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ウクライナ問題で一枚岩になれないヨーロッパの事情

Germany’s allies have begun to question what price Berlin is prepared to pay to deter Russia, and even its reliability as an ally, as it wavers on tough measures.

(ドイツの同盟国はベルリンがロシアにどう対応し、そのことへの代償を支払う覚悟があるのか、強硬策に逡巡することで同盟国としての信頼性も疑われ始めている)
― New York Times より

歴史的にひも解くドイツとロシアとの複雑な関係

 ウクライナ情勢がいよいよ緊迫してきています。
 この日本から遠い国で起きていることを、我々はどのように考えればよいのか、困っている方も多いのではないかと思います。そこで、今回はウクライナ問題を通してヨーロッパが、さらにEUがどのように状況を意識しているのかということを、ドイツにスポットを当てて解説してみます。
 
 つい最近までチャンセラー(首相)としてドイツを率いていたメルケル氏は、生まれこそ西ドイツでしたが、育ったのは東ドイツでした。ドイツが統一された後、ドイツキリスト教民主同盟という中道右派の政党で頭角を現し、その後長い間、EUの中核を担うドイツの指導者として存在感を世界に示してきました。
 このメルケル前首相の政治的スタンスが、今のウクライナ問題におけるEUの立場を象徴しているのです。それは、地理的に東西両陣営の中間にあって、長い間、国際政治の舵取りをしてきたドイツが取り組んできたソ連やロシアとの宥和政策です。
 
 確かに、ドイツは地政学的にも歴史的にも、東西の問題の中で微妙な立ち位置にある国家です。
 第二次世界大戦では激戦の末に、ドイツと旧ソ連(ウクライナを含む)を合わせると、民間人も含め最大4,000万人近くの犠牲者が出たと言われています。この経験は、その後東西に分断された後も、ドイツ国民の間に大きなトラウマを残しました。
 旧西ドイツは西側に組み込まれたものの、東欧政策に対しては東ドイツとの統一も含め、自らが強い役割を担うことには消極的で、むしろEUへと成長しようとしていたヨーロッパの経済的統合の方に注力してきました。
 
 一方で、ドイツは国家の起源から長期にわたり、ロシアと深く関わった国家でもありました。現在のドイツの起源は、13世紀に今のロシア領カリーニングラードバルト三国の東にあるロシアの飛び地といわれる地域)にあったドイツ騎士団で、そこは長い間ケーニヒスベルクというドイツ名の都市でした。また、ロシア帝国の最盛期の女王として有名なエカテリーナ2世は、1729年にドイツで貴族の娘として誕生したドイツ人でした。
 
 こうしたドイツとロシアとの複雑な関係が、その後長い間領土や民族問題を絡めながら、20世紀の政治にも様々な影響を与えたのです。
 ドイツはメルケル前首相が連立政権を維持していたときは、ロシアに対して基本的には宥和政策をとっていました。ただし、2014年にロシアがクリミア半島を併合したときに、ロシアへの制裁を主導したのもドイツでした。それは、第二次世界大戦でのウクライナとの複雑な関係も、理由の一つであったはずです。
 
 ソ連の強権政治に不満を抱くウクライナ人の中には、ナチスドイツへの協力を申し出た者もいたことは、以前の記事で解説しました。しかし、ドイツのウクライナ侵攻は、逆にウクライナに大きな被害と犠牲者をもたらし、反独意識が国を覆いました。国が分断されたのです。この分断は、そのまま現在の親ロシア派とウクライナの自立を支持する人々との分断にもつながります。東南アジアの国々に、アジアの独立に協力するといって接近し、侵攻していった当時の日本の状況と似たことが、ウクライナに対するドイツにも起きていたのです。
 

ロシアに天然ガスを依存するドイツの歯切れの悪さ

 では、そうした歴史の重みを背負ったドイツは、今回のウクライナ問題にどのような対応をするのでしょうか。その動向に気を揉んでいるのはロシアであり、アメリカに他なりません。
 去年のドイツ総選挙で、より環境に優しい政策を推進する「緑の党」と連立を組んだ社会民主党から、オーラフ・ショルツ氏が首相に選ばれました。彼の舵取りは微妙です。背景にはここまで解説してきた歴史的背景と、NATOやアメリカとの連携という政治的立場に加えて、エネルギー経済問題が深く絡んでいます。
 
 ドイツは昔から天然ガスの供給をロシアから受けているのです。元々ウクライナ経由のパイプラインがその供給源で、ドイツはその使用料をウクライナにも支払っていました。しかし、ドイツは2011年以来、ノルド・ストリームというバルト海を経由した海底パイプラインによって、ウクライナを経由することなく、ロシアから直接天然ガスの供給を受けられるようになったのです。さらにノルド・ストリーム2も近年完成し、ドイツが稼働を承認すれば、ドイツからフランスなどへの供給も可能になる予定です。
 
 そこにウクライナ問題が起こりました。
 ポイントは2つあります。そもそもロシアに天然ガスを依存することに対するアメリカなどからの不快感です。特にトランプ前大統領は、このパイプラインをめぐるドイツとロシアの協力関係は、西側の同盟にヒビを入れるものとして、強い不満を示しました。
 次に、ドイツ国内におけるクリーンエネルギーへの意識の傾斜です。世界戦略としてこの動きを考える必要があるドイツは、緑の党が政権に加わって以来、特に化石燃料の撤廃に積極的です。ウクライナのNATO入りに待ったをかけ、武力で威圧するロシアへの世論の硬化に加え、この新たな経済的な動きがノルド・ストリームへの価値そのものに疑問を投げかけているのです。
 
 とはいえ、現段階では安定したエネルギー供給を受けながら、コロナで疲弊する経済を立て直したいというショルツ首相の悩みも深刻です。このことが、ウクライナ問題に向けたドイツの今ひとつ切れ味の悪い動きの背景にあるわけです。
 もちろんロシアがウクライナに侵攻すれば、ドイツも重い腰を上げて、西側主要国と足並みを揃えてロシアに対抗しなければなりません。ウクライナでの緊張は、確かに頭の痛い問題なのです。ドイツにしろ、フランスにしろ、EUの主要国がロシアとの対話姿勢を重んじるのには、こうした事情があります。
 
 そして、ロシアのプーチン大統領から見るならば、このようにアメリカとヨーロッパが一枚岩でないことは歓迎です。しかも、アメリカとの同盟関係の基軸となるイギリスでも、ジョンソン首相のコロナ禍での会食スキャンダルで政局が不透明になってきました。これらの材料が、プーチン大統領にとって交渉に有利に働くかどうか、彼は圧力と対話をちらつかせながら見極めたいのです。
 

エネルギー資源を道具にかけ引きする主要国のパワーバランス

 確かに、大国は自らの資金力、軍事力、さらには国内に眠る資源を外交の道具に使い、時には制裁などにも活用します。しかし、クリーンエネルギーやAI化という新たなリソースの普及で、そうした圧力という武器の価値やあり方も、これから大きく変化してゆくはずです。化石燃料を克服することは、ロシアとヨーロッパとの力関係そのものを大きく変えてゆくかもしれません。
 EV車などの開発に主要国が必死になるのは、こうしたリソースの変化による国際関係のバランスを予見したことに他ならないのです。
 
 ウクライナ問題の背景にある現代の複雑な事情。そんな国際情勢の変化の中で、影響力を維持しようともがいているアメリカの今後についても、近いうちに改めて考えてみたいと思います。
 

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ニーナ・ウェグナー (著)、平 湊音 (訳)
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