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有罪評決を受けたトランプ前大統領を支持する背景とは

When asked how Fascism starts, Bertrand Russell once said: “First, they fascinate the fools. Then, they muzzle the intelligent.”

(以前何がファシズムを産んだのかと問われたとき、バートランド・ラッセルは「まず彼らは愚者の心を捉え、その上で、知恵ある者に口輪をはめたのだ」と語った)
― ある知人のFacebook より

有罪評決を受けてもなお熱狂的なトランプ支持者たちの姿

 今アメリカで毎日メディアに取り上げられているのは、トランプ前大統領が前の選挙中に女性問題を隠蔽するために口止め料を払った行為が陪審員によって有罪とされ、7月に判決が下されることです。大統領経験者が刑事裁判で有罪評決を受けた前代未聞のケースとして、ガザやウクライナ問題までもが横に置かれているような熱をもって、すべての大手メディアが毎日特集を組んでいます。
 
 評決が出た直後に、トランプ氏は護衛の車に囲まれながら裁判所を立ち去りました。そこではメディアと警察官とが入り乱れるなか、トランプ支持派が歩道から彼にエールを送っていました。あの大統領選挙の直後、2021年1月6日の乱闘劇がまたも起きるのではと思われるような熱狂したトランプ支持者たちが、怒りを露わにしている様子も見受けられました。
 先週、トランプ氏を支持する人々の背景にあるクリスチャン・ナショナリズムについて解説しましたが、今回そうした支持者の中にアジア系、さらには黒人系の人々まで加わっていたことが印象に残りました。この状況について、さらに解説を加えたいと思います。
 

中央に立つ5人のうち、右から2人目がトーマス・ジェファーソン。

1776年の独立宣言からアメリカが抱える平等の「矛盾」

 アメリカの政治に詳しい知人は、アメリカは建国の頃から矛盾を抱えていたといいます。その矛盾は、アメリカがイギリスから独立するとき、のちに3代目の大統領となったトーマス・ジェファーソンが、ベンジャミン・フランクリンなどから助言をもらいながら、独立宣言を起草したときに遡ります。独立宣言の中には、最も大切な言葉が二つあると、彼は解説します。一つは、「すべての人は平等である」とその宣言に書かれていることです。そして、もう一つは、その「平等な人は幸福を追求する権利を有している」と明記されている点です。
 
 ジェファーソンは、この平等という言葉を書いたとき、果たしてこの言葉を公にしていいのか迷ったといわれています。イギリスに対して植民地の人々が平等に扱われていないことを非難する目的で起草したものの、起草した本人も独立戦争を指揮していたジョージ・ワシントン自身も、実は黒人奴隷を所有していたのです。これは平等の原理に反する行為です。
 この矛盾を解決するために、アメリカはその後100年近く論争を重ねました。同時に「幸福を追求する権利」とは、「自らの資産を増やす権利」に直結した、自由な経済活動という概念を意味するものだと知人は解説します。
 そして、その「資産」の中には奴隷も含まれていたのです。ですから、奴隷を解放するということは、南部の多くの人々にとっては自らの資産を増やす権利を侵害されることになるわけです。これが、リンカーン大統領が1862年に奴隷解放宣言を打ち出したとき、当時の議会で最も紛糾した内部矛盾となったのです。
 
 人権をめぐる独立宣言の矛盾は、その後もアメリカ人の中に大きな疑問と不満を残します。その不満は奴隷解放宣言以後100年が経過し、1964年に公民権法が採択され、アメリカで公的な差別が違法とされるまで続きます。そして1964年以降、社会はいかに実際の差別を撤廃するかという各論に取り組み、差別される者のカテゴリーも、黒人などの有色人種から、性差別、さらに同性愛者などへの差別撤廃に至るまで、年月と共に拡大され、現在まで社会のあらゆる場面でそうした試みが続いているのです。
 
 ところが、この動きが今度は反対に、人々の心の中に、差別されていた側に有利に働く法制度や社会制度への不満の蓄積という現象を生み出したのです。その不満を最も抱いていたのが、白人系の男性に他なりません。その不満が、独立宣言の矛盾と直結したとき、アメリカ人の心の中にひっそりと隠されていた白人至上主義や、クリスチャン・ナショナリズムへの回帰現象が起こったのです。
 
 これに火をつけたのが、トランプ前大統領の選挙活動でした。今まで、法的に守り一方に陥っていたことで不満がたまっていた人々に、彼は間接的に「もっと自由にやろうよ」と呼びかけたのです。
 この呼びかけは、多数のアメリカ人の心に突き刺さりました。
 そして、世論の波が逆流をはじめ、公民権法の精神を徹底させて理想の社会を作ろうとしていたリベラル派の人々が守勢に立たされたのでした。
 これが、2016年の選挙でのトランプ前大統領の当選につながります。しかし、その後アメリカ社会はさらに分断が進みました。この分断への危惧が、次の選挙でバイデン大統領が当選した背景にありました。そして、その後もアメリカ社会は独立宣言以来の矛盾を引きずったまま、今回の選挙を迎えることになったのです。
 

多民族社会アメリカで今起きている経済格差と意識の分断

 では、あの場所でトランプ氏に声援を送っていたアジア系などの人々はどういう意識を持っていたのでしょう。
 答えは、移民の帰属意識にあるのではと思われます。今海外から移民してくる人々の多くは、アジア系や肌の色が濃いラテン系やアフリカ系の人々です。彼らはアメリカ社会に自らを根付かせるために、他の人々よりも「プロ・アメリカ」としての意識を持つ傾向が強いといわれます。
 彼らは独立宣言の矛盾ではなく、今のアメリカ社会に溶け込むために、この逆流現象へ自らを置くことで、アメリカ人としての誇りを感じようとしているのでしょう。ですから、メキシコから許可なく押し寄せる移民に対して、自分は合法的にアメリカに受け入れられているという意識を強調しようとするのです。もちろん、その背景には、経済格差などからくる社会問題に自らも翻弄されているという現実があることも否めません。こうした複雑な事情が、アメリカ社会でトランプ氏を宗教のように崇める人々の流れをつくっているのです。
 
 課題は格差と分断があまりにも大きくなったことです。そのために、人々がどうして個々人の心の中にこうしたことが起きているのかを理解しようという地道な試みを忘れかけていることです。人の心に触れて、それを温かく包みながら、お互いの違いを理解し合うことで、未来への解決策を考えるという行動が置き去りにされているのです。「異なることは良いこと」という、違いを語り合って社会を発展させようというアメリカ人の価値観の根本にあった原理が打ち捨てられているのが、現在の危機の背景にあることを忘れてはなりません。
 
 今回のヘッドラインで紹介した言葉は、バートランド・ラッセルというイギリスの哲学者が遺した言葉の一つです。しかし皮肉なことは、彼の語る“fool”という言葉が、逆の立場にいる人々からみれば侮辱となり、新たな分断を産んでいることです。それが、公民権法が制定されて以降、人々が取り組んできた「新たな社会の創造」の中で露わになった矛盾です。現在は、ラッセルの言葉をさらに超えた行動と知恵が求められている時代であるといえましょう。
 

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