I left my heart in San Francisco. High on a hill, it calls to me. To be where little cable cars climb halfway to the stars.
リベラルな街・サンフランシスコの疲弊と荒廃
サンフランシスコの企業がこぞってこの新しいライフスタイルを推奨したことで、多くの人が街を離れたのです。その結果オフィスが空になり、企業の移転も多数発生しました。空きビルが増え、企業収入からくる税収にまで影響が出始めます。
これはサンフランシスコ、さらにはカリフォルニアならではともいえるリベラルな法制度からくる皮肉な結果でした。サンフランシスコはアメリカの中でも最も犯罪者の人権が守られている街で、例えば、多くの窃盗行為が軽犯罪の部類に入るため、街の疲弊に拍車をかけるように治安がみるみる悪化していったのです。
そして、昨年にはついにノードストロームといった大型百貨店なども閉店を決め、サンフランシスコを見限ります。この変化はまさにコロナが蔓延してから現在までのたった三年間での出来事なのです。
最近サンフランシスコを訪ねた日本人の知人は、Facebookでその変化の凄まじさにショックを受けたと報告していました。特に、ユニオンスクエア周辺などの中心部の廃れ様が、若い頃サンフランシスコに住んでいた彼にとっては悲しい出来事だったのです。
アメリカの分断を進行させる大統領選挙の論点
この問題もコロナの流行時に遡れます。
コロナが流行った頃、アメリカではマスクを着用するか否かで世論が二分されました。科学的なアプローチを支持するリベラル層は当然マスク派となり、その延長にリモート勤務の推奨がありました。
対して、個人の行動への干渉だとしてマスク着用の義務化を拒んだのが保守派の人々だったのです。当時大統領だったトランプ氏は、こうした保守層に強い支持母体があったために、コロナの蔓延を防ぐために行政が介入することを嫌いました。これがマスク着用の是非という、ある意味でリベラルと保守とを分断させる象徴的な論点となったのです。
「思い出のサンフランシスコ」よ、もう一度
1962年に彼が歌って大ヒットしたのが『思い出のサンフランシスコ』という名曲です。まさに古き良き時代の名曲として知られています。それから59年。彼がアルツハイマーに苦しんでいる最中の2021年に、レディー・ガガとのコラボで奇跡の、そして最後のコンサートが開かれました。その2年後にトニー・ベネットは96年の人生を全うしたのです。皮肉にもその頃、サンフランシスコは苦境のどん底に落ちていったのでした。
トニー・ベネットの笑顔が過去のものとなるにつれ、サンフランシスコが忘れ去られる時、アメリカの持つ多様な美しさそのものが色褪せてしまうように思えるのが、今年の大統領選挙の実像ではないかと思う人も多いのではないでしょうか。
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『外国人に日本を説明するためのたった3語のマジカルフレーズ300』
アンドリュー・ロビンス (著)、岡本茂紀 (編・訳)
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