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アメリカの移民政策の光と影をつくる南北問題

In Philippines, the recruitment agencies and placement firms arrange migrant workers’ travel and employment, however, not all of these agencies and firms operate within the law. The trafficking process, originating in the Philippines, has been ‘very creative.’

(フィリピンでは職業斡旋、実習研修エージェントが旅費と就職の仲介をしているものの、すべてが合法に行われているわけではない。フィリピンでの人身売買のプロセスは極めて巧妙に仕組まれている)
― 国連の人身売買に関するレポート より

アメリカ領事館に警戒される女性の特徴とは

 アメリカ中西部でのある夕食会でのことです。私が一人の優秀なフィリピン人の英語教師をアメリカの教育企業で研修を受けさせようとしたところ、彼女への入国ビザが却下されたことを話題にしたのです。
 すると、アメリカの大学内で英語教育に従事しているベテランの女性が、「その人の写真を持っているなら見せてくれない?」と質問をしてきたのです。
 
「構わないけど、どうして?」
「いいから、ちょっと心当たりがあるのよ」
 

そこで、私は携帯電話に保存してある写真から、彼女の写真を探して見せてあげました。

「でしょ、やはりそうなのよ。彼女の年齢は?」
「え?なぜそんなことを聞くんだい?」
「いいから。いくつぐらいの人?」
「30歳をちょっと過ぎているかな」
「独身でしょ」
「離婚歴はあるけど、今は独身だよ」
「そうなのよ。彼女、綺麗だわね。そして30歳前半で独身。これって、アメリカの領事館が最も警戒するタイプの人なの」
 

私は少々驚きました。このやり取りを見た女性の読者の中には、不快感を覚える方もいるかもしれません。そこで私は彼女の本音を探ろうと、こう切り返しました。

「なんだいそれ。だって、アメリカには人を性別で差別しないし、年齢や婚姻状況でも差別しないという厳しい法律があるじゃない」
 

しかし、彼女は真面目でした。

「もちろん。でも、それはアメリカの国内でのこと。アメリカ国内でこうしたことがあれば、それは社会的に大問題になるわよね。女性で、その容姿を判断の基準にするなんて、と」
「じゃあ、アメリカを代表する領事館がどうしてそんなことをするんだい?」
「彼らの判断は差別にあるのではなくて、不法移民と人身売買への懸念からなのよ。彼女は残念ながら、そんな嫌疑を最も受けやすいカテゴリーの人なの」
 
 話し相手の女性は、アメリカの大学などに外国人の留学生を受け入れて、英語教育をしている専門家です。もちろん彼女の頭の中に、人種差別やジェンダーへの偏見もありません。そんな彼女が放ったこのコメントに、思わず私も前のめりになりました。
 

アメリカで入国ビザが下りない背景と社会問題

「実は、情けないことだけど、独身のままの中年男性、あるいは奥さんに先立たれたアメリカ人男性に対して、海外の女性を斡旋する業者が横行しているの。いわゆるオンラインでの国際的なマッチングビジネスなわけ。そう言えば聞こえはいいけど、実際は貧しくて若いフィリピンの女性を、寂しい生活を送っているアメリカ人男性に売り飛ばす、人身売買に近いビジネスなの」
 

 実は、日本にもフィリピンなどから風俗産業に従事する女性がたくさんやってきて、社会問題になったことがあることを私は指摘しました。

「でも、おそらく実態はもっと深刻かも。彼女らは遠いアメリカにどんな男性が待っているかもよくわかっていない。大きなお腹をした醜い初老の男が、片道切符を与えて、経済的に有利な状況で、可愛い女性に自分の世話をさせるといったことが、このビジネスの現実なの」
「でも、彼女の場合は、我々も会社としてサポートする書類を領事館に提出し、アメリカの会社からも書類をしっかりと用意してもらった。つまり、ちゃんとした仕事での研修だというわけなのに。それでも、領事館はそんな偏見をもって彼女を見たのだろうか」
「残念ながらそうだったと思う。彼女がもっと風采が悪くて歳を取っているか、逆にずっと若くて、まさに留学ビザのために推薦状を持ってきたらよかったでしょう。きっと彼女はちゃんと身なりを整えて、お化粧もして領事館に行ったはず。しかも、移民への管理を厳しくしていたトランプ政権の時代にね。こうした問題が多すぎて仕事も煩雑になっていた。そうした不運が重なったわけなのよ」
 
 私は少々怒りを覚えました。確かに国際的な人身売買はアメリカをはじめ、欧米や日本などの西側諸国が最も警戒をしている犯罪です。英語では Human Trafficker と言って、麻薬の取引と共に、そうした国々の入国管理局が最も神経を尖らせている問題であることは事実です。しかし、真摯にビジネスのスキルを伸ばそうとしている人を、そんな悪質なビジネスの嫌疑の対象に安易にすることで、入国拒否のケースが頻繁に起きていることに納得がいかないのです。

「そして、領事館は今、国家予算の削減で人手不足。審査に十分な時間をかけようとしないといった実情もあるはずよ」
 

社会の矛盾がはびこるアメリカ社会の現実

「でも、それってとても不公平だよね」
「その通り。大問題よ。でもそれが現実なの。実は我々の学校では、ある裕福な国の空軍の将校を何人も受け入れている。彼らのアメリカでの実態といったら目を覆いたくなる。お金も持っていて、家族と来ている将校たちが、週末になると大挙してメキシコに遊びに行くの。家族には視察という嘘を言ってね。そこで経済格差のあるメキシコ人女性とホテルで週末を過ごしては学校に戻ってくる。こんなことが堂々と行われているのに、彼らには何の問題もなくビザが下りているわけ。社会の矛盾を象徴している恥ずかしい実態なのよ」
「そりゃひどい」
 
 つい最近、そんな将校たちが遊びに行くメキシコや、その隣国からの不法就労者と思われる人々の大量死事件が起きたばかりです。アメリカ南部のメキシコとの国境付近で、密入国を試みた何十人もの中南米の労働者が、トラックの中に閉じ込められたまま暑さと酸素不足で死亡していた事件が明るみになり、アメリカ社会を震撼させたのです。犠牲者の中には子どももいたと報道されています。今アメリカの現地の警察が、トラックの運転手を逮捕し、その背後にどのような組織が介在していたか調査を進めているところです。
 実際に、カリフォルニアなどの農地や住宅地の整備などに従事して、生活費を稼ごうとする中南米からの人々は後を絶ちません。南北問題がこうした我々の日常に関わるところに歪みを与えている事実を、この話は象徴しているのです。
 
「じゃあ、彼女はどうすればアメリカに入国できるのだろう?」
 

私は聞きました。

「美女に見せないことよ。薄汚い男たちが喜ばないような格好で行けば、うまくいくかもね。それとね、もし彼女に子どもがいれば有利なの。子どもの面倒を見るためにフィリピンに帰国する動機があるからね。そこを書類で強調するのね」
 
 私の知人は吐き捨てるようにそうコメントしました。
 
 南北問題が、経済格差や環境問題との関連だけで紙面に取り上げられている裏にある、なんとも情けない現実が見えてきたような気がしてなりません。
 

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小川 清美 (著)、Orrin Cummins (英語監修)
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