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今進化させたい「空気を読む」という価値観

When you learn to accept Kuuki o yomu as one form of communication, among others more familiar to you if you not originally from Japan, you can learn to use it to build bridges across cultures and relationships.

(特に、元から日本出身でない人が“空気を読む”ことをコミュニケーションのひとつの形として受け入れ、それに馴染んでくると、それが異なる文化を超えて人と人とを結ぶ架け橋となってゆくはずです)
― Scott Haasの原稿 より

「空気を読む」日本社会のコミュニケーション

 「空気を読む」という言葉があります。
 その言葉は、その場の雰囲気や人間関係、そこに置かれた人と人との状況を敏感に察知して、自らの対応を決めることを意味します。
 「空気を読めないやつ」といえば、鈍感でその場の状況とは関係なく、自分だけの意思で動く人のことを指しています。もちろん、この表現は日本ではそのような人を批判するときに使用する言葉です。
 
 一方で、日本人が空気を読むというときは、必ずしもそれを肯定的に捉えているとは限りません。たとえば組織などで、空気を読む行為はともすれば正しいと思うこと以上に、上下関係を意識したり、長いものに巻かれたりすることを意味するからです。日本人は空気を読みすぎるために、何か事が起きたときに判断が遅れたり、積極的なリーダーシップがとれなかったりすることもあります。
 
 空気を読めないと、意図せずに人のプライドを傷つけたり、思わぬ無礼な行動をとってしまったりすることもしばしばです。
 一方で、あえて空気を読まずに、勇気ある発言をすることが必要な場合もあるはずです。会社などであまりにも理不尽な叱責を受けたり、指示を受けたりした場合、それに甘んじるのではなく、しっかりと自分の立場を主張することも、時には求められるからです。正義感が強ければ、むしろあえて空気を読まない方がいいこともあるはずです。
 

Compromiseが弱まる米国社会の治療薬として

 最近、ボストンに住むスコット・ハースという臨床心理学者とよく話をします。彼は、日本人が無意識のうちに空気を読んで行動することに強い興味を持っています。そして、アメリカのような個々人の自我を大切にし、主張することをよしとする社会には、この日本の価値観が新鮮で、社会の課題を治癒するためにも役に立つのだと語ってくれます。
 
「アメリカのように自己主張の強い社会では、相手の立場に立って物事を考えるより、自分の考えをいかにうまく主張するかという方に重きが置かれています。ですから、一度論争がおきれば、ただ主張のぶつかり合いになるだけで、そこからなかなか融和が生まれにくいのです」
 
 彼はそう語ります。
 
 ただ、私からみると、日本人は空気を読みすぎているように思えます。アメリカに行くと、確かに人々はよく論争します。私もその中に加わって主張をぶつけ合うこともしばしばです。しかし、その論争の中から相手と自分との意見の違いを意識してゆくうちに、その双方の長所を活かし合い、高次元な解決策が醸成されることが多くあるからです。
 
 英語でいう compromise は、日本語では「妥協」と訳されますが、この言葉の本質的な意味は、より高次元の解決策によってお互いに歩み寄ることを意味しているのです。この単語を分析すれば、com と promise とに分かれます。Com は、すべてを包含すること、一緒にすることを意味します。そして、promise は約束を意味する言葉です。つまり、compromise は異なる人同士が意見を合わせて契約する行為を意味しているわけです。
 これは哲学的には、さまざまな矛盾を解析してゆくなかで、高次元の法則を発見する弁証法を世間感覚で実践する言葉といっても差し支えありません。
 
 しかし、最近社会の分断が進むなかで、この compromise のパワーが劣化していることが、アメリカ社会を絶望へと導いているわけです。特に、トランプ政権が発足して以来、その悲しみが今や無力感や絶望となって、多くの人をさいなんでいるようにも思えます。
 
 であれば、スコットのいう「空気を読む」行為の長所を欧米社会に移植する必要性はみえてきます。ただ、その本家本元の日本でも、アメリカ同様の社会の分断から、空気を読むことをあえて拒絶する人々が増えている実情もあることは、彼のような世界レベルで活躍する心理学者も気がつかないかもしれません。
 日本の場合、日本人が空気を読みすぎて、その行為が社会の停滞を生んでいると思う人が増えているようにも思えます。逆に、アメリカでは自己主張が強すぎるために、そこに空気を注入する必要性を痛感しているのかもしれません。
 
 「空気を読むことで、人は孤独感を緩和できる」と彼はいいます。
 
「自分でも相手でもなく、その中間に思考の軸を置くことで、客観的に物事を判断し、双方の立場や意識を理解することで、個々の孤独を解消できるわけです」
 
 日本では、ともすれば否定的に捉えられがちになってきたこの伝統的な行為が、欧米の社会での思わぬ治療薬になるということは、興味深い事実です。
 

「文化の違い」を「読む」価値観へと進化させること

 先日、台湾で、大分県にある日出町(ひじまち)と、台湾の半導体産業の巨人 TSMC が本拠地をおく新竹市との提携を仲介したときのことです。セレモニーの準備の段階で、日出町側の出席者を早く決めてほしいと、台湾側から異常なまでにせっつかれ、その強い要求に少々困惑したことがありました。
 しかし、当日になって式典に参加したとき、その理由が明快にわかったのです。台湾側は出席者に対して高価な贈り物を用意していました。日本側は、日本の常識に沿って、とりあえず相手の市長室に飾るための贈呈品とお菓子だけを用意して式典に臨んだのです。贈り物文化を大切な価値観とする台湾からみれば、参加者の数を事前にしっかりと把握することが、その予算と贈呈品の用意のためにどうしても必要だったのです。
 
 こうした台湾のケースのように、相手がこちらでは理解しにくいアプローチを受けたときに、背景にある文化の違いを察知する行為に「空気を読む」という価値観を進化させなければ、国際社会ではこの価値観を活かすことは困難だということを実感した瞬間でした。「空気」は文化によって異なるのです。それを察知することを怠ったとき、相手との思わぬ誤解が生じてしまうわけです。
 
 今、海外からの来訪者の空気を理解できないために、外国人を排斥する考え方が台頭していることも一つの社会問題です。
 スコットが語ることを日本流に理解すると、そこに日本の課題がみえてきます。日本の課題は、「空気を読む」習慣をよりグローバルに進化させる教育の普及にあるのではないでしょうか。日本人の伝統的な価値観が閉鎖的な価値観へと収れんしたとき、そこには偏狭なナショナリズムか、醜い自己陶酔の姿しか残らないはずです。
 

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『幸せって何だろう? ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田博 (訳)幸せって何だろう? ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田博 (訳)
アメリカ人臨床心理学者が感じた個人主義の「幸福感」の限界。そして、日本的な調和の概念から見出した「幸せ」になる思考法。アメリカで出版され、世界11カ国で発売。ニューヨーク・タイムズ他、多数の有名紙で紹介され、話題を集めた書籍の翻訳版。人間にとっての「幸せ」について、著者が属する西洋社会(個人主義)の問題点と、日本の集団的な調和の精神から見出した「学び」を綴る。集団への帰属に必要な「受け入れる」という日本人の価値観を起点に、さまざまな行動様式の背景にある日本人の「思い」や「知恵」について考察し、西洋社会にも取り入れるべき点を、実体験をもとに解説。日本人の価値観や抱く意識を丁寧に紐解きながら解説する本書は、日本人にも自らの文化を見つめ直す機会と新たな気づきを与えてくれる。

 

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