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EUの「本音」とNATOの「哲学」が問う人類の課題

Repeated shelling at the Zaporizhzhia nuclear power plant, the largest of its kind in Europe, has raised fears of a potential disaster.

(ヨーロッパで最も大きいとされるザポリージャ原発への度重なる砲撃は、大惨事の恐怖を煽っている)
― CNN より

秩序立った「理想」の世界よりも大事な目の前の「パン」

 今、アメリカ国民の中で、ウクライナ問題に強い関心を持っている人は全人口の2パーセントにしかならないのでは、と言われています。人々の関心は目の前で高騰する物価に向けられ、乱高下する株価で揺れる財産の管理に一喜一憂しています。これはアメリカだけのことではありません。世界中がロシアやウクライナから届かなくなった食料や燃料に端を発するインフレに翻弄されているのです。
 確かに、日々の生活に追われる一般の市民にとって、パンの値段が高騰することは生活そのものを直撃します。最近スーパーマーケットでも商品の値札を注意深く見る人が増えたと、日本でも言われています。毎日の生活への不安にさらされているとき、多くの人は遠い国でのロシアの侵攻が自分たちの生活を直撃している実態を受け入れられなくなりつつあるのです。
 
 もちろん、これはロシアの思惑と一致します。西側諸国の経済が混乱し、結束が緩むことは、彼らが戦争を有利に展開するには必要不可欠だからです。
 NATO(北大西洋条約機構)の事務総長であるストルテンベルグ氏は、NATOでの結束を強調し、ウクライナに侵攻するロシアが撤退をするまで、西側諸国は一致団結するべきだと訴えます。そして、隣国を力で無理やりねじ伏せる暴挙がまかり通ることは、今後の世界秩序と民主主義のあり方を考える上でも許すことのできない行為だというスタンスを崩しません。西側の力の要であるNATOは、彼らが結束することは、西側の価値観を守ることだと断言します。
 
 しかし一方で、日本を含む世論は明らかに、物価の高騰と出口の見えない経済危機に疲れ切っています。そしてこの問題は「パン」か、あるいは「理想を求める哲学」なのかという問題を、全人類に突きつけているのです。NATOは後者を全面に押し出してウクライナの支援を続けようとします。しかし、例えばNATOの経済版ともいえるEUを見た場合、すでに加盟国の間には微妙な温度差が見え始めているのです。
 典型的な事例はハンガリーです。移民を排除し、ハンガリーの国益を優先して親露政策を取ろうとするヴィクトル首相の政策は、フランスやドイツといったEUの中心を担う国々とは一線を画しつつあります。さらに、EUにもNATOにも加盟はしていないものの、一時民主化が進んでいたハンガリーの隣国セルビアも、最近セルビアから独立したコソボをNATOとEUが支持をしたことに強く反発し、今や露骨な親露政策を取ろうとしています。これも、ヨーロッパの新たな火種となりつつあるのです。
 

「縄張り」争いを繰り広げる排他的な国家と煽動者たち

 以前、中東問題へアメリカが関わっていることを批判したアメリカの友人が、「彼らは何百年にもわたって常に戦争を続けてきた。自分たちが平和を求めない人々を、なぜ我々が命と資金を投じてまで助けなければならないのか」と語ったことがありました。
 実は、東ヨーロッパはロシアとトルコ、そして19世紀まではオーストリア=ハンガリー帝国の利権と民族、宗教的な対立が絡んで、常にヨーロッパの火薬庫と言われてきたのです。そんな火薬庫が再び出現したのだとしたら、そんなところのためになぜ我々がここまで関わるのかという厭戦気分が蔓延し始めたとしても、決して不思議ではないのです。そして、政治家はそんな国民の意識を敏感に感じ取って選挙を有利に進めようとします。
 
 最も頭の痛い問題は、ロシアと中国を常任理事国の一員とする国連が機能できないことです。さらに、ウクライナのザポリージャ原発が戦争に巻き込まれる危機の中で、核不拡散条約(NPT)の再検討会議でも、ロシアの不満により声明文の採択すらできない状況に世界が呆れています。拒否権を行使すれば何も動かなくなるという国連のあり方への絶望感に世界が見舞われているのです。結局、人類はそれぞれの国のエゴと力の強弱で、あたかも動物世界のように弱肉強食の論理だけに縛られ、腕力があり牙を持って食いついた者の思うままじゃないかと人々が懐疑的になることも頷けるのです。
 
 それでは人間の尊厳は何か、というテーマを我々は突きつけられます。しかし、その難題も、経済の痛手を被る貧しい弱者の前では戯言のようにしか聞こえません。さらに問題なのは、そんな弱者を操り、強い政府と排他的な国家が彼らを救うのだと先導する一部の政治家の台頭が目立ってきていることです。
 ブラジルのアマゾンの森林が伐採されることを他国が地球環境への甚大な危機として批判しても、日々の生活に追われる現地の人々は、森林を伐採してより豊かな生活をすることが、自分たちの命を救うことだと思い、そう扇動する政治家に投票します。同じことがロシアでも、アメリカでも、ハンガリーでも、あるいはセルビアでも起きているわけです。あたかも動物が縄張りを巡って争うように。
 

理想と現実の「矛盾」から目を背けて今日を生きる

 ですから、ウクライナ問題がロシアの戦略通りに進み、ウクライナが蹂躙されるとしたら、それはこの人類の持っている根本的な矛盾へのメスをしっかり入れることができなくなったときに他なりません。経済問題や移民、そして宗教や民族の対立によってEUの結束を緩ませる加盟国それぞれの国民の本音と、NATOの言う民主主義を守ろうという理想の矛盾が、ヨーロッパを分断させないことを祈るばかりです。
 
 人類は、核や原子力の脅威を目の前にしながらも、あるいは強国が力の論理で弱者を食いちぎる現状を知りながらも、自らの子どものために買うパンを安く手に入れるためには目を背けなければ仕方ないという、世界のニーズと現実が生み出す矛盾を解決できずにいるわけです。
 

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『やさ日まんが JAPANガイド』小川 清美 (著)、Orrin Cummins (英語監修)やさ日まんが JAPANガイド』小川 清美 (著)、Orrin Cummins (英語監修)
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