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医療崩壊の見えない現実が語る日本のコロナの実情

More nations are being ravaged by Covid waves. The rapid resurgence of the virus has placed enormous pressure on the health systems and medical supplies of these countries.

(コロナの波が今まで以上の国々を飲み込んでいる。そして、そうした国々での急激な感染拡大は、医療制度と医療機器の供給にも重大な影響を与えている)
― CNN より

重病との闘いが物語る日本の医療現場の実態

 先週特集したインドに続いて、東南アジアや南米でもコロナが再度蔓延し、その対応などのために増税を、とアナウンスしたコロンビアでは暴動などで政情も不安定になっています。一方、ニューヨークでは激減した観光収入を復活させるために、海外からの観光客にもジョンソン&ジョンソン社製のワクチン接種を行うという、いかにもアメリカらしい合理的で柔軟な対応が進められています。
 
 世界は、コロナによる新しい南北問題を抱えているようです。
 さて今日は、日本はこの南北問題のどちら側にいるのだろうという問いかけをしたいと思います。
 
 実は、私の極めて近い親族が東京の大きな病院で、今、白血病と闘っています。
 この格闘を通して、それがコロナによる医療崩壊の実態をそのまま物語っていることがわかったのです。誰もこうした情報を真摯に報道しませんし、国や地方もその状況を本気で国民に伝えようとしていないように思えるのです。
 
 彼は昨年の12月に白血病と診断され、都内の病院に入院しました。
 白血病は血液のがんといわれ、壊れた白血球のため放置すれば死に至る重病です。通常は、抗がん剤治療を数回実施し、徹底的に棄損した白血球を除去します。しかし、その過程で通常の血液も失われ、免疫力も低下し、そのことで免疫暴走(自分の免疫が自分の体を攻撃すること)が起こる可能性にも注意が必要です。
 一般的に抗がん剤の治療は5回ぐらい間隔をおいて実施されます。その休養期間は、体の状態は不安定ではあるものの、一応退院も許されることがあります。
 
 彼の場合、コロナの蔓延期であったこともあり、退院期間は私物の整理のために3日のみということになりました。
 しかし残念なことに、その退院期間に免疫暴走が起こり、激しい下痢と発熱、さらに最終的には腹筋や太腿部の筋肉も動かなくなり、トイレにも行けない状態が数ヵ月続いています。血液から水分が漏れるため、口腔内が渇き、身体中にむくみが出て、肌割れが痛々しく全身を覆います。
 
 こうした状況に接したとき、多くの人は、そうでなくてもコロナが蔓延している中、なぜ3日間とはいえ退院させたのかと疑うはずです。私にも同様の思いがありました。さらに、病棟には空きのベッドもあることが確認できており、継続して次の治療まで入院が可能だったのではと思ったものでした。
 
 免疫暴走は凄惨でした。50代の彼はトイレにも行けず、激しい下痢をおむつで受けるので、看護師が日に何度もその処理をしなければなりません。
 症状がすでに4ヵ月近くも続く中、再び白血球の状態が悪くなってきたために、腎機能の低下を防ぎ、同時に体内の生命維持に必要な分泌物や血糖値、血圧などのバランスを微妙に保つという、いわば一つのことをすれば他方に悪い影響が及ぶという状況をハンドルしながら、命がけの二度目の抗がん剤投与が始まろうとしています。
 

病床が空いてもケアができない深刻な人材不足

 私は友人の専門医にこの状況を相談しました。すると、その友人が勤める大学病院も含め、多くの医療機関で起きている、コロナによる医療崩壊の実態が見えてきたのです。
 白血病の治療のような、先端技術が必要な処置に対応できる看護師は貴重な人材です。そうした技術のある人が今コロナの治療に割り当てられ、病院は極度の人材不足に悩んでいるのです。
 ベッドが空いていても充分な人員を投与できず、コロナの患者だけではなく、私の親族のような命の問題を抱えている人のケアにも影響を与えているのです。ベッドが空いているのにどうして一時退院をさせられたかという疑問も、友人の専門医によれば、自分の病院でもそうせざるを得ない状況だと、厳しい現実を切々と語ってくれました。
 
 白血病棟の看護師は訓練を受けたプロの人たちです。患者の水のような下痢のおむつの世話から始まり、ステロイド投与などで意識が混濁し、暴言や奇行に走る患者のケア、さらには長く厳しい治療でうつ状態になっている患者の世話などに毎日を費やしています。それでいて、小さなミスは患者の命にかかわる問題になってしまいます。その激務が、人員をコロナ患者に割くことで、さらに過酷になっているのです。
 加えて、コロナ患者のケアに費やすコストに耐えられず、多くの病院は経営難に見舞われ、こうした頭の下がる努力をしている医療スタッフへの給与はむしろ抑制されているのが現状です。こうしたプロの人々へのワクチン接種ですら、最近まで充分に行き届いていなかった有様なのです。
 
 彼の担当医師は、患者とのコミュニケーションを大切にし、私とも様々な意見交換をしてくれる信頼できる医師だと思っています。その医師は、ベッドが足りない状況がコロナに起因しているという事実を話してはくれませんが、その病院の状況をよく知る知人の専門医の話を聞き、改めて医療現場の壮絶な毎日に思いが及んでしまいます。
 
 親族の病気との格闘にコロナの問題が影を落としていることを知ったとき、我々は医療崩壊とは単に ECMO(Extracorporeal Membranous Oxygenation:体外式膜型人工肺)などのコロナに直接関わる人の課題だけではなく、それぞれの人たちのそれぞれの事情に深い影響を与えていることを実感させられるのです。
 そして、これらの課題の全てに、コロナのようなパンデミックを想定せずに合理化を進めてきた医療制度の問題と、緊急事態に柔軟な政策や妥当性のある対策を即座に発動できない政府や国の制度に、深刻な瑕疵があることも知人と語り合ったものでした。
 

我々が知っておかなければならないコロナ禍の「現実」

 メディアは、そうした現実をもっと深掘りして、政府の対応や世論の動向に問題提起をするべきです。
 彼と共に白血病を闘う「戦友」の一人に、タクシーの運転手さんがいました。結婚をしておらず、親戚などとも疎遠なので、生活保護を受けながら一人で治療に専念するうちに、ある日同じ免疫暴走で転倒し、そのままストレッチャーで運ばれ、その後は再会していないということでした。
 
 その病院ではコロナ禍の影響で、面会は一人に限られ、それも10分に制限されています。病院によっては、患者が心細くなっても一切面会ができないところも多くあります。サービスに手が回らないため、おむつなど身の回りの必需品はできうる限りこちらで購入して持ち込まなければなりません。その10分間という短い時間に、病院の受付部分だけでは見ることのできない、コロナ災禍の実態がちらりと見えてきます。それが24時間、週末も関係なく続いている現状をここに紹介したかったのです。
 
 そして、これが日本だけではなく、コロナに苦しむ世界の現実だということを知ってもらいたいのです。普通の生活をしている我々には見えてこない、病院という巨大な壁の中の実情です。
 そのうえで、これらの実情を情報としてしっかりと共有できず、曖昧な政策と国民へのお願いにのみ終始する日本は、南北問題のどちらの側に属している国なのか、改めて考えてみたいのです。
 

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『アメリカ医療ハンドブック』黒田基子、二宮未来 (著)、Tanden Medical Management (監修)アメリカ医療ハンドブック
黒田基子、二宮未来 (著)、Tanden Medical Management (監修)
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