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多様性への様々な評価に揺れる欧米社会

A family tree takes you back generations―the world’s largest collection of online family history records makes it possible.

(あなたのルーツを何世代も遡ること――世界最大のオンラインベースの家族の記録を収集することで、そのことが可能になるのです)
― アンセストリー・ドットコムのWEBサイト より

「現在」の尺度で「過去」を批判することの危うさ

 先日、ロサンゼルスでの打ち合わせのあと、夕食会に参加しました。
 そこで面白い話題に多くの人が加わり、場が大きく盛り上がったので、今回はその模様をお届けします。
 

 アメリカの友人がワインを飲みながら、

「友達にサウジアラビア出身のやつがいてね。どうしてもイスラエルが好きになれないと言うのだよ。つまり、ユダヤ系の連中がパレスチナでやったことが許せないわけだ。その気持ちはわかるけど、実はその友達が先月、自分のルーツを調べようと唾液でDNA検査をしたんだよね。するとね、彼の先祖はイエメンとスペイン、さらにポーランドのユダヤ系の血まで混ざっていることがわかったんだ。それで彼は笑いながら、なんだ俺もユダヤ系と関係があったんだ、と話してくれたわけ」

と切り出したのです。

 
 アンセストリー・ドットコムという会社が、今アメリカで話題になっています(日本にも支社があります)。つまり、その会社に検査を依頼すれば、自分の祖先のルーツを探り出してくれるわけです。
 
「だから、安易に人種への偏見は持てないということだよね。でも、どうだろう。もし僕が調べてもらったら」

と私が面白半分で話題に入ってゆくと、もう一人の友人が、

「日本は島国だろ。しかも移民をずっと受け入れていないから、きっと日本人しか出てこないんじゃない?」

と言うのです。

「そんなことはないよ。大昔に日本が陸続きだった時期もあれば、東アジアとの人的交流もあったしね。だからきっと韓国か中国、あるいはモンゴルあたりの血が混ざっているという結果が出るかもね。太平洋の島からやってきた人だっているだろうから」
 
 このあと、しばらく現代人のルーツの話題で盛り上がりました。それを受けて別の人が、

「でも、過去にこだわることで、いろんな社会問題が起きている。例えば、今アメリカの南部では、南北戦争のときに南軍を率いていたリー将軍の銅像が撤去されているよね。つまり南部では奴隷制度が根付いていたので、それを守ろうとした人は問題ありというわけだ。でも、そこからさらにアメリカ建国期の功労者だったジェファーソンジョージ・ワシントンまで問題があるという人がいるだろう。これってどうかと思うよ。だって、200年以上前には奴隷がいることは当たり前のことだったわけだよね。だからジョージ・ワシントンが奴隷を所有していたからって責められないはずさ。そんなことをしたら、世界からあらゆる偉人といわれた人が消去されてしまう」
「確かに。常識やことの善悪の判断は時と共に変わるので、今の尺度で当時のことを批判することには問題がある。実は、日本と韓国や中国の間でも多分にそうしたことがあって、なかなか過去の傷から抜け出せないでいる」
「今、アメリカは分断されているというだろ、右と左とに。実は、大多数の人はその中間にいるのに、双方で引っ張り合いをするから、皆戸惑っている。左寄りの人たちの中でも極端に潔癖な人は、ジョージ・ワシントンの銅像まで撤去すべきだという。だから、そうした意見を聞いて不快に思う人が、今度は極端に右寄りの意見に同調したりするわけ。日本ではそんなことは起きていないだろう」
「いや、アメリカほどではないけど、日本人は完璧主義者が多いから、時には極端に社会の振り子が振れてしまうことは確かにあるよ」
 

「常識」や「善悪」で真っ二つに分断される現代社会

 それを聞いたもう一人の友人が、自分の息子の話をし始めます。

「過去の評価を変えることだけじゃない。例えば、最近学校の先生が、まだ幼い子どもにも同性愛やさまざまな性的指向について、ちゃんと教育すべきだと言うんだよ。そんなこと、本人が成長したときに自分で判断するべきことだよね。自分の息子がゲイであっても僕は全然構わないし、その生き方をサポートするさ。でも、それを教室の場に持ち込むのはいやだねえ。子どもだよ。何も判断できない」
 
 実は、今アメリカではHeとかSheという言葉を使って性別を表現することはまずいんじゃないかという議論があるのです。学校で、三人称を安易に使えば、使われた人がもし性的マイノリティだった場合、その人を傷つけ、差別することになるというのがその理由です。
 
「そうそう。子どもからいきなり、HeとかSheという言葉を使ってはダメだよと指摘されたことがあった。これには驚いたよ」
「では、何て言えばいいんだろう」

そう私は問いかけます。

「実はね、Theyを使うんだって。Itを使用するのが妥当だという人もいる。Theyを複数形ではなく、単数形として使用すれば、どんな性的な指向のある人も安心して表現できるというわけだよ」
「それって、今本当に社会に浸透し始めているわけ?」
「そうなんだ。特にカリフォルニアのようにリベラルな州では目立っている」
 

 言葉は時代と共に変化するとはいうものの、この新しいトレンドがあることは、さすがに知りませんでした。

「いや、でも三人称にTheyを使うのは抵抗があるというか、そこまでする必要があるのかどうか。難しい問題だよ」

そう私は問いかけます。

「その通り。ジョージ・ワシントンの銅像にしろ、Theyという言葉にしろ、最近の変化に抵抗を感じる人は多い。でも、それを口にすると、あたかもレイシスト(人種差別主義者)であるかのようなレッテルを貼られる恐れもあるし。オフィスでどのような英語の表現をすればよいか、本当に迷うことがあるよね。特に、年配の男性で白人であれば尚更さ。常に気をつけなければとんでもない誤解につながりかねない」
「そうしたフラストレーションが逆に社会を右傾化させているんだよね。トランプ前大統領にいまだに根強い支持があるのも、こうした傾向に不満を持っている人がいるからでしょ」

再び私がそう言うと、

「そうなんだ。だから危険なのさ。白か黒かをあまりにもはっきりさせようとすることが、社会の分断の背景にあるわけだよ」

と、私の前に座っていた人が同意します。

 

「移民」や「人種」問題に直面する日本の近い将来を考えれば

 この夕食会には、アラブ系、ユダヤ系のブラジル人、様々なルーツのある白人、そしてアジア系の私など、多様な背景の人が参加していました。
 夕食会などで多様性に関連する話題が出るのは、アメリカであればどこでも見かけることでしょう。しかし今回は、その背景にこうした困難な課題があることを、改めて気付かされた食事会でした。
 
 日本は少子化により人口が減少し、そのことで国力が低下するという社会問題を抱えています。そんな日本に対する海外、特に欧米からの評価は、なぜ移民という新しいエネルギーを入れないんだろうという、素朴な疑問に満ちています。
 確かに、日本の社会では、常に移民や人種問題への試行錯誤に直面している欧米の実情への理解が欠如していることは事実でしょう。先進国では移民へのドアが開かれている地域がすでに大多数になろうとしています。それだけに、人々はそうした社会の変化にどう対応したらよいかという課題を、常に突きつけられているのです。
 
 イタリアハンガリーなど、ヨーロッパでも社会の右傾化を象徴するような政治現象が起きています。日本も遠からず、未知ではあるものの、同様のパズルを解かなければならない日がくるはずです。
 

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『英語で読む ナルニア国物語 ライオンと魔女』C. S. ルイス (原著)、レイナ・ナカムラ (英文リライト)、浅井真実 (日本語訳)、かとゆみ (日本語訳監修)英語で読む ナルニア国物語 ライオンと魔女
C. S. ルイス (原著)、レイナ・ナカムラ (英文リライト)、浅井真実 (日本語訳)、かとゆみ (日本語訳監修)
世界で愛される“名作ファンタジー”をやさしい英語と日本語の対訳で楽しもう! イギリスの小説家、C. S. ルイスによる児童文学『ナルニア国物語』。創造主のライオン「アスラン」によって創られた架空の世界ナルニアを舞台に、少年少女が現実世界と異世界とを往復しながら与えられた使命を果たす冒険を描いた物語です。『ナルニア国物語』は全7巻が出版されましたが、記念すべき第1作が「ライオンと魔女」。47カ国語に翻訳され、テレビ、演劇、映画にもなり、世界中のファンから愛されているファンタジーをやさしい英語と日本語の対訳で楽しみながら英語力が鍛えられる一冊です!

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