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「日本人の心」を静かにアピールしたキャディの一礼

Golf fans loved Hideki Matsuyama’s caddie bowing to the course after historic Masters win.

(ゴルフファンはマスターズでの歴史的な快挙後の、松山英樹のキャディの一礼に心を打たれている)
― USA Today より

歴史的快挙の後の静けさでひとり一礼する日本人の姿

 松山英樹選手がマスターズを制したとき、私の携帯にも海外から「Congratulations(おめでとう)」というメッセージが何通か届きました。その中には久しぶりの知人もいたので、マスターズがいかに大きなイベントなのかを痛感させられました。
 その返信に、「これでアメリカでの Asian hate(アジア人差別)にブレーキがかかることを祈っているよ」というメッセージを送ると、全ての人が「大丈夫だよ。きっとなくなる」と逆に励ましてくれました。
 
 このイベントで特に注目されたことがあります。それはキャディの早藤さんが、試合が終わって静けさを取り戻したコースに向かって、帽子をとって一礼してその場を去ったことでした。この模様が YouTube などで200万回近く閲覧され、アメリカのマスコミも松山選手への賛辞以上にこの光景を取り上げました。
 ゴルフコースは試合が終わってしまえば、ただのゴルフ場です。でも、そんな場所に試合が終わったあと敬意を示す行為は、海外の人にはとても新鮮です。ある意味では早藤さんの行為は、日本人にとっては至極当たり前のことかもしれません。しかし、「もの」や「場所」に心を伝え、感謝や敬意を伝える行為は、日本ならではの伝統的な価値観なのです。
 
 最近、日本の価値観が失われつつあるといわれています。
 日本人は試合に勝てば声をあげてガッツポーズで喜びを表現し、喜怒哀楽を以前より率直に表現するようになりました。海外の人から「曖昧な日本人」とか、「不可解な日本人」と批判されてきた、日本人のわかりにくいコミュニケーションスタイルが変わってきているのでしょう。
 しかし、今回の早藤キャディの行為は、ほんの数秒間のことでありながら、世界中の人の心に何か大きなものを残してくれたと思います。アメリカのスポーツ専門メディア ESPN の動画にあるとおり、松山選手など全ての人が祝福の場所へ移動し、誰もいなくなった18番ホールに、彼が一人立って一礼している姿がとても印象的だったのです。
 確かに最終戦は激戦でした。難コースであるだけでなく、風などにも苦しめられ、松山選手はライバルたちに追い上げられながら、かろうじて首位を保つことができたのです。
 海外メディアは、現地で報道していた日本人が涙を浮かべながら解説をしていた様子も伝え、アジア人初の快挙を感動的に特集していました。そんな激戦の興奮とは対照的な静けさをこの一コマは伝えてくれたのです。感情をぐっと抑えて、一人でコースに一礼している様子が「かっこいい」と、Twitter でもどんどん拡散されていきました。
 

自分たちの文化を見つめ本質を相手に合わせて伝えること

 そんなメディアの反応を見ながら、日本人の伝統的な価値観を海外の人にいかにポジティブに伝えてゆけばよいのかを、今改めて考えてみたくなりました。確かに、アイコンタクトが弱く、ジェスチャーも控えめで、英語力に問題があることも手伝って寡黙になりがちな日本人は、世界の中でも最もコミュニケーションが難しい人々だといわれてきました。
 しかし、その反面、国連でものを大切にする日本人の文化を象徴する「もったいない(MOTTAINAI)」という言葉が披露されたり、日本人ならではの整理整頓の方法を解説した書籍がベストセラーになったりと、日本人の価値観が好感をもって受け入れられてきた経緯も無視できません。そのどちらにも共通している大切なポイントは、日本人が意図していないにもかかわらず、海外の人がその言葉や行為に気付いていることです。
 
 どのような文化にもコインの裏と表があります。その国の文化の伝統的な良さをコインの表とすれば、そこから生まれる因習や排他的な行為は同じコインの裏となります。日本の文化も例外ではありません。自らが自分の文化を自慢すれば、それは排他的な行為ととられてしまうでしょう。
 ですから、ゴルフ場で一人コースに向かって一礼する様子は、早藤さんが意図していなかったからこそ、謙虚で物言わぬ美しさと捉えられたのです。同じ一礼でも、不祥事のたびに記者会見の場で3名の幹部が揃って並び、同じように一礼してお詫びをする姿は、型だけにとらわれた誠意のない不可解な行為として海外の人から訝しがられます。
 昔、黒澤明監督が1990年にアカデミー賞で名誉賞を受賞した際、「まだ映画が何かわかっていないんです」とスピーチをしたとき、人々はその謙遜を好感と敬意をもって受け止めました。しかし、同じ謙遜でも、英語ができないことを人前で謝ってスピーチを始めようとすると、海外の人は「なんで謝るのだろう」と怪訝に思い、話者が本当に内容ある話をしてくれるのか疑ってしまいます。
 
 このように、日本人が同じ価値観に従った受け答えをしても、一歩間違えば、日本人の意図が伝わらず誤解の原因となることもよくあるのです。
 とはいえ、コインの表側、つまり文化や価値観の良い部分をしっかりと伝えあうことは、世界に向けた貴重な貢献であるともいえましょう。日本人が自らの文化へのプライドを持ち、それを率直に相手に向けて表現することにもっと慣れるべきなのかもしれません。自身の文化を見つめ、その本質的なところをちゃんとした行動と共に伝えられるかは、日本人の誰もがこれから考えなければならない課題なのです。ただ、その伝え方を考えたとき、相手の思考や価値観に見合った伝え方があることも理解しなければなりません。
 

日常のちょっとした行為に潜む「日本人のこころ」

 今回の早藤さんの一礼は、それを見せつけようとする意思もなく、自慢するわけでもなく、ただ率直になされた行為だったからこそ、人々の心をつかんだのです。
 よく、日本の伝統芸能や工芸などをプロモーションする番組を見るとき、そのすごさをあえて自慢しているかのような矛盾や不快を覚えることがあります。つまり、「謙虚」で「寡黙」な努力を美徳とする日本の価値を、なぜアピールし、ひけらかさなければならないのか、わからなくなるからです。このことを指摘する海外の識者が多いことも、残念ながら事実です。
 そうではなく、日々の営みの中に見えるちょっとした行為の素晴らしさにもっと注目してみてはどうでしょうか。そんな行為の向こう側にある、「日本人の心」を我々は思い出し、その意味するところをじっと考えてみるならば、そこにコインの表として、世代を超えて伝えてゆかなければならない何かを見つけることができるはずです。
 

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『日本人のこころ Heart & Soul of the Japanese』山久瀬洋二 (著)、マイケル・クーニー (訳)日本人のこころ
Heart & Soul of the Japanese
』山久瀬洋二 (著)、マイケル・クーニー (訳)
いにしえから現代にまで受け継がれてきた日本人の感性を表す100のキーワードを、簡潔明瞭な英語で説明!日英対訳バイリンガル書。
「恩」や「義理」といった日本人の心の原点ともいえる価値は、一体どこからきて、今の日本ではどのように捉えられているのか。本書はその壮大なテーマに挑み、日本を代表する「日本人の心」を100選び、和欧対訳で簡潔に説明する。キーワードの例:「和」「中庸」「根回し」「型」「武士道」「節度」「情」「忠」「禊と穢」「もののあわれ」「因果」「仁義」「徳」「わび」「さび」「幽玄」など。

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