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トランプ大統領の対中政策は世界の「ご迷惑」

A meeting of the World Health Organization that was supposed to chart a path for the world to combat the coronavirus pandemic instead on Monday turned into a showcase for the escalating tensions between China and the United States over the virus.

(WHOとの先週の月曜日の会合では、コロナウイルスの蔓延への対応戦略を示すのではという想定に反して、中国とアメリカとのウイルスをめぐる緊張の増幅を見せつけるショーケースとなってしまった)
― New York Times より

再選を目指すトランプ大統領のイメージ戦略

 アメリカの中国に対する強硬発言が今、物議をかもしています。
 トランプ大統領は、COVID-19の蔓延は初動を怠った中国に責任があるとして、また今回のウイルスが中国の細菌研究所から拡散した可能性すらあるとして、その責任を明確にし、アメリカが受けた損害に対しても誠意ある対応を求める強いメッセージを送っています。
 そして、台湾に対する武器供与を公然と発言するなど、自らの存在感をアピールしています。
さらに、WHOが中国寄りであるという批判をもとに、WHOへの資金拠出をストップするという声明まで発表し、世界に圧力をかけています。
 
 誰もが考えることは、11月の大統領選挙です。
 コロナウイルスが世界の中で最もアメリカで蔓延し、死者もアメリカだけで10万人を超えつつある現在、当然誰もがアメリカ政府の初動の対応、さらに政府内のその後の適切な政策について批判の目を向けています。
 かつ、その最中に消毒剤の注射はできないのか、といった大統領の失言などもあり、政府高官との軋轢まで加わって、政権の基盤にも影響を与えていました。そんなトランプ大統領が、海外とのスタンドプレーで選挙に向けて指導力をアピールし、アメリカを守る大統領というイメージを宣伝したいわけです。
 

トランプ大統領の対中政策に戸惑う諸外国

 そもそも、この行為はアメリカの友好国から見ればどうでしょう。
 まず、常に中国に対して緊張関係を持ち、軍事的脅威にさらされている台湾はといえば、正直なところ、トランプ大統領の行きすぎた発言や行動で中国を過敏に刺激することは、むしろ迷惑なことかもしれません。
 中国文化に「面子」という大切な考え方があります。公の前で面子を潰されることは、中国人がもっとも嫌う行為といえましょう。ですから、習近平にしろ、中国の指導部、さらには中国人一般にとって、トランプ大統領が周囲の状況も顧みず中国の面子を台無しにしようとすれば、せっかく穏便な対応でじわじわとCOVID-19への対応を世界にアピールし、世界との協力体制を目論み、内政面でも感染ダメージを軟着陸させようと考えていた中国を、いきなり硬化させてしまうでしょう。
 それは、すでに中国の主権が存在する香港に対する今回の全人代での強硬発言のように、台湾や香港といった民主化運動の核となる地域にとっては、新たな、そして深刻な命の問題へと発展する危惧があるのです。
 
 一方、ヨーロッパはどうでしょうか。
 ヨーロッパの中には、今回のウイルスの蔓延に対して中国への批判がないわけではなく、裁判によってその是非を正そうとする動きも各地で見られます。
 しかし、国家が国家を裁判で裁くことは、戦争犯罪の場合などを除けば、法的に無理があります。したがって、どのように損害を賠償してもらうか様々な方途を模索していた最中のトランプ大統領の対応に、戸惑っているというのが正直なところでしょう。
 トランプ大統領の行動は、中国との関係に配慮しながら、さらにコロナの蔓延で深刻な影響を受けている世界経済の中で中国の覇権の拡大をうまく抑えながら、外交と適切な圧力で危機を乗り越えようとしていたヨーロッパの主要国へのチャレンジでもあるのです。
 
 さらに、もう一つの課題が残ります。
 トランプ大統領はもともと「アメリカファースト」というスローガンを掲げ、現在のアメリカの利益を優先しようとして当選しました。
 その中で、流入する移民に対して歯止めをかけようと、メキシコとの国境に壁を築くことを強く訴えました。この移民排斥運動が、中国への批判と融合して、アジア系アメリカ人、あるいはアジア系移民への人種差別へと発展する懸念も拭えないのです。
 
 これは、大きく経済発展を遂げようとしているアジア諸国にとっても看過できない課題です。アジアは、常に中国とアメリカとの微妙なパワーバランスの上で経済成長を続けてきました。この現状を、トランプ大統領が作り出す新たな中国との緊張がどう作用するか、多くの国は戦々恐々として状況を注視しています。
 しかも、国家間の政治の問題が、移民一人ひとりへの差別という理不尽な行為につながってゆくという風土が、アメリカ社会の分断やヨーロッパでの政治の右傾化の中で醸成されようとしている現実も忘れてはなりません。
 

情勢を静観して冷静な外交政策を

 そして、このコロナウイルスの克服に世界が一つになって対応しなければならないときに、ワクチンの製造やその技術を武器に米中が対立することも、あってはならないことなのです。
 
 確かに、中国でのコロナウイルスの蔓延初期の対応と、その後の世界との情報共有に課題がなかったかといえば、そこには大きな疑問が残ります。
 しかし、そのことを一番よく理解しているのは中国の指導部でしょう。その事実をうまく飲み込みながら、中国の「面子」と「世界共通の脅威」という二つの矛盾をうまく解決し、世界経済を立て直しながら、中国にも体制の改善を促してゆくという戦略こそが、長い歴史の中で培ってきた外交技術に他ならないのではないでしょうか。そして、同時にアジア系移民への差別と政治とを切り離す世論への強い働きかけが、世界の指導者には求められているのです。
 また、WHOの今回の初動について同様の批判が向けられることも理解できます。しかし、そのことと、WHOを含めたコロナウイルスへの対応で世界が協調しなければならない必要性とを混同してはなりません。
 
 人類はともすれば、単純なメッセージの影響を受けがちです。また、そのことで歴史は同じ間違いを繰り返してきました。皮肉なことにスケープゴートをはっきりさせることは、そうした単純なメッセージでの世論の誘導には効果的です。そうした背景から、トランプ大統領の最近の対中政策、WHOへの批判を改めて冷静に判断する必要がありそうです。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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