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後世に伝えたい小澤征爾のもう一つの功績

A force of nature on and off stage, Seiji Ozawa brought the BSO to new heights of international recognition and acclaim in his almost three decades as our Music Director. He inspired audiences, fellow artists, and generations of music students through his extraordinary artistry and his adventurous and generous spirit. Seiji’s deep commitment to excellence, education, and service will continue to guide us as we move forward.

(小澤征爾は約30年間にわたって、音楽監督を務めるなかで、ボストン交響楽団に国際的な評価と新たな高みを、その時その時を通して、我々に与えてくれた。彼は、その並外れた芸術性と革新的かつ寛容な精神を通して、聴衆、芸術家、そして世代を超えて音楽生に、インスピレーションを与えてくれた。征爾の卓越性、教育、奉仕に対する深いコミットメントは、我々が未来へと進む道を、ずっと照らしてくれるであろう)
― ボストン交響楽団のホームページの追悼記事 より

言葉の壁を超え音楽への情熱で世界を照らした名指揮者

 小澤征爾が2月6日に心不全で亡くなったことには、体調不良が続いていたなかでいつかはと思っていたものの、強い衝撃を受けました。
 彼の訃報や過去の業績は、すでに多くのマスコミで報道されています。しかし、ここでは特に、彼が我々に示してくれたとても大切で、それでいて多くの人があまり気づかなかったことについて、まとめてみたく思います。
 私から見て、彼は決して一般に想像されているような、指揮棒をもって世界をカッコよく駆け回るスーパーヒーローではなかったように思えます。実はそれが私の小澤征爾への賛辞であり、最もわかってほしい彼の功績なのです。
 
 確かに、カラヤンバーンスタインといった錚々たる音楽家と交流し、ヨーロッパの著名な交響楽団での活動に加え、ボストン交響楽団の総監督を30年近くも勤め上げた功績は偉大でした。
 しかし、小澤はそうした人々と華やかな社交界で、英語やドイツ語を使って華麗に振る舞っていたわけではなかったのではないでしょうか。
 海外の人とのインタビューを聞く限り、彼の英語は決して流暢なものとはいえないように思えます。おそらくヨーロッパでも言葉の壁は大きかったはずです。しかし、それで充分なのです。彼は言葉が足りない分、ジェスチャーなどを交え、全身で感情を表現して、そのメッセージが見事に海外の人にも伝わっていたのです。
 
 若い頃、ギターとオートバイでフランス・マルセイユに上陸したのが、彼が海外で音楽活動を始めた最初でした。1959年のことでした。それ以来、きっと言葉は我流でこなし、音楽活動に情熱を傾けることで、小澤征爾は活動の場を広げていったのでしょう。戦後10数年しか経っていない欧米、特にクラシック音楽界などでは、日本人、さらにはアジア人への偏見もあったかもしれません。しかも、言葉や語学そのものに通じていなかった彼が、ヨーロッパ、後にアメリカで実力を認められてゆく過程に、どれだけの軋轢があったかは想像に難くありません。
 

「型」にとらわれる日本人の「思考の壁」

 そんな彼が海外で成功し、1961年に帰国したとき、NHK交響楽団の団員からボイコットされ、活動の場をアメリカに移したことは当時話題になりました。彼の欧米での経験は、日本人の音楽への姿勢とあまりにもかけ離れていたのでしょう。
 彼はインタビューで、「日本人は楽譜にとらわれ、楽譜に記されていることを忠実に音にすることには長けているものの、楽譜の向こうにある感情や思いを受け止め、楽譜を超えて表現することがなかなかできない」と言っていたことを思い出します。この一言こそ、彼が音楽を超えて日本人に伝えたかった最も重要なメッセージだったように思えます。この一言はビジネスや研究分野など、日本のあらゆることに普遍化できそうな金言です。
 
 語学を例にとりましょう。日本人は英語を勉強するとき、文法や発音、さらには流暢に話すことにとらわれすぎて、自分の思いや感情を相手に伝え、交流するという最も大切な目的を忘れがちになります。もちろん、これは音楽や語学だけではなく、物事を学ぶときに、日本人が常に陥る罠のように思えるのです。学校教育、そして受験教育などで人を型にはめることに注力し、その型を守る人を重宝する傾向から抜けられないことが、今なお多くの日本人の思考や行動を縛りつけているように思えるからです。
 物事を自分の感性で受け止め、それを掘り下げながら、普遍的な知識とも融合させることで、そこで意識したものを率直に表現してゆくことを受け入れる環境や、姿勢が日本人には欠けているように思えます。
 
 小澤は別に、流暢に英語を話す必要はなかったのです。
 しかし、一つ一つの言葉を探すように、時にはじれったいほど口ごもりながらも、心と表情、そして情熱を全身で表現して語るとき、世界の人に彼のメッセージが伝わったのではないかと思うのです。それは言葉以上に大切な、海外で活動するためのノウハウです。
 
 よく日本人は海外でスピーチをするときに、英語が苦手だといって、お詫びをしながら話をします。実は、これは全く必要のないお詫びであり、かつそうして謝罪することは、かえって相手に不信感を与えることになることを知っている人は多くありません。海外の聞き手は英語の得手不得手ではなく、話し手のコンテンツ、つまりその人の語りたいこと、さらにはその人自身に興味があるのです。中身のない流暢な英語ほど味気なくつまらないものはありません。
 
 小澤征爾はそのことを本能的に理解していた類稀な逸材だったのです。だからこそ聞き手は、彼の言うことに、英語を上手に話す人に対するよりも、真剣に耳を傾けたに違いありません。おそらくそれは彼が無名であった頃から変わっていないことだったはずです。カラヤンと出会い、彼に師事したときも、言葉の壁は何も問題にならなかったでしょう。バーンスタインをはじめ、世界の音楽家と交流し、一流といわれる楽団員を指導する立場になったときも、それは一貫していたはずです。
 

感性に従って自由な発想を生み出せる人材を

 帰国後、NHK交響楽団の団員が彼をボイコットした背景は、おそらくそうした彼の姿勢が疎ましく、かつ不謹慎にすら思えたからではないでしょうか。
 ただ作曲家を賛美し、その楽譜を正確に読むことを一義としてきた日本の音楽界で、演奏者の感性に重きをおいた彼の海外での経験はあまりにも常識の外のことで、受け入れられなかったのでしょう。
 
 海外での長い経験を積んだ人の多くが、日本に戻ったときに少なからず感じる軋轢は、型を重んじすぎ、真面目であることのみにこだわる日本の風土に慣れないことから生じます。これは小澤征爾に限ったことではなく、帰国子女がいじめに遭ったり、日本の語学学習が低迷したりする原因ともなっています。これは今も変わっていない日本の課題なのです。
 そして、語学学習をはじめとする多くの教育が、この問題を真剣に考えない限り、自由な発想をもって思い切ったことをする人材が日本では育ちにくいという、日本の将来への懸念となっていることを、ここで強調したいと思います。
 
 小澤征爾の逝去が本当に惜しまれるのは、こうしたことを芸術という場でしっかりと我々に伝えてくれた、その功績なのではないでしょうか。
 

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『教育による日本再興論』伊藤 奈緒 (著)教育による日本再興論』伊藤 奈緒 (著)
将来の見通しが不透明になった日本。この状況を覆すには教育水準のボトムアップと併せ、世界で活躍するグローバル人材、日本を牽引するリーダー、地域を引っ張るグローカルリーダーを育てるための教育が必要です。昨今のアンチ受験勉強、脱・努力主義の風潮に危機感を抱く三重の名門学習塾【鈴鹿英数学院】のCOOである著者が、受験勉強にはどのような意義があるのかを科学的データやエビデンスに基づいて解説します。
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