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トランプ裁判に見える分断の触媒になりかねないAIの新たなツール

Former US president Donald Trump was charged by a Manhattan jury with a crime in relation to hush money he paid to a porn star. The news made headlines around the world and got people on the streets talking.

(ドナルド・トランプ前米大統領が、ポルノ女優に支払った口止め料をめぐり、マンハッタンの大陪審が有罪と認定。このニュースは世界中でヘッドラインとなって、巷の話題となった)
― BBC より

アメリカ、イスラエル、フランスでも拡大する社会の分断

 トランプ前米大統領がニューヨークで訴追され、裁判所に出頭したことは、世界に衝撃を与えました。2016年の大統領選挙で、ポルノ女優との不倫が発覚することをおそれて口止め料を支払ったことに対して、その資金の処理の方法と、大統領選挙にあたっての隠蔽工作が違法であるということで、ニューヨーク州の検察が立件を試みているのです。
 そしてアメリカの世論は、この事件で完全に二分されています。トランプ氏を支持する人は、元々民主党の地盤ともいえるニューヨーク州でこのような裁判が始まること自体、そこには民主党とその支持者の政治的な意図があり、これは大統領経験者への前代未聞の弾圧であると主張します。一方、その主張に反対する人は、事件が前大統領の人格と品位そのものを暴いていて、当然裁判で弾劾されるべきだと主張します。
 
 もちろん、この社会の分断は今に始まったことではありません。アメリカ社会がリベラル派と保守派に分断され、暴力事件や様々な誹謗中傷事件にまで発展するようになって、すでに10年以上の年月が流れています。そんな分断に油を注いだのが、強烈な個性で保守陣営をまとめたトランプ氏が大統領になったときだったのです。
 
 ところで、トランプ氏への訴追が行われている頃、イスラエルでも社会を二分する騒動が起きています。パレスチナ問題への強硬な対応を目的に、司法権を制限しようとする保守派に支えられたネタニヤフ政権に対して、それに反対する人々が全国で抗議デモを繰り広げたのです。ここにも長年にわたる分断が見てとれます。土地や財産を奪われたパレスチナ難民と、そこに入植者を送り込んで国家を作ったイスラエルとの間の何十年にもわたる確執をめぐり、イスラエル社会そのものが自国の今後の対応の仕方をめぐって割れているのです。
 
 こうした分断は、世界中に拡大しています。フランスでは、年金制度の財政難を解消しようと、年金受給年齢を64歳に引き上げようと強行採決に臨んだ政府に対して、民衆が反発しました。そしてデモが騒乱にまで発展しました。仕事から解放され、老後を楽しむ権利を奪うものだという民衆の主張に、それはあまりにも身勝手と顔をしかめる人も多くいます。いずれにせよ、フランス社会も生活への価値観をめぐって人々が厳しく対立しているのです。
 

分断を助長しかねない新たなAIの情報提供ツール

 ウクライナや台湾問題をめぐって国と国とが対立している中、実はそれぞれの国家、特に言論の自由によって円熟した社会をベースに持つ国家の中が、全くまとまりを失っているのです。そして、こうした社会の分断に常に影響を与えてきたのが、SNSなど新たなメディアの力でした。マスメディアがテレビや新聞報道、さらに書籍の執筆などに頼っていた時代と異なり、SNSは多数の人が即座に繋がり、結束することを可能にしました。
 SNSの場合、ニュースソースは自分の好みに合わせて選ぶことができます。ですから、分断が起きたとき、相手側のニュースソースを見て、相手の主張を考えてみるという行為がおろそかになりがちです。この過程で意見の異なる人の掴んでいる情報はフェイクニュースであるとか、時には根拠のない陰謀論であるという非難が横行するようになりました。
 
 さて、今年になってSNSに加え、ChatGPT-4など、AIによる新たな情報提供の手段がみるみる進化し始めました。一つのリスクと落とし穴は、データベースからコンピュータが情報を学ぶことにあります。ある文字を入力したとき、それに人がどのように反応するかという膨大なデータベースをもとに、無数の組み合わせの中から人が求める最適な文章などを機械が提供するわけです。このとき、無意識に機械は人の心の琴線に触れる表現を巧みに選び、それを具体的な資料と共に提供します。
 
 ですから、社会に分断が起きているとき、人々は自分に心地よい作品や論文に簡単にアクセスできるようになるわけです。実は、原因と結果という二つの因子が無数に絡み合って人類の歴史が今に至っているという事実と、このChatGPT-4などが提供するサービスの質とがまだバランスがとれていないことに問題があるのです。
 つまり、右寄りの人は、コンピュータラーニングの作用によって、その中の最も多数の人が同意する論旨に引っ張られてゆきます。左寄りの人も同様です。そして、分断のどちらにも属さず全く異なるユニークなアイディアをある人が表明したとき、多くの人はその考え方に対して無関心でいるか、あるいは不快感を抱くかもしれません。
 人類の歴史の過程に目を向けて、物事が起きる原因をたぐる前に、その場で起きている現象のみにとらわれて善悪やモラルへの判断をすることで、分断はますます癒しにくくなるのです。
 
 パレスチナへの強引な政策を支持する人は、パレスチナ問題の原因となった昔のもつれた糸を知らないままに、パレスチナで起きている事件をテロ行為として非難するかもしれません。また、そうした人がなぜそこまで相手に憎悪を抱くのかというテーマですら、その背景にある教育や貧困の問題を横に置いて、そうした人々を短絡的だとシニカルに捉える人もますます多くなるはずです。
 SNSに始まって、AIの進化による情報提供の手段は、テクノロジーによる新たな「全体主義」をそれぞれの立場に偏る人に植え付ける可能性があるのです。
 

短絡化した人々の思考が「全体主義」に陥る脅威

 トランプ前大統領がポルノ女優との不倫の事実をもみ消そうとしたという、ある意味では低俗で滑稽な事実をめぐり、今ではトランプ氏が非難されればされるほど、トランプ氏への支持者は結束を固めようとしているとメディアは報道しています。では、トランプ氏への弾劾によって民主党への支持が増えるかといえば、それもまた疑問視されています。トランプ氏の起訴は政治的な陰謀であると思っている人は、我々が想像するよりも多くいるのです。
 
 分断が進行し、歩み寄りがないとき、人はそれぞれの拠り所となる考え方のみにすがり、自らの心地よい情報のみへと傾斜します。そして今ではその傾斜によって表現される意見や見解が、AIによって取り込まれ、ある情報と傾向を入力すれば、見事にそうした人を擁護する情報が提供されるわけです。
 これが先ほど解説した、人間の意識に影響を与える新たな「全体主義」の脅威というわけです。2024年の大統領選挙に向け、アメリカはこうした新しいAIツールをどのように駆使して票を集めようとするのでしょう。次回の選挙は人類の未来を占う上で、結構重要な選挙なのかもしれません。
 

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今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。

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