Trump threatens 200% tariff on EU alcohol.
(トランプはEUのアルコール飲料に200%の関税をかけると脅迫)
― BBC より
欧州と周辺国の物価高騰と市民の嘆き
トランプ米大統領の貿易相手国への
関税引き上げの通告が、今後世界にどのような影響をもたらすのか、さまざまな報道が飛び交います。現実の問題は、我々日本人が思っているよりも深刻です。それを最も端的に実感できるのが、現在のヨーロッパの実情です。前回に続き、それについてさらに解説します。
「今、企業がどんどん商品の値段を釣り上げている。元々ギリシャ産のオレンジが好きでね。いつもジュースにしていた。でも、そのオレンジの値段が倍になっている。だから最近は諦めたよ」
ホテルのロビーで打ち合わせをしたブルガリアの知人はそう語っていました。
実際、ヨーロッパとその周辺国の物価の高騰には驚かされます。例えば、トルコ最大の都市イスタンブールと海を隔てた対岸にあるフェリーの船着場の小さな食堂でも、簡単な食事をすれば日本円にして一人1000円は超えてしまいます。これでは一般の人はどのように生活しているのか気になってきます。
原因の一つはウクライナ戦争です。EU圏に供給されていたロシアの天然ガスが制限され、エネルギー価格が大幅に上昇しているのです。
「でもそれだけではない。実は西ヨーロッパでは元々人件費の上昇が続いていた。それで企業の経営を維持するために価格転嫁が行われていた。そこに、ウクライナでの戦争でエネルギーの問題が発生したわけさ」
ヨーロッパの情勢に詳しいアメリカの知人はそう解説してくれます。
トルコはEUに加盟できないままユーロ圏とも隔絶されています。しかし、トルコの抱える課題はユーロ圏とは変わりません。
「今の大統領〔
エルドアン氏〕は、トルコのトランプだよ。そもそも有権者が悪い。だって上辺だけのポピュリズムに乗せられて投票をするから、こうなってしまう。トルコ経済の問題は根が深い。だから簡単に甘い言葉に乗せられる。これが右傾化の原因だよ」
トルコには中東関連の仕事を一緒にする友人が多くいます。彼は私にそうぼやいています。
確かに今はラマダン(イスラム教の断食月)で、その時期は日没以降しか食事ができないので、イスタンブールの街は深夜まで賑わい、多くの人が楽しそうにレストランに集まって断食後の束の間の食事を満喫しています。
しかし、彼らの中には確実に不満が募っていることがわかります。
街を歩くと、ユーロで払ってくれないかという声を時々耳にします。トルコの場合は物価の高騰に加えて、対ユーロの通貨の下落も深刻です。せめてユーロで払ってその差額を儲けにしたいという庶民の悲しい叫びが聞き取れます。しかし、そのユーロ圏であっても物価の上昇は我々が思う以上に深刻です。加えて、元々経済基盤の弱かった東ヨーロッパでは、人件費も上げることができないところにウクライナでの戦争によるエネルギー価格の上昇が追い打ちをかけたのです。

「エネルギーの傘」で追い打ちをかけるロシアとアメリカ
人件費が上がることは生活の向上につながるはずです。それは日本でもよくいわれる、国がなさなければならない政治課題です。
さらに、地球環境のことを考えれば、二酸化炭素の削減など、将来の人類のためになさなければならないことは山積しています。ところが、これらのことは企業の経営にとっては当然新たなコスト増の要素となるわけです。残念なことに、そこにロシアのウクライナ侵攻が起こったのです。ロシアに対して戦争責任を追及すると、ロシアは天然ガスの供給を制限して圧力をかけてきます。
実は、世界にとって最も脅威なのは核ではなく、エネルギーだったのです。というのも、トランプ大統領の立場もロシアと同じです。ロシアは領土を欲しがり、アメリカは経済で世界をコントロールしようとしているのが現状です。実は、アメリカはロシア同様エネルギーを自給できる世界一の産油国で、物価の上昇率はウクライナで戦争が起こっても極めてゆるやかなのです。したがって、「アメリカファースト」と「ロシアファースト」とは、同じ論理に基づいた異なる政策に過ぎないのです。ロシアが領土的、政治的野心であれば、アメリカは市場的、経済的野心だというわけです。
課題は、ヨーロッパはそれでもウクライナを支援しなければならないモラルがあるのです。このモラルを維持しながら、経済問題も解決できるのかという問題こそが、今人類に突きつけられている重たい試練なのです。
「トルコの場合は、ロシアと同様に言論の自由まで危機にさらされている。そのためトルコとアメリカとの緊張があって、ビザも更新してもらえない」
その知人は強く訴えます。
彼は、アメリカとの貿易が生業で、ニューヨークの郊外に多く商品を在庫しています。それだけに、渡航の自由を制限される現在の状況は、彼の個人的な経済にも大きな影響を与えるのです。
東ヨーロッパの世論は、西ヨーロッパの状況をシニカルに観察しているというのが現状でしょう。東ヨーロッパの多くの国は、物価の高騰に悩み、政治への不信感はあるものの、むしろ現在のEUのあり方への不信感の方が強いように思えます。
ある人はいいます。
「西ヨーロッパは人件費を高騰させ、人種の平等をと移民に寛容で、彼らも高い最低賃金の恩恵を受けている。しかも、ロシアのウクライナ侵攻にはモラルをもってロシアに対抗する。北欧などでは電気自動車のシェアが拡大し、カーボンニュートラルにも積極的。それでいて、物価の高騰のために、繁華街の商店のオーナーなどはこれ以上値上げもできないし、商品のコストも跳ね上がり、どうしてよいかわからないと苦情をいう。これじゃあどうしようもないよ」
「だから言わないことじゃない。EUの理想だけではメシは食えないのに。我々東欧の国々は、そんなことからくる“とばっちり”に見舞われているんだ」
EUのメンバーではあるものの、東ヨーロッパの人々はこのように語ります。
これがヨーロッパの右傾化現象の実態だといえましょう。

欧州は自国の経済とモラルを両立することができるのか
過去にロシアからの侵攻を受け、西側へと傾斜した
ジョージア(グルジア)という国がトルコの東にあります。ここから来た知人が、ジョージアでは戦争に行きたくないロシア人が移住してきて、首都では毎日ウクライナ支援のデモが続いていると語ってくれます。
今のジョージアの経済力ではEUへの加盟は困難です。ジョージアは、NATOにも加盟したいと希望しています。これはウクライナと同じ境遇を抱えるジョージアの悲願です。
しかし、当のEU、さらにはトルコを含めたNATO加盟国自体が、ここに解説した矛盾を乗り越えられるかという深刻な事態に直面しています。
そこに追い打ちをかけたのが、トランプ大統領の関税引き上げの問題だったのです。この新たな経済的な攻撃によって、ヨーロッパでは政府を維持できないほどの被害に見舞われるのではないかというのが、多くの人が抱く不安です。
そして、その矛盾が破綻へと傾斜したとき、ジョージアのような国家の国民は「ロシアファースト」からくる領土拡張の波に、あっという間に飲み込まれるのではないかと思っているのです。
トランプ大統領の関税引き上げ攻勢の向こうに見えてくる地球規模の未来の課題における本質を、これから考えてゆく必要がありそうです。
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『サン=テグジュペリ・ストーリー』西海コエン (著)
1943年にアメリカで出版されて以来、現在も世界中で愛される『星の王子さま』。その著者サン=テグジュペリは、祖国フランスをヒトラーに占領された後、ニューヨークであたかも遺書のように『星の王子さま』を書き上げた。彼の愛する飛行機は、冒険の道具から兵士を殺傷する兵器となり、彼自身も偵察機の操縦士となる。そして、最後はドイツ軍の戦闘機に撃墜され、その生涯を終えた。非常識だが憎めない彼のパイロットとしての生涯は、彼の作品とみごとに重なり、複雑な21世紀を生きる我々にささやかな勇気を与えてくれる。そんな彼の物語がシンプルな英語で楽しめる一冊。
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