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トランプ大統領が圧倒されたイギリス国王の卓越した外交力

Thank you, Mr President and Mrs Trump, for your splendid dinner this evening which, may I say, is a very considerable improvement on the Boston Tea Party!

(大統領閣下、そしてトランプ夫人、今回の素晴らしい晩餐会にご招待いただいたことに感謝致します。そしてこう言ってはなんですが、あのボストン茶会よりそれがはるかに洗練されたひとときであることをここにお知らせしたいと思います。(イギリス国王チャールズ三世のワシントンでのスピーチより))
― New York Times より

メディアの誤解と国王の真意:親から子へ向けた洗練された「苦言」

 2026年4月29日、イギリス国王チャールズ三世がアメリカの議会でスピーチをしたあと、大統領主催の晩餐会にも出席して、そこでも再び聴衆を沸かせる演説を行いました。
 議会でのスピーチについては、すでに日本でも報道されていますが、そこでのシニカルな発言は大変話題になりました。しかし、もっと注目したいのが、晩餐会でのスピーチだったのです。彼がスピーチをするすぐ前の席にはトランプ大統領が座り、その皮肉たっぷりな発言を敬意をもって聴かなければならなかったのです。
 チャールズ三世が終始アメリカとイギリスとの強い信頼と同盟関係を称賛していたために、日本の一部のマスコミは、最近話題になっているイギリスやヨーロッパとアメリカとの亀裂の修復のために彼がこうしたスピーチをしたものと勘違いして、そうした報道が先行しました。しかし、それはイギリスの英語文化とアメリカのそれとの違いを理解できない、極めて浅薄な報道でした。
 国王は終始アメリカを讃えながらも、アメリカはイギリスから生まれた大切な子供であるというスタンスを貫き、あたかも子供をなだめやわらかく導くようにして、現在のアメリカに苦言を呈していたのです。
 通常、ダイレクトなコミュニケーションに慣れているアメリカで、こうした洗練されたイギリス流の間接的な指摘はなかなか通じません。しかし、国王は歴史的な事実などを通して、アメリカ人の腑に落ちるように見事にイギリスならではのスピーチでメッセージを伝えきったのです。
 国王は議会での演説では、アメリカの民主主義は、イギリスで生まれアメリカに引き継がれ、両国が大西洋の双方でそれを守っているということを、13世紀にイギリスで初めて国王の権限を制限したマグナカルタに遡り、さらに名誉革命で1689年に国民の権利を認めた「権利の章典」から、アメリカの独立宣言に至る過程を語ることで、民主主義がいかにアメリカとイギリスとで守られてきたかを語ったのです。
 議会でも晩餐会でも、チャールズ三世は決してトランプ大統領や彼の政策を直接批判しません。しかし、彼の語る言葉の端々に、今のアメリカの政策を戒めようという意図が見えてきます。であればこそ、イギリスにとってアメリカとの同盟がいかに重要かを、あえて国王の威厳をもって何度も語っていたのです。

歴史的ユーモアと優雅な辛辣さ:トランプ大統領への痛烈な皮肉

 晩餐会は大統領が主催しているだけに、国王のスピーチはトランプ大統領に語りかける形で行われました。国王は、現在のアメリカの状況を理解した上で大統領に話しかけたのです。
 例えば、今トランプ大統領はホワイトハウスの増築を考えています。これは、彼の権勢欲の表れで、キングのような行動だとアメリカで批判が高まっています。一連のトランプ大統領の強硬な政策に対して、「我々にはキングはいらない」という抗議活動が全米に広がっているのです。その事実の上で、チャールズ三世は、自らがキングであることを意識して、トランプ大統領がイギリス王室のウインザー城(王の公邸)を訪ねたことで、きっとホワイトハウスのイーストウイングの増築を考えたでしょうと語りました。さらに、アメリカの独立後にイギリスとアメリカが1812年から2年間にわたって戦火を交えたときに、イギリス軍が首都ワシントンに侵攻してホワイトハウスを破壊したことがありました。その歴史上のイベントを取り上げ、「イギリスはこの偉大なる民主主義の象徴に不動産投資をしようとしたのです」というジョークを飛ばし、参列者は大笑いとなりました。そして暗にトランプ大統領のホワイトハウスの増築を皮肉ったのです。
 彼は何度もアメリカのイギリスからの独立革命にまつわるエピソードを紹介します。同時に何度も2つの国は困難を乗り越えて友好関係を保ったことを強調します。これは逆にいうならば、現在がいかに困難な状況かを語っていることになります。独立革命はボストン茶会事件からはじまりました。これはお茶会ではなく、イギリスに抗議してイギリスから到着したお茶を海に投げ捨てた事件です。このことをスピーチの締めくくりに引用し、夕食会への招待へのお礼を言ったくだりがヘッドラインです。見事な皮肉であり優雅な辛辣さといえましょう。
 チャールズ三世は、アメリカにイギリスの都市の名前、さらに国王の名前が使われていることをジョークとして語ります。議会と晩餐会での2回のスピーチを通して、このようにイギリスは今アメリカの父親として、民主主義を守ることや人権を守ることの大切さについてやんわりと、しかし明快に釘を刺しますよと、国王は語っているようにみえました。トランプ大統領はチャールズ三世のこの見事な外交術、そして洗練された淡々としたスピーチの威力に、嫉妬すら覚えたのではないでしょうか。
 興味深いことに、トランプ大統領が、最近「第二次世界大戦でヨーロッパがドイツ語を国語とせずにすんだのは我々アメリカのおかげだ」と豪語したことを取り上げます。そして、大戦中にドイツの攻勢を逆転させることにアメリカが貢献したことを讃えたあとに、独立革命の前夜にフランスがアメリカ大陸に進出してきたことを念頭に、それをイギリスが阻止したことで、トランプ大統領がフランス語を話さなくてもすむようになったのだと語ったときは、会場の笑いが止まりませんでした。

潜水艦のベルに込めた同盟の絆と、英国王室が示す外交術

 しかも、イランとの戦争のために、イギリスのみならず、フランスやヨーロッパ主要国が加盟するNATOとアメリカの関係にヒビがはいっていることを前提に、今イギリスにとってもアメリカにとってもフランスは大切な友人だと語ります。
 そして、国王は1944年に竣工し、その後太平洋戦争のためにオーストラリアに派遣された潜水艦がトランプ号という名前であったことを引き合いに出し、その船にあったベルを大統領にプレゼントしたいと語ったのです。
 その前に、国王は現在の世界情勢がいかに複雑になっているかを語り、大統領に「このベルは私からの贈り物だが、もし何か我々に必要なことがあり、このベルをならしたいときは—」と話しかけたのです。
 これは、アメリカとイギリスの関係がギクシャクしている中で行われた今回のスピーチの中でも最もインパクトのあるイギリスからの、しかもキングにしか語れないメッセージであったといえましょう。皮肉とユーモアを混ぜたイギリス人のコミュニケーションの真骨頂ともいえる一瞬でした。
 今回のチャールズ三世のアメリカ議会と、その後での晩餐会でのスピーチは、君臨すれども統治せずというイギリスにも日本にも共通する王室のあり方を踏まえた上で、それで実に政治的でかつ自らの立場をわきまえながらも、アメリカを婉曲に戒めた洗練されたスピーチであったといっても差し支えありません。
 国王は、現在アメリカとイギリスとの、さらにアメリカとヨーロッパの同盟国との間に溝があることをしっかりと理解していました。だからこそ、彼は近代から現在の世界を牽引してきた2つの大国の威厳をもって、今のアメリカに我々は世界に対して責任があるのだといわんばかりの強いメッセージをやわらかく、軽やかに伝えたのでした。

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