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祖国を離れた人々が日本人ジャーナリスト拘束に寄せる思い

Japanese man detained in Myanmar after filming protest, media report.

(メディアによれば、抗議活動を撮影した日本人男性がミャンマー当局に拘束された)
― ロイター通信 より

“友人”の密告と祖国での拘束を恐れて警戒する人々

 ミャンマーで久保田さんというジャーナリストが現地の警察に拘束され、取り調べを受けているというニュースが流れています。
 この話題を海外の複数の友人に話したときの会話をここに紹介します。
 
「独裁国家や軍事国家は、友人を使って罠をしかけてくる。もしかすると、彼もそんな罠にかかったのかもしれないよ」
 
 こう話してくれたのはイランから日本に逃れている男性です。確かに、イスラム教革命が起きて宗教国家となったイランから海外に避難した人々は、自らの言動に対してとても慎重です。あるアメリカ在住のイラン人の友人も、自分の意見をネットなどで表明することを驚くほど嫌がります。
 
「独裁政権が嫌で、海外に移住すると、新しい環境に慣れずに孤独に苛まれるよね。そんなとき、ふと仲良くなった友人が、実はその国からお金をもらって海外で活動する亡命者を監視していることに気づいたことがあった。私は亡命者ではないが、もしその人にイランの悪口を言ったら、私が亡命者の反政府活動に加わっているというリストに入ってしまう。すると、家族と再会しようと帰国したときに拘束される。そんな恐怖がいつも付きまとっているよ」
 
 彼はそう説明し、

「パスポートなんて何の役にも立たない。国籍を変えてアメリカやイギリスのパスポートを持っていても、故国に入国したとたんに13年も拘束され、牢獄で過酷な毎日を送ったケースが最近あった。だから、国と国とが緊張関係にあるときはなおさら、軽い気持ちで里帰りなんてしない方がいいんだよ」

と付け加えます。

 
「確かに奇妙なことがあったな。あるとき身も知らない女性から何度も電話があって、ともかく会いたいというわけ。そんな電話があれば家族からも訝しく思われるよね。それが嫌で逆にその人と連絡を取れば、そこからさらに傷口が広がってくる。これは日本で経験したことだよ」
 
 もう一人のイラン人がそう告白してくれました。

「そうそう。僕の場合、東京に友人の輪があってね。そのネットワークから今、自分の国で本当は何が起きているのか、情報を取っている」
 
 それを聞いた中国人の友人が語ってくれます。
 
「ところが、そんなやり取りをSNSでしていると、突然警告のメッセージが送られてくる。そして、そうした人たちとの交流に注意せよと言ってくる。送り主はわからない。でも、帰国したときにトラブルになるのが嫌だから、親に会いに国へ帰る数ヶ月前から、わざと中国を礼賛するようなメッセージを友人間で流し合っているんだよ」
 
 密告はどこからどのようにして行われるか簡単にはわからないと、彼らは口を揃えて話します。あの友達が……というような落とし穴があるというわけです。言論の自由に慣れている日本人には理解できない深刻な問題なのです。
 

民主主義と権威主義の間で政治的活動に加わる覚悟

 そこで思い出したのが、ロシア人の友人のことです。彼女はウクライナにロシアが侵攻して以来、Zoomなどで政治的な発言をすることを極度に警戒していました。そして、いかにロシアが正しいことをしているのか、不自然なまでにはっきりと私に語ります。そうしなければならない事情が彼女にはあるのかもしれません。政治的な混乱のある国の人と話をするとき、そんな彼らの事情を考えてあげないと、思わぬ災難がその人に降りかかってくることがあるわけです。
 
 冷戦時代、世界は資本主義と共産主義とに分断されていました。しかし、今世界は民主主義と権威主義との分断へと変化しています。権威主義というレッテルを貼られている国家の多くが、元々は共産主義国家であったことは事実です。しかし、中国やロシアのような元々社会主義にルーツを持つ大国ではなく、長い間軍部や独裁者という特権階級の支配に苦しんできたミャンマーのような国家がアジアや中東、アフリカに多く残っていることも事実です。
 
「きっとミャンマーの警察が久保田さんを拘束したのは、彼に恐怖を与えて彼のネットワークを聞き出そうという意図なのかもしれない。それだとやっかいだ。どうも彼の知人がミャンマーの活動家を装って、彼の行動を一部始終、警察に伝えていた可能性がある。しかも、それはミャンマー国内の知人ではなく、日本に住んでいるミャンマー人かもしれない。家族を人質に取ったり、金銭のやり取り、さらにはちょっとしたその人の落ち度を巧みに利用したりして脅迫し、国や軍部がその人にスパイをさせることはよくあることだから」
 
 イラクのサダム・フセイン政権時に、命からがらアメリカに逃れてきた友人がそう解説してくれました。

「じゃあ誰を信じたらいいかわからないよね」

 私がそうコメントすると、ある独裁国家からアメリカに移住したもう一人の知人がそれに応えます。

「はっきりと意見を言おうと決心したら、もう自分の国には戻れないという覚悟が必要だ。故国を本当に思って、故国のためになんとかしなければという思いが強ければ、自分の故国へのノスタルジーや家族と再会したいという情と訣別しなければならないんだよ。中途半端な気持ちで政治的な活動に加われば、それは簡単に罠にはまってしまう。罠にはまっても構わない。故国の政府や諜報機関にリストされても構わない。それでも本当に自分の国を変えたいという気持ちがあれば、何も恐れることはないわけ。僕はもう生きている間には自分の国には帰れないかもしれないと、最後に祖国を出たときに思ったんだ。出国時の役人の対応を見たときに、今度帰国したら捕まるなと。だから、黙って心の中で家族にさようならを言って飛行機に乗った。そしてアメリカに戻ってきたのさ。それから13年。故国には帰っていないし、もう無理だと思っている」
 

“平和”に慣れた日本でくり広げられる亡命者と監視者の攻防

 
「君はアメリカにいるから多分安全かもしれない。だって、アメリカ側もしっかりと監視をしているからね。アメリカから見れば、君のような亡命者のネットワークがあればこそ情報が取れる。そんな見えないネットワークが世界に拡散していれば、それはアメリカにとっては貴重な情報源になるからね。でも、僕が住んでいる日本は違う。日本は無防備だよ。驚くほど。だから、故国から観光客を装って僕をどこかにおびき出して抹殺して帰国することなんて簡単にできる。日本の警察は単なる行方不明者で片付けてしまうからね。日本は世界で最も亡命者と亡命者を攻撃する人のグループが交錯している場所かもしれない。久保田さんが無事に帰ってくることを祈っているよ。まあ、日本政府はお金はあるから、こっそり身代金を払って解決できるかもしれないし」
 
 その友人は、シニカルな笑いを浮かべながらこうコメントしました。
 
「僕は日本に来たばかりの頃、僕の国の日本大使館でアルバイトがあるというので面接を受けたら、ここの大使館で見たこと聞いたこと、体験したこと、知ったことは一切口外してはいけないと言われたんで、アルバイトを断った。まあ、何をして欲しかったのかわからないけど」
 
 これは、30年前に当時は独裁政権下にあったイラク大使館と接触した友人の言葉です。
 
 彼らが、平和に慣れた日本人にはわからない複雑な心のひだを見せてくれた一瞬でした。
 

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