ブログ

アリゾナで経験したアメリカと中国の確執の背景とは

Harvard University will move a popular Chinese-language program to Taipei from Beijing amid a broad chill in academic and cultural exchanges between the United States and China.

(ハーバード大学は人気の中国語のプログラムを、米中関係の学術交流が冷え込んでいることから、北京から台湾に移転する予定)
― New York Times より

とあるアメリカの地方都市に見る「価値観」

 今回は、超大国とは何かということについて考えてみたいと思います。
 アメリカと中国という二つの巨大な国家の対立の背景にある、国民の意識の違いについて分析してみたいのです。
 
 今、アリゾナ州のフラッグスタッフという街から、ロサンゼルスまで480マイル(約772キロ)を車で移動しているところです。
 途中で夕食を、と高速道路を降りたところにあるガソリンスタンドへと向かいました。こうした地方の小さな町では、高速道路の側にあるガソリンスタンドに、必ず食料品やTシャツなどの土産物を売る店が併設されています。そこにあるハンバーガーショップでチーズバーガーを頼み、残り350マイルの走破に備えようというわけです。
 店で働く若者の英語はアクセントもあり、聞き取りが困難です。相手から見ても、私がどこから来たのかわかりません。ハンバーガーショップのカウンターでは男たちがアメフトの試合に見入っています。彼らの太い腕には刺青がぎっしりで、知り合い同士なのか、ときどき冗談を言って高笑いしながらゲームを見ています。
 
 彼らにとっては、日本も中国も、遠い意識の外の国に他なりません。東京の位置もわからないかもしれません。
 これは本当の話ですが、日本で育ったアメリカ人の友人がテキサス州に戻り、地方の大学に入学したとき、寮で一緒になった仲間から「どこから来たんだい」と聞かれ、「Japan」と答えたら、「それはテキサスのどこなんだい」と問いかけられたというのです。
 まさか、と思うかもしれません。しかし、これはありえない話ではありません。
 
 その昔、アメリカには世界各地から入植者がやって来て自分たちの町をつくりました。そのとき新しくできた町に、はるか遠くの故郷の名前をつけたのです。
 その名前が今でもアメリカのあちこちにあります。フロリダには日系の入植者がいたことを示す、ヤマト・ロードという道があったことも記憶しています。
 ですから、その友人が受けた質問は、ごく自然な質問だったわけです。そんな多様な人々が住みついて何世代も経た現在、こうした地方都市にはそこに根付いたコミュニティがあり、その絆が彼らの生活基盤であり価値観の土台となっているのです。
 
 そして、アメリカ中にはそうしたコミュニティのドット(点)が無数に存在しています。
 ですから、その無数のドットを一つにまとめて統率することは、相当な求心力があったとしても無理なわけです。もっと踏み込めば、アメリカは国家ではなく、こうしたコミュニティにいる個人の権利を守ることが、社会の基礎的な常識となっているのです。アメリカ人が自分の主張を強く表明し、各々が各々の立場でものを言うのもそのためです。コロナが流行ったときにマスクをつけない人がその権利を主張する背景にも、そうしたアメリカの実情があるのです。
 

アメリカ国内で様変わりした人々の「中国観」

 そんなアメリカから、中国を見ながら両国を比較してみましょう。
 実は、今回のアメリカ出張で最も気になったのが、アメリカ人の中国観における大きな変化でした。数年前までは、急成長を遂げた中国とのビジネスチャンスに向け、多くの人が中国語を学ぼうとしていました。中国の市場への期待も大きかったはずです。
 しかし、今回こちらに来て、その意識が大きく変わったことに気づきました。ヘッドラインのハーバード大学の措置は、その変化を象徴したできごとです。昔のソ連と同様に、多くのアメリカ人は中国を危険な国家として強く警戒しています。トランプ政権の反中政策に続き、バイデン政権になっても人権問題などで中国と激しく対立しているなか、民意にも反中ムードが広がっていることを実感したのが今回の出張でした。
 
 中国は古代からその中心部に王朝が打ち立てられ、その王朝は周辺民族の侵入に警戒しながら国家を維持してきました。そのために、常に皇帝を頂点とする強力な中央集権国家をつくり、自国を守ろうとしてきたのです。しかも、権力が集中するために、政権内では自らの生き残りと権力への欲望による激しい政治闘争が常に巻き起こっていました。中心部にある王朝が膨張すれば超大国となり、周辺民族を圧迫します。逆に、中心部の王朝が衰亡に向かえば、中国は分裂し、周囲の民族が中心部に向かって侵入してきます。元や清といった王朝は、そうした周辺民族が、中国の中心部に侵入して打ち立てた王朝でした。
 ですから、現在でも中国のなかには強力な中央集権への磁場があり、人々もその遺伝子を継承しています。その背景をもって、香港や西域の少数民族を中国化し、次には台湾を併合しようと海外に強いメッセージを送っているわけです。
 
 つまり、アメリカが個人を守ることを考える国家ならば、中国は国家を守ることを一義とする社会構造をよしとするわけです。新大陸に移民が集まって超大国となったアメリカと、伝統的に中央集権国家が興亡を繰り返してきた中国とでは、そこに根本的な価値観の違いがあるのです。
 無数の移民コミュニティがあるアメリカは本質的に分権社会がその基盤で、州どころか街によっても法律や人々の意識が異なります。これを海外の人が理解することはなかなか困難です。そして、中国の中央集権への引力を理解できるアメリカ人も多くはいないはずです。
 このことは、日本に対するアメリカ人の意識にも当てはまります。中国ほどではないものの、東京に一極集中し、政府が教育制度などの多くを統率する日本も、アメリカから見れば常識の異なる国なのです。どちらかというと中央の権力に依存する日本人のメンタリティを彼らが理解することは、簡単ではないはずです。
 

アメリカと中国とで大きく異なる「国家観」

 今、ハンバーガーをかじりながら、その店に出入りする人々を見ていると、様々なことが頭をよぎります。アメリカでは国の事情がどうであれ、それぞれの村や町の生活感に従って、人々が行動し、声を上げます。その声への対応を誤れば、人権問題や差別問題、時には権力の無謀な行使として槍玉に挙げられます。
 こうした店でときどき起こるアジア系へのヘイトクライムは、コロナが中国からもたらされたことへの怒りだけではなく、自らのこうしたコミュニティに他所からの影響が浸透してくることへの拒絶反応でもあるわけです。
 
 アリゾナ州は昨年の大統領選挙では民主党を支持する州となりました。その背景は、民主党の支持基盤である東西両海岸の都市部から、内陸の都市部やその郊外に人口の移動が続いているためだと分析する人も多くいます。
 ゆったりとしてコストも安く、自然も豊かな地方都市へ移動しても、インターネットさえあれば充分に仕事ができるという生活環境の変化が、そうした人口移動の背景にあり、さらにコロナ禍がそれに拍車をかけていると言われています。
 
 とはいえ、そうした地域も都市部を一歩離れれば、ちょうどこの記事を書いているハンバーガーショップに集まっている人々のようなコミュニティが残っているのです。そこに暮らす人々が、東西両海岸からの移住者にどのような思いを抱いているのか。実情は複雑です。州の中にもこうした分断があちこちで起こっているわけです。
 アメリカと中国との「国家」への意識の違いが、こんな地方都市の食堂のカウンターにも満ちあふれています。
 
 食事を終え、これから5時間のドライブに入ります。この記事はロサンゼルスのホテルにチェックインした後で、もう一度目を通してから配信する予定です。
 

* * *

『中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田 秀佳 (著)中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田秀佳 (著)
SVO型で似ていると言われる2大言語、「英語」と「中国語」。本書では、英語と中国語の厳選した 80の比較項目から、似ている点と違う点に注目し、ただ英語と中国語の羅列や併記をするのではなく、しっかりと比較しながら学べるようになっています。中学·高校でせっかく学んだ英語の知識を活用し、日本語·英語、そして中国語の3カ国語トライリンガルを目指しましょう!

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP