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Twitter買収でのイーロン・マスクの変化球の真意とは

Doesn’t Musk know that the world is watching to see how responsible he is as the new owner of Twitter?

(マスクは、世界が新しいTwitterのオーナーとしての責任をどれだけ意識しているか注視していることを知っているのだろうか?)
― ガーディアン より

「デモクラシーの欠如」したTwitter買収を断行したマスク氏

 イーロン・マスク氏によるTwitterの買収は、我々に多くの課題と疑問を投げかけました。TESLAの躍進で世界一の富豪になり、その後もAIやコミュニケーション業界へと進出を続けるマスク氏は、一体どんな人物なのでしょうか。
 そして、彼の言うSNSでのデモクラシーとは何を意味しているのでしょう。
 彼の今回の買収劇の前後に起きた様々なイベントを通して、この世界一の富豪の思惑と事業への意識について分析してみたいと思います。
 
 まず、マスク氏は、一時Twitterの財務内容や運営方法に不透明な点があるとして、買収をしないと表明していたことを忘れてはなりません。そのことで、逆に契約不履行による損害賠償請求のリスクを背負ったマスク氏が、先月になって急きょ買収を進め、それが成立するや否や、幹部9名を含め、全世界レベルで社員の半数のリストラに着手しました。日本も例外ではありません。Twitterが長年利益を出していないことは事実です。彼に言わせると毎日400万ドルの損失を生んでいるというのです。それが買収後いきなりリストラを断行するとした彼の言い分です。しかし、法的なチェックも充分でないままの、この強引なリストラの発表は異常なことでした。
 
 そんなマスク氏のTwitterへのスタンスで特に話題となったのが、トランプ前大統領のツイートが社会の不安を煽るものとして、アカウントが凍結されたことに対するマスク氏の批判でした。
 特定の意見に対して、それを封殺するのはSNSが担わなければならないデモクラシーの理念を逸脱していると、彼は指摘したのです。彼は買収にあたって、現在のTwitterを批判するときに、常にこの「デモクラシーの欠如」という言葉を使っています。
 前回の大統領選挙での敗北を認めず、アメリカ議会議事堂乱入事件を先導したともされるトランプ氏へのTwitterの対応は、確かに世論を二分しています。
 

フェイクの拡散、スターリンク供与の中断、不可解な対応

 しかし、最近さらに気になる事件が起こりました。それは、先月31日に民主党の有力者で下院議長のナンシー・ペロシ氏の自宅に暴漢が押し入り、彼女の夫のポール・ペロシ氏が重傷を負うという事件が発生したときのことです。
 事件を受けて、ヒラリー・クリントン氏が、陰謀論によって社会の分断を助長させている共和党は責任を感じなければならないとツイートしたのです。それを受けて、イーロン・マスク氏は、“There is a tiny possibility there might be more to this story than meets the eye.”(何か裏があるのではと思うのだが)とツイートし、サンタモニカ・オブザーバーという新聞の記事を紹介したのです。そこには、ポール・ペロシ氏が同性愛の売春行為によるトラブルに巻き込まれたのではないかという根拠のない記事が掲載されていました。
 
 このヒラリー氏に対するマスク氏の反応も、共和党でのトランプ氏の影響力の強さへの疑義を表明する民主党側への辛辣な皮肉と受け取れます。実は、この新聞は2016年にトランプ氏とヒラリー・クリントン氏が戦った大統領選挙の折に、ヒラリー氏が死亡していて替え玉が使われているというフェイクニュースを掲載したこともある、いわく付きのメディアだったのです。
 このことにマスコミが気づくとマスク氏は即座にツイートを削除します。しかし、彼がTwitter買収の直前にこのツイートをしたことで、アメリカのリベラル派は無責任で配慮に欠ける行為であると猛反発。多くの識者が、彼がメディアの経営を担うことには課題があると指摘したのです。その一つがヘッドラインで紹介した記事となります。
 
 こうしたこともあってか、マスク氏によるTwitterの買収が発表されると、GMがTwitterへの広告掲載を取りやめるなど、多くの波紋が広がりました。
 
 さらに同じ頃、マスク氏はウクライナを支援するために提供していたスターリンクが採算面で苦境に立たされていると、そのサービスの中断を示唆したのです。スターリンクによるサービスとは、このブログでも取り上げたように、宇宙空間を通して通信が行えるようにすることで、通常の携帯電話などでの通信への妨害や傍受による攻撃を避けるためにマスク氏が開発したシステムをウクライナに提供したことを指しています。
 このサービスがキャンセルされることは、ウクライナや西側にとっても大きな痛手です。もちろん、中間選挙にあたって、ウクライナ問題の影響などによるインフレに悩まされている民主党政権にとっては、マスク氏のこうした行為は嫌がらせのようにすら映ります。今回の買収劇の前後に起こったイーロン・マスク氏の不可解ともいえる対応に、世界が振り回されているのです。
 

利益を追求するマスク氏が言う「デモクラシー」とは何か

 ニューヨーク・タイムズは、イーロン・マスク氏の政治的なスタンスはどこにあるのだろうという記事を掲載し、民主党を批判し、トランプ氏を支援するように見せながらも、共和党を擁護することもしないマスク氏の立ち位置に疑問を投げかけました。今のところ、彼は「資本主義の強力な信奉者」であるという評価が適しているのかもしれません。つまり、利益の追求こそが彼のモチベーションというわけで、そこに政治理念やモラルを介在させようとすると、彼を誤解してしまうようです。
 
 それでは、マスク氏の主張するSNSでの「デモクラシー」とは一体どのようなものなのでしょうか。人種差別や反社会的なメッセージ、さらには人を無責任に傷つけるようなメッセージをも公平に掲載することが、彼の言うSNSでの「デモクラシー」なのでしょうか。
 善悪や好悪の判断はユーザーがするもので、どんな意見でも掲載するようにTwitterは改造されるのでしょうか。あるいは、今問題になっているブルーチェックでの差別化をし、Twitterのユーザーの有料化を進めることが彼の最初の改革なのでしょうか。まずはTwitterを企業として黒字化させることが、資本主義の本来のルールに則った経営者の使命だとマスク氏が思っていれば、リストラもブルーチェックの差別化という改革も理解できます。そして、Twitterの「デモクラシー」を強調することで、広く保守層のユーザーを獲得することも、彼のビジネス戦略であると思えば、辻褄は合うようです。とはいえ、今のところトランプ氏のアカウントの凍結は解かれていません。
 
 いずれにしても、イーロン・マスク氏の予測のつかない変化球によって、Twitterも世界の注目を浴び、それにかかわる人々は常に一喜一憂させられているというのが、現在の状況です。そんな話題づくりで世間に存在感を意識させることこそが、彼の狙いなのかもしれません。
 「ご安心ください。Twitterは広告主と共にあります」とマスク氏はメディアのインタビューに応えていますが、日本でもすでに解雇通知を受け取っている社員がいて、日本の雇用法に照らしてそのことが合法かどうか云々されているのが現状です。それは広告主にとっては心配の種となります。そして、そうした摩擦は世界中に拡散し、マスク氏への評判も乱高下しているのです。
 

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一連のニュースについてSNS識者であるアメリカの友人にインタビューを行いました。
動画は ⇒こちら からご覧ください。
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山久瀬 洋二、アンドリュー・ロビンス (著)
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