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罪と罰の向こうに見えるものとは

Russian Sgt., 21, was convicted of shooting a 62-year-old civilian, Oleksandr Shelipov, in the northern region of Sumy in the first days of the war.

(21歳のロシア軍軍曹が、戦争初期にスムイ北部でオレクサンドル・シェリポフを殺害したことで有罪となる)
 

The 18-year-old man accused of killing 10 people at a Tops supermarket on Saturday.

(18歳の男がトップス・スーパーマーケットで土曜日に10人を殺害した罪に問われる)
― いずれも The New York Timesより(一部編集)

2人の若者が起こした銃乱射事件と戦争犯罪

 先週、2つの事件が世界を揺るがせました。
 犯人は18歳と21歳。どちらもこれから人生を謳歌できる年頃でした。おそらく、その望みは永遠に絶たれるのではないかと思われます。
 彼らはどうして一生を牢獄で過ごすことになったのでしょう。何が彼らをそうさせてしまったのでしょうか。恋愛も仕事の夢も、友人との食事も、何もかもをその罪によって葬ってしまった彼らを、我々はどのように見つめればよいのでしょうか。
 
 18歳の若者は、14日にアメリカで銃の乱射事件を起こしました。白人至上主義者としてマニフェストまで用意し、無慈悲に10名もの罪もない黒人をスーパーマーケットで殺害しました。場所はバッファロー、ナイアガラの滝の玄関口として知られるニューヨーク州北部の都市での悲劇でした。
 「リプレイスメント・セオリー」という人種差別を擁護する論理があります。それは、白人の豊かな社会が、イスラム教徒などの海外からの移民によって意図的に変えられようとしているという陰謀論です。
 彼がいつ頃からそのような考えに染まっていったのかはわかりません。インターネットを通して情報を集め、同じ考えをもつ仲間に対して犯行前に予告まで行っていました。世論も犯人のことをEvil(悪魔)と表現し、全米が騒然としたのです。裁判はこれからです。日本のように最終の判決まで長い時間がかかることはないはずです。死刑制度のないニューヨーク州で下される判決は、精神疾患がない限り、保釈条件なしの終身刑となるはずです。
 
 そんな無慈悲な犯行が行われた頃、ウクライナでも1人の青年が裁判所のガラスの向こうに立たされていました。21歳のロシア兵の青年です。ウクライナ東北部のロシア国境に近い町で、ロシア軍がウクライナに侵攻して間もない頃に民間人を射殺した罪で、戦争犯罪者として裁判にかけられたのです。
 彼は下士官でした。命令によって民間人を殺害したと弁護側は主張しますが、本人は自分の犯行を認め、裁判で面会した被害者の妻への謝罪も行いました。そして、その無慈悲な行為に対して、22日に終身刑の判決が下されました。上官や侵攻を命令した指導者を裁くべきで、1人の青年を裁くことは適切ではないと、弁護側は控訴する予定です。彼はウクライナに侵攻し、ウクライナ軍に捕らえられ、戦犯として裁かれる最初の人物となったのです。
 

他人事ではないポピュリズム、その犯人を許せるのか

 ウクライナで裁判が進行している頃、バッファローの事件はアメリカ中のマスコミが毎日取り上げていました。マスコミは被害者の家族にインタビューを行い、街の人々の意見も聞いて回りました。
 インタビューを受けた中に、1人の中年の黒人女性がいました。記者が「あなたは犯人を許せますか」と聞いたとき、「許さなければ」と彼女は答えます。「だって私はクリスチャンです。彼の行ったことは受け入れられないけど、乗り越えるためには許しが必要なのです」とその女性は答えました。全ての人がただ悪魔として犯人の人格を退けていた中で、なぜかその人の言葉が心に残りました。「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を思い出したのです。
 
 世論は犯人の年齢も、彼が育った環境も、ネット社会の暗部についても、多少は語るものの、概ね人種差別への怒りだけに傾斜していました。この問題は他人事ではありません。コロナが蔓延して以来、我々アジア人もアメリカでは人種差別による暴力の対象となっているからです。
 もともとフランスの極右の扇動家が、中東や北アフリカからイスラム系の人々が流入したことによるフランス社会の変容を糾弾したときに主張したのが、リプレイスメント・セオリーです。よくあるユダヤ人陰謀論、戦前にあった日本人に対する黄禍論(イエロー・ペリル)など、人を人種や民族によって差別して社会から締め出そうという考えは、あのヒトラーによるユダヤ人大虐殺などを招来した恐るべき事件にもつながります。
 陰謀論はある意味でのポピュリズムで、教育を受ける機会の少なかった人々をもうまく誘導して大衆運動を起こし、人を傷つけてゆく危険な考え方です。しかし、人を傷つける人は、自分も貧困や家庭内暴力、教育からの疎外という経験を持つことが多いと言われるように、こうした考え方は青少年期に心に傷を負った人への甘い誘惑となるのです。
 バッファローの事件では、犯人の憎悪は黒人とユダヤ人に向けられていたと報道されていますが、まだ詳細はつかめていません。
 
 そして、ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ各地で戦争犯罪行為が続発しています。ロシア軍兵士のモラルと士気の低さが指摘される中、西欧諸国の支援を受けたウクライナ軍の頑強な抵抗に直面した兵士の多くは、戦争に参加するという事実も知らされないまま、戦車に乗せられ死の恐怖に晒されました。とはいえ、ウクライナでレイプや無意味な市民への虐殺行為が多発したことは擁護できるものではありません。
 その厳しい現実の中で、21歳の、おそらく国際情勢も戦争が何なのかも理解していなかった一兵士が、その許されない殺害の当事者になったのです。「あなたはウクライナを守りに来たと思っていたのですか」と、62歳の夫を殺された妻は語りかけます。「それなのに、どうして一市民の夫を殺したの」と付け加えます。彼はひと言「シェイム(恥です)」と答えます。被害者の妻はマスコミに、「彼はかわいそう。でも夫の殺害は許せない」とその複雑な思いを語ります。
 「罪と罰」、そんな言葉を生み出したドストエフスキーを育んだロシアが今、世界の憎悪の標的となってしまいました。そして、彼はロシアの残虐行為の象徴として、毎日、世界中のマスコミの前にその姿を晒しているのです。
 

2人の若者を社会の向こう側に追いやったものは何か

 18歳のアメリカ人、彼の名前はペイトン・ジェンドロン(Payton S. Gendron)。そして、21歳のロシア人の名前はヴァディム・シシマリン(Vadim Shishimarin)。実際の名前を聞くと、より2人の犯罪者が今どのような心境なのか考えてみたくなります。
 この2人の若者を追いやったもの、追いつめたものは何だったのでしょうか。この問いこそが、我々が考えなければならない人類の重い課題です。21世紀という文明が世界を豊かにできる時代に、どうしてこのような犯罪が起きて、そのことで多くの被害者と家族、コミュニティが苦しみ、加害者は悪魔と呼ばれて社会の向こう側で一生を過ごさなければならなくなったのでしょうか。
 
 社会が分断され、世界が分断される中、グローバルにはアメリカと中国、そしてロシアが対立し、よく見るとウクライナはアメリカの代わりに戦争を余儀なくされているかのようにも見えてきます。もちろん、背景はそんな単純なものではないにせよ、戦争の結果、加害者と被害者が生まれ、「罪と罰」という思い鎖につながれた21歳の青年が今裁かれます。
 そして、そんな国際問題の一方の当事者であるアメリカでも、その内側では癒えない分断が起きて、どこでレールから脱線したのかもわからない18歳の若者が、あたかも麻薬中毒のように、ポピュリズムの果ての極右思想をネットで追いながら、他の者の見方や同じ国に住む人々の様々な思いや日々の生活への思いも抱けなくなったまま、銃を持ってスーパーマーケットで、子どもの誕生日ケーキを買おうとしていた人、タクシーの運転手などを、片端から撃ち殺してしまいました。
 
 罪を憎んで人を憎まず。その言葉をどう考えればよいのか。感想も評論も表明できないような、そして、どこに救いを求めればよいのかわからないような2つの事件が起きてしまいました。許さなければ。この言葉も今表明してよいのかどうか。我々が考えなければならない重たい課題が、このところ増えすぎているようにも思えます。
 

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