ブログ

ニューヨーク市長選挙が示す有権者の新たな傾向

As New York City Mayor-elect Zohran Mamdani’s team is taking shape, tens of thousands of people have applied for jobs in the new administration, a top official with the transition says.

(ニューヨーク市長に当選したゾーラン・マムダニ氏の〔市政運営〕チームが結成されるなかで、新政権での職に数万人が応募したと、移行チームの幹部が述べた)
― CBS より

ニューヨーク市長選挙を戦った3名の候補者たち

 ニューヨークの市長に史上初のイスラム教徒の候補者、ゾーラン・マムダニ氏が選ばれたことは、アメリカだけではなく、世界中で大きな話題になりました。
 彼はDSA、アメリカ民主社会主義者(Democratic Socialists of America)と呼ばれる人々の集団に属しています。DSAの政治活動に大きな影響を与えたのは、2016年にヒラリー・クリントン氏と大統領候補の座をめぐって闘い、2020年の大統領選挙にも挑んだバーニー・サンダース氏です。
 
 当時、大統領選挙に出馬するためにより大きな地盤を獲得しようと、サンダース氏は民主党に所属して出馬しました。その後、彼は再びどこにも所属しない社会主義をモットーにした政治家として活動し、84歳になった今でも精力的に格差の是正や富の公平な分配を訴えて、活動を繰り広げています。
 そんな彼の主張とほぼ同じ地盤に立っていたのが、マムダニ氏でした。
 
 最近ニューヨーク市民は、物価と家賃の高騰に悩んでいました。そんなニューヨークの市長選挙にあたって、強い地盤を維持していたのが民主党のアンドリュー・クオモ元ニューヨーク州知事でした。
 
 クオモ氏はいわゆる2世議員です。彼の父親である故マリオ・クオモ氏もニューヨーク州知事を務め、大統領選挙にも出馬するのではと思われた大物政治家でした。アンドリュー・クオモ氏は、そんな父親の地盤を引き継ぎ、ホームレスの住宅問題や性差別の撤廃に取り組んだ政治家としても知られています。
 州知事に就任したあと、コロナの病魔がニューヨークを襲ったとき、彼は毎日記者会見に応じ、対応策や感染の状況についてマスコミに精力的に対応したことから高い評価を受けました。しかし、その最中に、患者数の増加を隠蔽した疑惑が浮上し、さらに複数回のセクハラ問題が露呈したことで、知事を辞任したという経緯がありました。
 
 その後、クオモ氏は民主党の予備選挙でマムダニ氏に敗れ、今回の市長選挙には独立系候補として出馬したのです。とはいえ、彼は大物政治家として住宅問題の解決を訴え続け、共和党の対立候補であったカーティス・スリワ氏と対峙したのです。ニューヨーク市のブロンクスに地盤を持つカーティス・スリワ氏は、70年代以降、時を追うごとに深刻になった治安の悪化に苦しむニューヨークで、ガーディアン・エンジェルスという自警団をつくったことで知られる人物です。
 

当選したマムダニ氏による急進的な左派の政策

 そんな大物政治家が対戦した市長選挙ですが、蓋を開けてみると、マムダニ氏が民主党の重鎮であったクオモ氏も、スリワ氏も大差で引き離し、当選したのです。
 「ムスリムとして、ニューヨークの人々が心からこの街を故郷と呼べるように、もちろんあらゆる宗教的な背景を持つ人々がそう呼べるようにしてゆきたい」と、彼はメディアのインタビューに答えています。
 
 マムダニ氏の政策はわかりやすいものでした。それは、市民を脅迫や分断、そして恐怖を煽る政治から解放し、庶民が生活を維持できる安全と安心を取り戻そうというスローガンを経済、福祉、環境などあらゆる政策の中で反映させるというものでした。
 
 具体的には、年収100万ドル以上の富裕層に課す所得税の2%上乗せを実施し、法人税を引き上げることで、公共バスや公立の幼稚園を無料にし、家賃の上昇も凍結することで、人々を見舞う経済的な脅威を払拭するといった公約を打ち出したのです。
 移民政策にも寛容で、ニューヨークには強制送還の恐怖に怯えている人々が多くいるとして、そうした人々を移民捜査官から守ることを公にしました。これはトランプ政権の方針を真っ向から否定し、それに挑戦するものとして注目されました。
 
 そして、こうした政策が普段は政治に興味を持たない無党派層を大きく刺激し、彼らが同氏の支持へと動きました。この旋風は普通ではありません。ヘッドラインで記したように、この選挙後に何万もの人が新政権での仕事への参加を申し出ているのです。現段階で集まった履歴書は5万人を超えていると報告されています。興味深いことに、大統領選挙でトランプ氏に投票した人が、大統領に当選したあとの政策に失望し、今度はマムダニ氏に投票したというケースも多かったといいます。
 
 一方で、マムダニ氏が当選すると、課税を嫌う富裕層の中にはフロリダへ移住しようかと語る人が増えたともいわれています。
 当然、トランプ大統領は、マムダニ氏の公約に強く反発し、彼は共産主義者だとこきおろします。また、連邦政府はニューヨーク市を財政的にもサポートしないとして、強硬な対応をちらつかせているのです。分断したアメリカ社会の最も左側と最も右側との激しいつばぜり合いが始まったのです。
 
 ある意味で、トランプ氏が右派のポピュリストであるとすれば、マムダニ氏は左派のポピュリストといえそうです。
 実際、今回の選挙でマムダニ氏の選挙運動にはカルロス・パラシオ氏というブルックリンの若手民主党グループを率いる人物が側近となり、ネットを駆使して「私の住みたい街にする」「労働者同士が握手をする」「近所の雑貨屋の猫と会う」あるいは「夜勤のタクシーの運転手と握手をする」というようなイメージのTikTokによって、ファンを増やしていったのです。パラシオ氏の今後も注目されます。
 

既存の政党政治からの乖離と極端な政策に揺れる米国

 確かに、トランプ大統領とマムダニ氏とは、それぞれ共和党と民主党という大きな政党の器を利用して選挙を勝ち抜きました。
 しかし、彼らはどちらも従来の共和党や民主党の政策を代表し、代弁する主流派ではなく、むしろ党内では異端といってもよいほどに極端な政策を打ち出し頭角を表したのです。
 既存の政党の持つ制度疲労やマンネリズムへの批判が有権者から湧き上がった結果、過去にはない独特の個性を持った人物が選挙で選ばれたのです。
 
 今回のニューヨーク市長選が注目されたのは、こうした既存政党からの乖離という社会現象を象徴するものだったからに他なりません。
 それは民主主義社会、そして資本主義社会の中で湧き出る社会の矛盾に対する不安を抱き、未来への確信を持てなくなった有権者が、振り子のように右と左へと揺れているなかで起きた新たな選択だったのです。
 
 この傾向が来年の中間選挙にどう影響を与えるか、気になるところです。
 

* * *

『英語で遊ぶおりがみ【改訂新版】』IBCパブリッシング (編)、リース・サーバット (訳)英語で遊ぶおりがみ【改訂新版】
IBCパブリッシング (編)、リース・サーバット (訳)
日本の文化が海外で注目される中、以前より人気のあった「おりがみ」の注目度も高まっています。本書では、子どものころに誰もが作った伝統的なおりがみから、外国の方もチャレンジしたくなるような、ホームパーティーを彩るかわいい小物など54作品をわかりやすい折り図と日英対訳の解説で紹介します。ホームステイ先や海外の方との交流の場など、さまざまなシーンでのコミュニケーションのネタとして“おりがみ”を英語で紹介できるようになるタイトルです!

 

山久瀬洋二からのお願い

いつも「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」をご購読いただき、誠にありがとうございます。

これまで多くの事件や事故などに潜む文化的背景や問題点から、今後の課題を解説してまいりました。内容につきまして、多くのご意見ご質問等を頂戴しておりますが、こうした活動が、より皆様のお役に立つためには、どんなことをしたら良いのかを常に模索しております。

21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。

そこで、これまでの25年、そしてこれから22世紀までの75年を読者の皆様と考えていきたいと思い、インタラクティブな発信等ができないかと考えております。

「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」にて解説してほしい時事問題の「テーマ」や「知りたいこと」などがございましたら、ぜひご要望いただきたく、それに応える形で執筆してまいりたいと存じます。

皆様からのご意見、ご要望をお待ちしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

※ご要望はアンケートフォームまたはメール(yamakuseyoji@gmail.com)にてお寄せください。

 

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP