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日本の選挙とアメリカの選挙後

The biggest gains were made not by the traditional liberal opposition, but by a gaggle of new parties that drew younger voters with stridently nationalist messages. Among them was Sanseito, a populist party led by a politician inspired by President Trump.

(最大の躍進を遂げたのは、伝統的なリベラル野党ではなく、強烈なナショナリズムのメッセージで若い有権者を引きつけた新党の数々だった。そのなかには、トランプ大統領に触発された政治家が率いるポピュリスト参政党もあった)
― New York Times より

米国内の外国人の英語教育ビジネスを見舞う逆風

 アメリカはオクラホマにあるESL(大学などの中にある外国人のための英語学校)の経営者ロバティ夫妻と半年ぶりに連絡をとりました。
 昔は全米に15校のESLを経営し、アメリカの名門でサンフランシスコ近郊にあるUCバークレー校の中にも学校を開設していました。
 そんな彼らに向けてリーマンショック、コロナ、そして今回はトランプ政権による留学生へのビザの制限など、ここ15年にわたり逆風が吹き続けています。
 
 以前、夫妻の依頼でこの学校の副社長を兼務したことがありました。当時はすでに8校までリストラを済ませ、これから再生を図ろうというときにコロナが経営を直撃したのです。
 役員会で、ともかく本部のあるオクラホマ校だけでも残れば、コロナは必ず収束するので、一刻も早く撤退できるところは撤退しようと主張して、なんとか維持できる4校だけに絞ったことを昨日のことのように覚えています。
 あの頃は、どこの学校も経営難でした。だから生き残れば、コロナが収束したときには即座に学校を拡張でき、他の学校が閉校した市場に進出できるので、なんとしてもビジネスを維持することが求められていたのです。役員会での緊迫したやりとりを思い出します。
 
 オーナーのロバティ氏はイランからの移民で、妻のブレンダはアリゾナ出身で、外国人の英語教育に一生を捧げてきたプロフェッショナルです。
 ロバティ氏は、アメリカとイランとが政治的に対立して以来、故郷に帰国できないまますでに8年が経過しています。イランの家族の老齢化を気にしながら学校経営を続けているのです。
 
「オバマ大統領の頃、一度雪解けによってイランとの国交が正常化しそうになったとき、アメリカ中の教育関係者がイランからの留学生に期待したんだよ。でも、その後状況は逆転してしまった。もし、あのままうまくいってイランからの留学生が増えれば、我々のビジネス基盤ももっとよくなっていたかもしれないね」
 
 彼がそうこぼしていたことを思い出します。
 
 コロナの期間、彼らは歯を食いしばってその4校を守り抜きました。政府や州からの補助を受け、子どもの英語教育やオンラインでのテストなど、新たな市場を切り拓き、なんとか耐え抜き、コロナによる海外からの留学生の激減による経済難を克服したのです。日本の提携校からの融資のために、その間に立って日本側の説得にあたるのは私の仕事でした。
 そして2022年に、私は日本でのビジネスに専念するために、彼らの学校経営からは離れ、それ以来、友人として年に数回情報交換をしているのです。
 

逆風に立ち向かうオーナー夫妻と身を守る移民たち

 コロナが終わり、なんとかビジネスを再構築しているときに、トランプ大統領の二期目がはじまりました。大統領の方針は、海外からの留学生を大幅に制限することに加え、入国者のビザの審査をより厳格にすることでした。実際、日本での留学生ビザの取得は一時できない状態になり、留学先もアメリカ以外の国々にシフトするケースが後をたたなくなりました。
 
「その後どうだい。少なくともトランプ政権はあと3年以上続くからね」
 
 私は、Zoomの向こうに現れた夫妻にそう切り出しました。
 
「誰もが一年先の秋にある中間選挙に期待している。そこで共和党が負ければ状況も変化するから」
 
 ブレンダがまずそう答えます。
 
「今回、残念なことだけど、インディアナにあるESLを閉じることにしたよ。留学生の減少で赤字に転落したので、傷が深くならないうちに決断したんだ」
 
 オーナーのロバティ氏がそう続けます。今、彼らは最後の3校をなんとか守ろうとしているわけです。
 
「オクラホマ州は共和党の牙城だよね。そこに住んでいて、トランプ政権に投票をして後悔している有権者はいるんだろうか」
 
 そう尋ねると、
 
「彼らは経済的に自分の生活に負荷がかかると意志が変わる。関税や移民の労働力の減少などで経済に翳りがでれば、岩盤支持層以外の有権者は投票先を変えると思う」
 
 とブレンダが答えます。
 
「それに、我々は新しい顧客が増えている。全体的にはビジネスは打撃を受けているが、この顧客層に期待しているんだ」
 
 とロバティ氏は説明してくれます。
 
 その顧客とはアメリカ人です。
 今、アメリカに住む移民一世は、いつトランプ政権から永住権のみならず市民権まで剥奪されるか戦々恐々としているのです。そんな移民一世の人々は、必ずしも英語が得意ではありません。英語ができないことで何か問題が生じれば、そのまま強制送還などのリスクにつながるのではないかと恐れているのです。
 そして、そうした人々がESLの新しい顧客として英語を学んでいるのです。
 ニューヨークのチャイナタウンに住む中国人や、リトルオデーサに住むウクライナ人、ロサンゼルスのリトルサイゴンに住むベトナム人、そしてアメリカ各地で生活する中南米からの移民の顔が瞼の内側にちらつきます。
 
 そういえば、私の友人で北アフリカから難民として渡米し、シアトルでビジネスコンサルタントとして活躍している男性も市民権は持っていたなと、心によぎります。そんな彼の息子が数年前にパキスタンで知り合った女性と結婚して、今父親の近くで暮らしている。その女性はまだ市民権を持っていないはずだと気になりはじめます。彼女のような人が、まさにロバティ夫妻の新しい顧客になるわけです。
 
 度重なる逆風にも、しぶとく立ち向かいビジネスを守る夫妻。そして、彼らの経営する学校に通って、英語を身につけ少しでも有利な地位を得て、トランプ政権の無慈悲な政策から身を守ろうとするアメリカの居住者たち。アメリカで16年生活をしてきた経験から、彼らが普通のアメリカ人と同じように英語を操るようになり、社会に馴染むのがいかに大変で、そのための努力が必要とされるか、私にもよく理解できます。
 
 内外の先の見えない情勢に翻弄されながらも、彼らは必死で家族を守り、一刻も早く生活基盤を盤石にしようと懸命なのです。その懸命な労働力こそ、過去にアメリカを強くしていった源泉なのに、と思ってしまいます。
 

「外国人問題」が取りざたされる日本の恐怖

 日本でも「外国人問題」という、ある意味で日本人と外国人を、グループとして一括して分離させて取り扱うような用語が、今回の参院選でも堂々と使われていました。今、アメリカで起きていることは人ごとではないように思えてきます。選挙後のアメリカで生まれている恐怖が、日本にも伝染しないことを祈りたいものです。
 
 ロバティ夫妻のビジネスが一刻も早く正常に戻ることを祈念するとき、それはアメリカが“ごく普通の”アメリカに戻るときなのだと、改めて認識させられてしまう今日この頃です。
 

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『日英対訳 英語で読む地政学』山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)日英対訳 英語で読む地政学
山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)
国の位置や地形、海路などの“地理的条件”が、国家の戦略や国際関係にどのような影響を及ぼしてきたかを考察する「地政学」。そのような一般的な「地政学」とは少し視点を変え、気候変動などの気象や、そこから発する海洋への影響、文明の発達による山や川の環境変化などに着目。それが人々の生活にどのような影響を及ぼし、そして人類の歴史をつくってきたのかを解説します。科学の進歩とともに、旧来の地政学がすでに時代遅れになりつつある時代に、環境問題の深刻化や社会に広がる分断、それらを背景に問われる国家戦略のあり方を日英対訳で考察します。国境の向こうを理解する教養が、英語とともに身につく一冊です!

 

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