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シリコンバレーバンクの破綻が真に意味する影響とは

The government has 48 hours’: Billionaire investor Bill Ackman calls on Biden to bail out SVB by Monday morning or face catastrophic market meltdown and loss of tens of thousands of jobs.

(大資産家の投資家ビル・アックマンがバイデン大統領に連絡。月曜日の朝までにシリコンバレーバンクを救済しなければ、市場に取り返しのつかないメルトダウンが起こり、失業者が急増するだろうと警告した)
― Mail Online News より

バーチャルかつグローバルな労働市場の実態とは

 先週の月曜日、マニラでのことでした。
 私のフィリピンのオフィスに勤務する若者が、お願いがあるので時間が欲しいと言ってきたのです。彼は、家族に経済的な問題があり、アルバイトをしながら勤務をしています。こうしたことはフィリピンでは至極当たり前のことなので、きっとそんな話かなと思っていました。
 すると彼は、できれば勤務形態を変えたいのだがと言ってきたのです。
 彼はもともと大学で歯科技工士の技術を身につけていました。その技術をもとに、オンラインでの求人サイトを検索していたら、オーストラリアで歯科医の患者さんのアポをとり、症状などを事前にインタビューしておく仕事が見つかったのだというわけです。つまり、オーストラリアにいる数多くの歯科医のサービスをオンラインでサポートするのが彼の仕事なのです。
 彼の新しい仕事は午後に集中するので、できれば自宅で勤務をしたいという申し出でした。
 
 こうした事例は数限りなくあります。
 アジア各地でUpwork やOnlineJobs などのサイトを通して、バーチャルで自分の技能に見合った業務を自宅で行う人がどんどん増えているのです。アジアのみならず、世界中の新興国では、こうした人材を探すオンライン人材エージェントも雨後の筍のように増え始め、英語さえできればグローバルな視野で雇用主を探し、仕事に就けるわけです。
 
 私のオフィスに勤務するもう一人の女性は、そうしたサイトを通して、シリコンバレーの新興企業のプロジェクトの一部を請け負っています。仕事の内容は翻訳されたコンテンツの編集ですが、そのプロジェクトは、同じサイトを通して集まったナイジェリア、アゼルバイジャン、フィリピン、そしてインドの人に分担され、彼女を含めて4人で一つのプロジェクトを仕上げるわけです。もちろん一つの仕事が完成したら、新たなアウトソースの業務が与えられます。
 彼女はSNSでこれらの仕事仲間と連絡を取り合いながら、夜パソコンに向かって業務をこなします。遅れが出たり、業務態度が怠慢であったりすれば、警告も来るので気が抜けないとこぼしていました。
 

影響が未知数なシリコンバレーバンクの破綻

 実は、こうしたグローバルでの労働市場の実態について、今回は記事にしたかったのです。しかし、そんなときにアメリカでシリコンバレーバンクが破綻 したというニュースが舞い込んできました。
 破綻のいきさつについては、すでに様々なメディアで報道されているので、そのメカニズムは専門家の解説に譲ることにしましょう。
 
 このニュースが流れたとき、私はシンガポールでインド系のビジネス関係者と夕食をとっていました。彼は即座にインドに電話をいれ、自分のネットワークの中に被害者がいないか確認をします。
 つまり、インドにはシリコンバレーからの下請けとなってシステム構築や設計をしている会社が数えきれないほどあるのです。さらに、そうした会社から業務を委託されているのが、私の会社で副業をしているような新興国の若者たちなのです。そして、シリコンバレーバンクの融資先は、こうした業務を世界に発注する新興のベンチャー企業というわけです。
 
 今回の銀行破綻のニュースを受けて、それがリーマン・ショック のような大事件にならないように、アメリカ政府は即座に預金を保護すると言明しました。幸い破綻が発表されたのが金曜日だったため、次に市場の開く月曜日までが勝負ということで、バイデン大統領の即断で経済的なハレーションを最小限にしようとしたわけです。その迅速さには脱帽です。
 しかし、それはあくまでもアメリカ国内でのハレーションの問題です。課題はここに触れたように、労働市場までを含めた網の目をかぶせたような複雑でグローバルな利害関係に、今回の破綻がどのような影響を及ぼすのかということです。そして、それはまだ誰にも読めないのです。
 
 シンガポールにはアメリカやインドとリンクした企業が数えきれないほどあります。一方で、お隣のマレーシアは金融市場といえば中国に依存している企業も多く、マレーシアのメディアはこの影響は限定的だと楽観しています。シリコンバレーバンクの破綻は、むしろアメリカと中国との経済戦争での駆け引きと捉えている人も多いようです。
 

世界の労働市場と金融市場が受ける影響は

 さて、ここで知っておきたいのは、世界の労働市場の変化です。我々は雇用統計など様々な資料で労働環境の実態や失業率などを検索します。
 しかし、世界的に見るならば、コロナの影響もあって、ここに解説したようなバーチャルな業務に従事する人が、今までにはないほど増えてきています。英語さえ身につけておけば、職場はネットを通して世界中からというわけです。
 
 そうしたネットワークを作っている新興の企業などをターゲットに、他行より利息は高いものの、より簡単に借り入れができたのがシリコンバレーバンクのような銀行なのです。
 ですから、今回の破綻は大手のネット系の会社ではなく、そうした会社を支えている中堅以下の会社に大きな影響が出てくるはずです。かつ、その会社との関係でいえば、単にアメリカ国内だけではなく、例えばインドのようなインターネットで業務がつながっている企業の多い国の金融機関などに、より甚大なハレーションが起こる可能性もあるわけです。
 
 良い事例ではないかもしれませんが、今回の金融破綻は即効性のある毒薬ではなく、じわじわと世界の経済に影響を与えてゆく可能性はなきにしもあらずです。
 とはいえ、即効性がないという保証もありません。しばらくは株式市場をはじめとした金融市場の乱高下は覚悟しなければならないかもしれません。
 そして、私の職場で働く若者の収入にも、やがて影響が出てくる可能性があるのです。
 

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