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「是は是、非は非」が通らない複雑な2022年

U.S. and South Korea fire missiles after North Korea launches.

(アメリカと韓国は北朝鮮が弾道弾を発射した直後にミサイルの発射で対応)
― CNN より

民主主義の旗手アメリカの足元を見る各国のしたたかな外交戦略

 ロシアがウクライナに侵攻して以来、アメリカは過去にない複雑な課題に翻弄されています。昨日報道されたアメリカと韓国による北朝鮮を意識したミサイルの合同発射実験は、そんな状況に対するバイデン政権の苛立ちを象徴したできごとなのかもしれません。
 
 実は、民主主義の旗手として、例えば「言論の自由」など国民が持つべき権利を世界に拡大させようとして、「是は是、非は非」というスタンスを取り続けてきたアメリカの外交戦略の根本が揺らいできているのです。
 ロシアのウクライナへの侵攻を阻止するためには、世界中が一致団結して対応しなければなりません。そのためには、アメリカが過去に民主主義を脅かしていると批判してきた国々とも大きな妥協を強いられているわけです。
 
 一例が、サウジアラビアの現政権と対立していたジャーナリストのカショギ氏が、トルコにあるサウジアラビア大使館で殺害された事件です。ジャーナリストを国家権力が殺害するという前代未聞の暴挙に、アメリカは強い姿勢で臨み、それまでの両国の友好関係の礎が揺らぐ事態へと発展しました。
 この状況を知っているロシアは、したたかにサウジアラビアに歩み寄り、石油戦略でロシアへの制裁を強化しようとしている西欧に揺さぶりをかけたのです。そうした事態を受け、アメリカも慌ててサウジアラビアとの関係改善への足掛かりを、と外交努力を始動させざるを得なくなりました。
 
 似たような状況は、フィンランドとスウェーデンがNATOへの加盟を申請したときにも起こりました。
 NATOのメンバーであるトルコが、国内でクルド人を弾圧しているとして北欧諸国が批判を強めていた状況を踏まえ、両国のNATOへの加盟にトルコが難色を示しているのです。この状況を調停するために、バイデン政権はあえてトルコに歩み寄らなければならなくなりました。
 中国がウイグル人を不当に抑圧していると批判を続けてきたアメリカが、トルコの状況に対しては妥協を強いられているという矛盾を、ロシアはまたもしたたかに見つめています。トルコは、今ではロシアとの唯一の外交上の窓口であることを自負し、自らの外交戦略の強力なカードにしようとしています。
 
 そして、そうしたアメリカの苦しい立場をあざ笑うかのように、北朝鮮も頻繁に弾道ミサイルの発射実験をくり返しています。昨日はそれに対抗するかのように、アメリカと韓国が共同して迎撃ミサイルの発射実験を行ったわけです。極東に緊張が飛び火してほしくないアメリカとしては、この課題の対応に焦っています。
 

アメリカ国内の分断を象徴する銃乱射事件の頻発

 このようにアメリカが対応しなければならない問題が、津波のように世界各地で一気に押し寄せてきています。「是は是、非は非」として、一貫して民主主義の価値観を守ることを外交政策の基本に置いてきたアメリカが、一部の課題には目をつぶりながら、対ロシア政策のために世界と連携してゆかなければならなくなったのです。
 当然、ウクライナ危機に起因した食糧危機や物価の高騰への対応も、喫緊の課題です。物価の高騰でアメリカ人の生活が脅かされるなか、国民の間には不満が充満しています。バイデン政権にとって、これらの複雑なパズルを解きながら、同時に11月の中間選挙で勝利して議会との軋轢なしに政権運営を遂行するには、相当の秘策が必要です。しかし、そうした特効薬が見出せないままに、世界の混乱への対処療法に追われているのが、今のアメリカの現状なのかもしれません。
 
 そんなアメリカにもう1つ大きな問題が起きています。それは国内での社会の分断を象徴するかのような銃の乱射事件が全米で多発している実態です。
 前々回の記事で、ニューヨーク州バッファローで発生した銃乱射事件について解説をしました。そして、それから10日しか経たない5月24日にテキサス州のユバルデという街で、小学生とその関係者22名が銃によって殺害されるという悲劇が起こりました。犯人は現場で射殺されましたが、バッファローと同じく18歳の若者による凶行でした。
 一つの事件が起きると、それに誘発されて必ず類似した事件が起こる可能性があると犯罪心理学者はよく指摘します。
 
 この犯行を受けて、バイデン大統領も「もううんざりだ。いったいいつまでこうした状況を放置しなければならないのか」と憤りをあらわにした声明を発表しました。有力な政治家の一人も「こんなことが許されているのはアメリカだけだ」と、即座に銃規制をするべきだと有権者に訴えていました。
 この問題は日本で報道されている数をはるかに超えた深刻なものです。なんと5月14日にバッファローで人種差別を動機にした乱射事件が起きて以来、この記事を書いている6月5日までに、すでに51件もの乱射事件が起きているのです。この数字には、ただただ言葉を失うばかりです。
 個人が銃を持つ権利を擁護する人々は、その権利こそがアメリカの自由の象徴だと主張します。共和党の多くの議員はそうした主張を支持しつつも、この51件という数字には戸惑いを隠せません。しかし、民主党のリーダーともいえるバイデン大統領は、ここまで状況が深刻になっているにもかかわらず、有効な手が打てないままです。民主党を支持する国民の間でも失望感が蔓延しているわけです。
 
 しかも、ロシアのウクライナ侵攻による物価の高騰は、社会不安を直接煽る危機的な状況になりつつあります。ロシアとしては、あえて世界に対して強い行動に出なくても、戦争が長期化し、国際社会からの制裁に耐えられさえすれば、欧米の対ロシア政策は自ずと壊れてゆくのではと考えます。それは中国も同様で、中国もロシアも不気味なほどに外交の舞台でのパフォーマンスを控えています。
 

中間選挙でアメリカ国民はどのような答えを出すのか

 中間選挙に向けてアメリカの国民の多くは、どのような投票行動を取ろうかと戸惑っています。袋小路に入っているバイデン政権に対する批判はあるものの、銃の乱射事件などが頻発している現状で、社会不安を煽るポピュリズムの波に乗るのも憚られます。
 ウクライナへの同情という意味ではアメリカの世論は一致していても、現実の問題として、これ以上経済が混乱することは受け入れられません。しかも、世界を味方につけて対露強硬路線を貫こうとするなら、それは今までの外交方針を転換して、多くの国々との妥協を模索せざるを得なくなります。さらに、これ以上世界が混乱しないようにするためには、中国と北朝鮮の問題をウクライナ情勢と天秤にかけながら対処しなければなりません。
 
 バイデン政権は過去のどの政権よりも、矛盾と混乱をはらんだ外交内政の複雑な課題を突きつけられているのです。
 

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