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「荒天」が日常化するアメリカの政治と社会、そして不安

Two who served in the Marines are among those charged in plot to kidnap Michigan’s governor

(なんと、ミシガンの州知事拉致未遂事件で逮捕されたメンバーの中に、海軍に勤務していた者が2人含まれていた)
― CNN より

アメリカの、アメリカ人による、アメリカを狙ったテロリズム

 さて、前回に続き、アメリカの大統領選挙を解説します。
 というのも、今回の大統領選挙は、世界史の転換点になるのではといわれているほどに、重大な選択になる可能性があるからです。
 超大国アメリカが、分断の危機にあるといわれています。でもまさか、と思うでしょう。しかし、それはまぎれもない事実であり、南北戦争以来の危機なのです。
 しかも、南北戦争は南部と北部に分かれて、経済的に北部への支配に甘んじながら生産コストを抑えるために奴隷を使用していた南部と、奴隷制度を廃止しようとする北部の州との、まさにアメリカを地理的に分断した戦争でした。
 
 しかし、現在は違います。
 ネットやメディアの影響で、一つの町の中、時には家族の中に分断が起こっているのです。人種対立だけではなく、共同体の中での意識の対立が、まさにコロナウイルスのように目に見えない状況で、社会の中に浸透しているのです。
 実は FBI(米連邦捜査局)でも、今セプテンバー・イレブンに象徴される海外からのテロ以上に警戒しているのが、この分断によるアメリカ内部でのアメリカ人によるテロリズムなのです。
 
 先週、それを象徴する事件が発生しました。
 自動車産業の中心地でも知られるミシガン州で、州知事の拉致未遂事件が起きたのです。
 銃を持ち、組織的に訓練をしてきたミリシアグループが、民主党系の州知事を拉致し、州政府を転覆させようと本気で計画していたことが露見し、全米を震撼させたのです。
 
 自衛団とも訳されるミリシアは、銃の所持が許されるアメリカで、よく組織される集団です。実は、アメリカ独立戦争の時も、当時イギリス領だったアメリカ各地にいたミリシアグループがまとまり、イギリスの圧政に対して立ち上がったという経緯があるだけに、アメリカ社会にとって、銃規制と共にこのミリシアグループにどう対応するかという法的な課題が常に議論されてきたのです。
 
 銃規制に反対し、強いアメリカの復活を唱えてきたトランプ政権は、こうした人々にも少なからぬ影響を与えてきました。それは移民を排斥し、白人至上主義を貫こうという極右勢力にも波紋を投げかけたのです。
 

“Do not mess with me.” の精神を貫き通す極右勢力たち

 しかし、ここで誤解をしてはいけません。極右といっても、彼らは単純にアメリカを礼賛しているわけではないのです。
 アメリカには、中央政府やグローバル企業などによる地域コミュニティへの介入に反発する組織が各地に点在し、アメリカ建国以来、時折そうした人々による抵抗やテロ活動が起きてきました。Do not mess with me.(ほっといてくれ!)という表現が英語にありますが、彼らは法律や経済で、さらには新たな居住者によって、自分たちの生活や信仰が侵されることを嫌います。彼らの自由とは、そうした排他的で孤立した自由なのです。
 入植してから脈々と作り上げた自分たちの土地を守ろうとしてきた人々の中で、さらに極端な考えを持った人々が、例えば森の小屋や自宅の地下室にこもり抵抗運動を画策するのです。これがアメリカの極右の実態です。
 
 日本にいれば、コロナの抑制を目的としたマスクの着用など、人々の行動を規制しなければという動きに反発する人が、なぜアメリカ人の中にあそこまでいるのかと思う人も多いでしょう。しかし、彼らからしてみれば、こうした政府からの規制こそが “Do not mess with me” なのです。その延長として、宗教や価値観の異なる人々、さらには、人種的背景の違う人々への反発が、彼らをさらに極端な行動に導くのです。
 
 ミシガンでの事件は、政府を転覆させようという組織的な行動だったために、FBI も地元警察も組織の全容解明に必死になり、その根が思ったより複雑かつ深くリンクしていることに脅威を抱いているのです。
 ただし、彼らのような極右の人々が、全てトランプ支持者というわけではありません。というのも、トランプ大統領自身がフェデラル・ガバメント(中央政府)の長であり、大企業の経営者でもあるからです。しかし、彼の言動が、アメリカの右傾化とこうした分断の起爆剤になったことは、まぎれもない事実なのです。
 
 さて、今極右勢力の中に浸透しているのが、QAnon とされる人々です。
 QAnon の Anonは、Anonymous という「匿名の誰か」を意味する単語の略語です。彼らは、民主党やリベラル派の人々は影の政府を作り、全米を支配しようとしているとし、そのことから自らの自由と信仰を守るべきだと主張するのです。その主張をネットで拡散した Q という人物が、今隠れた「指導者」として崇められているのです。Q が実はトランプ大統領ではないかという噂まで流れるほどで、こうした映画かコミックのような世界がまことしやかに語られ、アメリカの多様化や移民・マイノリティを受け入れることが、民主国家アメリカの社会の力になるのだとする人々に、対抗する勢力が組織化されようとしているのです。
 
 アメリカの分断の根深さが見えてきます。
 さらに、これらの動きとは別に、アメリカそのものを国家として白人至上主義のもとにまとめようという、今までにはない組織的な動きも注目されるようになりました。
 それまでは、ここに解説したように、個々の自由を侵害されることへの怒りが右翼の根本にありました。しかし、それを統合して発展させ、組織化するべきだという人々が、今選挙運動の中で目立ってきているのです。
 
 Alt-right(オルト・ライト、オルタナ右翼)という人々がそれにあたります。彼らは、フェミニズムなどといったここ数十年のアメリカの民主的な動きを封じ込め、露骨な白人至上主義、反ユダヤ主義、移民排斥を唱えながら、南北戦争当時の南軍の旗やナチスドイツの旗を持って、街で抗議運動を繰り広げています。Q がトランプ大統領かもしれないということで、彼をヒトラーのような指導者に祭り上げる人まで出る始末です。
 皮肉なことは、こうした人々の中に、日本のアニメファンや日本びいきの人がいることです。というのも、日本のような均一社会こそ、移民や他の宗教を排除した理想的な社会だと彼らはいうのです。
 

アメリカの分断を浮き彫りにする大統領選挙の行方は

 トランプ大統領がコロナに感染したことは、アメリカの選挙戦に一瞬の空白をもたらしました。しかし、大統領が感染中でもありながら、選挙のキャンペーンを復活させ、バーチャルでのバイデン氏とのディベートをも拒否したことは、逆にコロナに感染している大統領にどう対抗しようかと迷っている人にとっては、改めて彼を堂々と批判できる動機となりました。
 そして、トランプ大統領は劣勢を挽回するために、ともかく経済対策などを急ぎ発表するとともに、こうした右傾化した人々と、その背景にある潜在的な同情者の票も奪い去りたいのです。
 このことが、選挙戦という象徴的なイベントを通して、社会の分断をあからさまに浮かび上がらせてきたのです。
 
 アメリカ人の抱いている危機感は尋常ではありません。今回の選挙とその後次第では、第二の南北戦争が起こるという人もいるほどです。
 したがって、投票率も上がるはずです。民主党側は、極右の数はまだ限られているとしても、潜在的同情者の票数が脅威にならないか、危機感を抱いています。そして、共和党の中には、いくらなんでも極右ではという戸惑いもあり、地滑りも起きています。
 今では選挙終盤の荒れた政治情勢の天気図が、選挙後にどのように変化するのか、多くの人が不安に思っています。それが世界にどう伝搬するのかも、我々は注視しなければならないのです。
 

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『アメリカFAQ』西海コエン (著)アメリカFAQ』西海コエン (著)
たった一社の米投資銀行の破綻が、世界の金融危機の引き金となったのは2008年のことでした。翌年、アメリカ第44代大統領に選ばれたのは、アメリカ初のアフリカ系大統領でした。1776年にイギリスとの独立戦争に勝利して以来のアメリカの歩みから、リーマンショック、オバマ大統領についてなど、アメリカにまつわる様々なことに触れています。Q&A形式で読解がさらに易しく、そして巻末の辞書ではアメリカを語る上での専門用語解説が充実しています。

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