ブログ

ゴッホとイーロン・マスク――2人から見たイノベーションの本質

Elon Musk Reportedly Secretly Welcomed Twins With A Top Executive Just Weeks Before His Baby With Grimes Was Born Last Year

(イーロン・マスクはグライムスとの間に子どもが生まれる数週間前に、自らの会社の重役との間に密かに双子をもうけていたことが判明)
― BuzzFeed News より

もし○○があなたのそばにいたら――“個性”を考える

 もし、あのゴッホが隣に住んでいたら、あなたはどうしますか?
 そう問いかけると、多くの人がおそらく「警察に通報する」と答えるかもしれません。彼は、自らの耳を切ってゴーギャンを追いかけ回し、絵の具で汚れた部屋の中で不可思議な作品を創っている奇人に他なりません。
 不可思議な作品――そうです。「糸杉」や「ひまわり」といった彼の名作が本当にすごい作品なのか、一歩引いて自分の頭で考えた人はいるでしょうか。美術館ではなく、彼の薄汚れた部屋で、しかも額縁にも入っていない作品を見たとき、それが将来、世界中の美術愛好家を魅了するものになると確信を持てた人は少なかったはずです。そして、今目の前にゴッホが現れても同じことでしょう。
 しかし、彼に代表される印象派の画家たちは、確かにそれまでの絵画に大きな変革をもたらしました。美というものへの常識にも果敢にチャレンジし、常識そのものを変え、後世につなぎました。
 
 今度は、スティーブ・ジョブズの話をします。今、私も彼が創業したAppleのMacを使ってこの原稿を書いています。彼は確かに世界を変えました。しかし、彼があなたのそばにいたら、あなたはどうするでしょうか。このゴッホと同じ質問に、きっとあなたは同じように答えるかもしれません。
 意に沿わない社員を言葉汚く罵るなど、パワハラは当たり前のこと。若い頃はお風呂嫌いで、強い体臭を撒き散らしながら、サンダルに短パン姿で銀行家などとの会合にもやってきました。朝令暮改は日常のことで、思い込みが強く、その強い個性に翻弄され、彼を憎んだ人も数多くいたようです。
 
 次に、イーロン・マスクの話をしましょう。もしあなたが彼のプライベートな生活を知ったらどう思うでしょう。つい最近は、Google創業者の妻との不倫が暴かれ大騒動。その前には、自らが経営する会社の重役との間に双子の子どもをもうけ、社内倫理規定に違反していると突っ込まれると、少子化問題に歯止めをかけるのに貢献しているんだ、と開き直る始末。しかも、他の女性との関係も同時進行で、グライムスというミュージシャンとの間にもほぼ同時に男児をもうけています。通常のモラルで彼を評価することができるものではありません。
 

強い個性と組織のコンプライアンスを天秤にかけると

 世界を変えた人たちにまつわるこうした奇行、非常識なエピソードをあげれば、きりがありません。そして、多くの人は、彼らは天才だからといって、そうした行動を容認します。彼らは例外なのだということで、そうした行為には目を瞑るかもしれません。
 しかし、そんな人が本当にあなたの隣人であったり、会社の同僚だったりしたら、あなたはどうするでしょうか。
 
 私は出版社を経営していることもあり、常にこの課題を社員に投げかけます。
 著者の中には、世の中の尺度で見れば奇人変人が山ほどいます。編集者を泣かせるような高慢で横柄な人もいれば、逆に感情を全くと言っていいほど見せない人もいます。ある意味で人間の生き様をそのまま露呈したような人が多くいるのです。
 社会が大きく変化するには、そうした人々が必要であることは事実です。私が昔担当した作家たちの中にも、通常ではあり得ないような人は山ほどいました。芥川賞を受賞し、海外でも作品が映画化されたような著者が、感情の起伏が激しく、私の上司がホテルのロビーで声を荒げて罵られているところも目の当たりにしました。
 
 これらの行為すべてを容認はできないはずです。しかし、彼らの強い個性こそが世界に求められる将来を創る原動力になることも事実です。イーロン・マスクをめぐる数々のスキャンダルは、彼自身が関係する組織の倫理規定にも抵触していることは、すでにここで解説しました。しかし、そのことで彼を葬り去れば、今後の自動車業界、宇宙開発など様々な分野での損失になることも事実でしょう。
 
 ここまで書いてみて、ふと今の日本企業で働く人に目を向けます。
 もし日本企業にイーロン・マスクやスティーブ・ジョブズがやってきたら、彼らの目にはどのように映るだろうかと。そこで働く個性を抑え、極めて常識と組織に従順な人たちを見て、きっと言葉の限りの罵声を浴びせ、批判するのではと思ってしまいます。そして、もしゴッホのような人が会社に新入社員として入ってきたらどうでしょう。そもそも会社は彼のような人を採用しないでしょうが、仮に何かの間違いで彼のような人が入社したらどうでしょう。
 
 ここで問いかけたいのは、イノベーションには強い個性が必要だというテーマです。強い個性は会社や組織のコンプライアンス規定との対立を生み出すかもしれません。組織に馴染めない人は、組織の外で頑張るべきだという議論も当然あるでしょう。しかし、今の社会は、社会全体が巨大な組織となって、そうした個性を阻害し、安価な常識の刃でそうした才能の芽を摘み取っているように思えるのは、私一人でしょうか。日本から多くの頭脳が流出したり、せっかく日本の伝統文化に憧れて来日してきた人が失望をもって日本から離れていったりしたケースを何度も見てきた者としては、その原因が、日本社会全体の没個性と平均化にあるのではないかと、危惧してしまうのです。
 

没個性にせずイノベーションを生み出す未来の日本社会へ

 最近、ある仕事のために、私の会社の社員がとある高校を訪問したとき、そこの教師がこの高校は進学校で、海外への留学を考える子どもなんてほとんどいませんよ、とシニカルに語っていたと報告がありました。同様の反応は多くの教育機関でもあったのです。
 しかし、そうした場所で実際に留学をテーマにした進路相談のブースをだしたところ、そこに列ができ、子どもたちが海外への夢を語ってくれていたという事実も、またあるのです。ダンスを学びたいから、スポーツをやりたいからといった夢で海外を目指す子どもの個性の芽を摘んでいるのは、実は教師だったり、教育機関そのものだったりというケースは思いのほか多いのです。
 
 美術館で先人たちの個性ある作品をただ教科書に載っている有名な作品だからといって鑑賞しても、そこからは何も生まれません。彼らは我々から見れば変わった個性の持ち主です。しかし、その個性が未来へのドアを突き破るとき、作家本人はそんな事実も意識せず、ただ黙々と作品を描いていたか、あるいは助けようのない疎外感や孤独、そして精神的な葛藤に悶えて、周囲から遠巻きにされ、突き放されていたかもしれません。
 額縁を除去して、つまり、先入観を外してそうした作品をしっかりと鑑賞すると、そこに全く別の作品の顔が見えてくることもあるはずです。
 
 ゴッホとイーロン・マスク。この2人をつなぐ糸を日本の社会に組み入れて、もう一度イノベーションとは、そして人材とは何かということを考えてみる必要があるように思えるのです。
 

* * *

『The Elon Musk Story イーロン・マスク・ストーリー』トム・クリスティアン (著)The Elon Musk Story イーロン・マスク・ストーリー』 トム・クリスティアン (著)
ファンタジーやSFの世界が好きだった少年は、わずか12歳でゲームソフトを開発・販売するなど、早くから異彩を放っていた。再生可能エネルギーの可能性と人類の宇宙旅行を夢見て、まだ誰も挑戦していない分野に商機を見出した彼は、並みいる世界的企業の経営者たちを追い抜き、世界一の富豪へと上りつめる。その男の名前は、イーロン・マスク。ガソリン車からEV(電気自動車)への転換をもたらし、民間で初めて人類を宇宙に運ぶことに成功した彼の半生をやさしい英語で綴る。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP