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台湾で実感した「面子」で動く政治経済の実態

China sent a record number of military aircraft toward the self-governed island democracy of Taiwan, prompting the island’s defense ministry on Monday to warn against what it called “destructive” harassment.

(中国は今までにない規模の軍用機を、独立を保っている民主主義国の台湾に向けて発進させ、台湾国防省は月曜日に即刻これは「破壊的な」嫌がらせであると警告した)
― New York Times より

お世話になった相手の「面子」を大切にする台湾の人々

 人間には、それぞれの文化の中で絶対に大切にしなければならない価値観があるのです。今回の台湾出張は、そのことをしみじみと噛み締めることができた良い機会となりました。
 それは、台湾をはじめ、中国系の文化を引き継ぐ人にとって、「面子」という言葉がどれだけ深い意味を持ち、その価値観が現在まで脈々と引き継がれているということを知る機会となったのです。
 
 事の起こりは、九州の小さな都市、豊前市でのことでした。豊前市は、福岡県の東南部の端、大分県に接する小さな町で、その町の存在を知っている人は多くはいないのではと思います。
 そこに後藤氏という市長がいます。後藤市長は、市の活性化のために台湾からの企業誘致や学校同士の交流に熱心で、台湾がWHOのオブザーバーとして加盟する際に、福岡県で真っ先に賛同する旨を伝え、県や国が台湾サポートへと動くきっかけもつくりました。
 それをきっかけに、豊前市と台湾との交流がどんどん進んでいるのです。
 
 今回の台湾出張は、台湾がTSMCに代表される半導体企業を日本に進出させるにあたって、将来に向けた人材育成の道筋を台湾の大学と協議するためでした。
 その一環として、台湾外交部にも訪問し外交部日本課の責任者の一人と面談をしたのです。その席上、ここに紹介した台湾のWHO加盟への後藤市長の尽力についての話題が持ち上がったのです。
 台湾の外交機関で昨年まで日本で総領事を勤めていた陳忠正氏が、その席上で、

「我々が豊前市への恩を忘れないということを覚えていてください」

と発言されました。

「ですから、後藤市長の面子を大切にすることが、我々にとってはとても重要なことなのです。企業誘致にしろ、学術交流にしろ、あの時真っ先に台湾を支持してくださった後藤市長の面子だけは大切にしたいのです」
 
 外交官のこうした発言に接したとき、私は台湾や中国系の人々にとっての面子という価値観の重要性を改めて認識したのです。
 

中華圏の人々が大切にする「面子」と「関係」とは

 面子といえば、我々はついつい外見上の見栄やプライドのことだけを考えがちです。しかし、中国での面子という価値観はそれよりはるかに深いものがあるのです。自分の面子だけではなく、お世話になった相手の面子を大切にすることが、中国でのもう一つの価値観である「関係(Guanxi)」の底流にあり、それなしには人間関係は発展しないわけです。
 今回の台湾訪問で、豊前市のことが持ち出された時、対中関係にしても対台湾関係にしても、官民ともにこの価値観の持つ深い意味を理解することが、太いパイプと信頼関係を構築する基本であるということを、改めて思い知らされたのでした。
 
 「面子」と「関係」という二つの価値観は、中国で仕事を進めてゆくうえで表裏一体のものといえます。人間関係がなければ、中国人との仕事は単純に目の前の理解とお金だけの関係で終わってしまいます。その次元では、相手はともすれば我々が驚くほどに利益中心で現実的な対応しかしてくれません。それが今我々の目の前に見えている中国の姿かもしれません。
 しかし、まず相手に対して働きかけ、そこで相手がこちらの「面子」を考えてくれるまでに「関係」を深め、同時にこちらも相手の「面子」に敬意を示し呼応してゆけば、さらに「関係」が拡大し、より安定的な仕事やプロジェクトの発展へとつながるのです。
 一時、中国では賄賂の問題が表面化し、その問題を梃子に習近平政権が政治的影響力を盤石にしていった経緯があったことは記憶に新しいはずです。この賄賂の問題は、中国での「関係」という価値観の負の部分であるという指摘が多くありました。確かにそれには一理あるでしょう。
 
 しかし、中国でこのような動きのあった時期に、日本にも中国への認識に大きな変化が起きているように思えます。それは、日中国交回復以来の人脈を通じた「関係」が、世代交代を通してどんどん希薄になりつつあるように思えるのです。この希薄化は日本と中国、そして台湾との関係が複雑になっている現在、日本にとっての大きなリスクです。「面子」という価値観の深い部分を理解し、こうしたパイプを盤石なものにするには相当な時間がかかることが、今回の台湾訪問でもよく理解できました。それだけに、北京と東京とのパイプが細くなってきていることは、そのまま日本と台湾、さらには緊張が高まる北京と台北との利害を直接受ける日本にとって深刻な課題となっていることに、我々は敏感になるべきです。
 相手とこちらの「面子」を相互に尊重できる関係になるには、どのような課題があっても、共にそれを乗り越えるために「一緒に井戸を掘る」ことが大切です。これも中国にも台湾にも共通する、忘れてはならない価値観なのです。
 

中台関係のリスクをとらえ双方との長期的な関係構築を

 台湾での一連の仕事の後、街を歩けば、そこは普段と変わらない賑やかな台北の週末の風景でした。しかし、よく見ると、街のあちこちに防空避難経路の張り紙が増えていることに気づきます。
 台湾の人に聞けば、中国が台湾を攻めるのはリスクが大きすぎて無理だと楽観視する人と、いつ起こってもおかしくないと危惧する人とで世論が分かれていることを実感します。
 
 ある台湾の大手出版社の副編集長と昼食を共にしたとき、彼女は言いました。

「台湾有事は決して楽観できることではなく、私は必ず起こるのではないかと心配しています。単に軍事だけではなく、サイバー攻撃や経済封鎖、さらには世論操作などさまざまな形で。でも、その時は自分は台湾に残って戦わなければならないと思っているんです」
 
 彼女のコメントを考えれば、台湾が半導体企業の海外への展開を急ぎ、人材交流を促進しようとすることも、こうした懸念があるがゆえの海外戦略であることが改めて見て取れます。
 
 現在、我々はついつい目先の利益にとらわれすぎています。そうではなく、今だからこそ、長期的視野で一緒に井戸を掘る意識を持って、日中、日台関係を深掘りしてゆく姿勢が、外交にもビジネスにもいつになく問われているのです。
 

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