンの供給に関する契約が充分に履行されない怖れがあることを警告していました。それには理由があるのです。
 
 日本企業が過去から常にぼやいている海外との事業の進め方に、彼らにいかに締め切りを守ってもらうかという課題がつきまとっていたからです。
 海外と取引があり4,000人を超える従業員がいる日本企業の管理職に対して、過去にアンケートをとりました。すると、彼らの抱く最も深刻な悩みが、海外の企業やビジネスパートナーが締め切りを守ってくれないこと、そして期待した品質を維持してくれないことにあったのです。
 
 では、どうして納期を守ってくれないのでしょう。
 それは、契約をしておけば全てはその通りに運ぶはずだという日本側の読みの甘さと、海外のパートナーとの納期に関する詰めの甘さが見え隠れするのです。
よく欧米では契約書が全てで、契約書を履行しないとすぐに法的な賠償などのリスクにさらされると日本人は思っています。ですから、日本側は契約さえしておけば大丈夫だと、サインの重みの上にあぐらをかいてしまいがちです。
 
 しかし、実際は彼らにとって、契約書はその時点での「約束事」を記した紙に過ぎません。状況が変われば、それに応じて交渉をすることは、彼らには当たり前のことなのです。
 さらに、納期の詰めの段階で行われる英語でのやりとりにおいて、日本側に相手の曖昧なコミットメントを見抜けない基本的な課題があることをここで指摘します。日本人には、最後の最後まで確認をし、相手から絶対の合意を取り付けるまで、しつこく詰め寄ることを遠慮する風習が今でもあるのです。
 逆に、欧米では相手が曖昧なままに合意したことは、合意事項ではないとして、その時の状況によっては、こちらの曖昧さをアドバンテージとしてきます。それはビジネス上の交渉では当然ありうることというのが、彼らの常識なのです。
 
 具体的に説明しましょう。
 例えば次のような言葉は、相手が合意したことには全くなりません。
 
1) Don’t worry. I will do my best.
2) I really understand. Let me try.
3) No problem. I will do it.
 
 これらの言葉には、日時への確実なコミットメントは含まれていません。
 即座に、よりはっきりとした言質を取るべきです。そのためには、約束を守ってもらうことから相手が享受できるベネフィットについても、しっかりと交渉の材料として手元に持っておくべきです。
 また、契約は状況によって変更できるという彼らの常識に対応するには、契約書だけではなく、現場での強い交渉力こそがものを言うということを改めて知っておくべきです。
 

欧米のビジネス文化を理解して交渉すること

 欧米のビジネスパートナーが日本人に対して抱いている苦情で最も多いのは、実はこの交渉力における日本人の曖昧さなのです。日本側とは情報を共有しにくいと彼らはよく苦情を言います。
 日本には、ハッキリとものを言うことは相手に無礼であるという常識が、今でも根強く残っています。さらに、それとは逆に、欧米の人に対しては強くものを言うべきだという感情論も多くの人が抱いています。このどちらも正しくないのです。
 
 ロジックをもって、最後までしっかりと詳細を決めてゆくとき、欧米では日本人から見るとあたかも喧嘩をしているかのように、激しく議論をすることがあります。しかし、よく見るとそこには相手への中傷の言葉は一切なく、あくまでもビジネス上の方法や戦略について厳しいやりとりをしているのです。つまり、ビジネス上のことであれば、テーブルの上にそれを置いてどんなに厳しい話し合いをしても、相手に対して無礼ではないのです。
 しかし、そこで相手個人への中傷があれば、それは単なる感情論として、却ってこちら側に不利な状況を生んでしまいます。
 
 ワクチンの納期が遅れることは、これらの背景からもある程度予想ができました。気づいた時点で、すでに手遅れになっているのです。
 エクモの供給を契約通りEUに対して優先し、日本側への供給不足を招いたことも、そんな律儀な日本がワクチンを約束通りの納期で入手できないことも、全て国の交渉力とバックアップ力の欠如に起因しています。
 それは、欧米のビジネス文化をしっかりと理解せず、机上の知識だけで物事を処理しようとする、日本の官僚やビジネス関係者の感覚の甘さによる、重大な逸失利益となっているのです。
 
 この件については、今後のオリンピック開催の問題などとも絡めて、さらにしっかりと見つめてゆく必要があるのではないでしょうか。
 

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助産師になる夢を追いかけ、イギリスに渡ったナイジェリア人女性へインタビューを行いました。志を高く持ち、祖国への貢献を目指す彼女の物語をご覧ください。
https://youtu.be/6zgCg_a9Q98
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『言い返さない日本人: あなたの態度が誤解を招く!』 山久瀬洋二 (著)言い返さない日本人: あなたの態度が誤解を招く!』 山久瀬洋二 (著)

日本人を誤解してきた、外国人のアッ!と驚く言い分。
欧米をはじめ日本・中国・インドなどの、大手グローバル企業100社以上のコンサルタントの経験を持つ筆者が、約4500名の外国人と日本人のもっとも頻繁に起こるビジネス摩擦を28例挙げ、それぞれの本音から解決策を導き出す。今、まさに外国人とのコミュニケーションに悩む、多くの日本人に向けた究極の指南書。異文化との出会いが楽しくなるコミュニケーション術。異文化の罠を脱出せよ!

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