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文明の磁場の逆転が進む中で迷走するアジアとアメリカ

Do the current contradictions in the economy and society represent the birth pains of a new society for the future? Time will tell.

(現在の経済、そして社会の矛盾は新しい未来を生み出すための陣痛なのか?それはその時代の中にいる限り、我々にはわからない)
―『どうしても英語で伝えたい日本の歴史100』(IBCパブリッシング刊)より

人類の文明史に磁場の逆転は起こっているのか

 磁場の逆転が地球の長い歴史の中で頻繁に起こっていることはよく知られている事実です。それが近い将来起こるのではないかという科学者も多くいます。
 つまり、N極とS極との位置が入れ替わるのです。このメカニズムはまだ詳しく解明されてはいません。
 しかし、いったんこうした現象が起きれば人類は滅亡の危機に瀕してしまいます。地球の磁場が変わるために太陽からの放射線などに生命体がさらされるからです。
 
 この現象を現在の人類の価値観の歴史に照らしてみました。人間には文明の逆転現象がないのだろうか。そして、その転換期に人類が思いも寄らない危機的な状況に陥らないのだろうか、と考えたのです。
 
 このテーマを考察するとき、私はシリコンバレーで働く企業家や科学者に注目します。そして、その延長にあるアメリカと中国との政治的対立に目を向けます。
 なぜならば、シリコンバレーに代表されるカリフォルニア州は、アメリカのリベラル勢力の拠点だからです。
 
 アメリカのリベラル層の多くは、元々キリスト教社会の中で生まれ育ち、その後そうした伝統的な社会と決別し、新しい価値観の中で自分のキャリアを切り開いてきた人たちです。そうした人々が育ってゆく原点となったのが、ベトナム戦争以後のアメリカにおける価値観の変化でした。
 
 ベトナム戦争後、アメリカにはアジアから多くの移民がやってきました。インドや中国、ベトナムや韓国系移民などの人口が急増し、彼らによってアジアの文化がアメリカの東西両海岸を中心に注入されました。
 80年代から90年代にかけて、そんな新しい文化現象が、ニューエイジカルチャーとして、従来のアメリカの価値観から脱皮しようとした人々に影響を与えたのです。当時、彼らは経済成長が著しかった日本文化にも目を向けました。
 
 彼らは、アジア文化の影響を受けながら、そのベースにあったキリスト教の罪悪感やモラルは維持していました。新旧の価値観をミックスさせていったのです。
 その上で、彼らはアジアからもたらされた新しい価値観などを多様性の象徴として積極的に取り入れたのです。さらに、新しいアメリカの世代の中には多様性を受け入れてゆく過程で、差別や偏見への徹底した罪悪感が育まれました。また、それまでの価値観によってアメリカに繁栄をもたらした従来型産業への懐疑から、地球環境へも強い関心を抱くようになります。動物や森林資源の保護、ひいては温暖化への懸念など、地球全体が直面する様々な課題に敏感に対応するようになったのです。
 
 一方で、アメリカではこうした人々や優秀な移民に支えられてコンピュータサイエンスが産業として成長し、バイオテクノロジーも格段に進歩しました。同時に、ITによる人の疎外や遺伝子操作など、文明の進歩から発生する負の副作用へのリスク回避の方法についても、試行錯誤を重ねます。新たな意識が産業の質をアップグレードしてゆくのだと、楽観的すぎるほどに信じる人が多いのです。
 

皮相上滑りの欧米化で歪んだアジアの価値観

 さて、こうしたアメリカに影響を与えたアジアはどのようになっているのでしょうか。
 日本を例にとれば、第二次世界大戦を境に日本は徹底的に欧米の民主主義のシステムを取り入れ、産業の再生に取り組みました。しかし、そうした制度を支える価値観を横に置いて、表層的な制度と仕組みだけを導入したことが、その後の日本社会に様々な消化不良を起こしました。
 一方、中国では長年の混乱の末に共産主義政府が生まれ、文化大革命を経験した後には資本主義との妥協を進めたうえで、GDPも著しく伸長しました。
 
 しかし、こうしたプロセスはどちらの国にも共通した負の遺産となったようです。欧米の制度や産業の表層を取り入れ、自国の産業育成を優先する中で、元々アジアにあった様々な価値観のプラスの部分が、ともすれば置き捨てられてきたのです。
 
 例えば、日本の場合、コンプライアンスや契約などへの常識を欧米よりも熱心に追求し、そのために結果として組織自体が硬直化し、個人の創意工夫が迅速に、そして合理的に反映されにくい環境がつくられました。
 産業育成のための教育が優先され、そのために教育の最も基本的な部分といえる人間性の追求が後回しにされ、組織に従順な人間が“優秀な人間”とされました。その結果、従来の日本人社会にあった「融通」「謙譲」「斟酌」といった組織運営の妙義ともいえる価値観が失われてしまったのです。
 もちろん、こうした伝統的な価値観にはマイナスの部分もあるでしょう。しかし、マイナスの部分を切除したとき、プラスの部分までもが壊死してしまったのです。
 
 中国では、文化大革命を通してアジアの核として育成されてきた儒教道徳そのものが崩壊し、拝金主義によるモラルハザードが起こりました。しかも、国民がそんなモラルハザードを語ることをタブーとする統制社会までもが出現しました。
 
 日本も中国も、その国の土台ともいえる教育制度にメスを入れることなく、日本では硬直化した組織を維持することで利益を得る官僚制度や教育産業が責任を問われることなく、人材育成の負の遺産を放置し続けてきたのです。
 一方の中国でも、共産党の一党支配を徹底させ、拝金主義と国家とが緊密に共存できる奇妙な制度ができあがりつつあります。
 このように、アジアでは欧米の文化の急激な吸収による消化不良から、アジアの道徳的な価値観が劣化し、社会に歪なねじれが発生しているようです。
 そして、欧米ではシリコンバレーに代表されるように、欧米の伝統的な価値観の土台の上にアジアの文化が流れ込むという、新たな現象が定着しつつあるのです。
 
 これが人類の文化史における、磁場の逆転現象の前兆のように思えてなりません。
 地球磁場の逆転が人類を危機に陥れるように、文明の磁場が逆転することで、人類は社会に大きな歪みをつくりつつあります。アジアの価値観の核が欧米に、元々あった欧米から資本主義のモラルハザードの核がアジアに移動しているのです。
 

価値観の変化に目を向けて、意識の対立を克服する

 米中関係の亀裂は、アジアの価値などを吸収して多様性社会を生み出したアメリカと、産業の近代化を急ぎ社会を画一化しようとした中国との、モラルをめぐる対立に他ならないのです。
 同様に、民主主義社会を共有している日本とアメリカとの間でも、経済界や産業界での人的な交流の中で、米中摩擦と似たようなモラルをめぐる対立が異文化摩擦として、あちこちで見られていることはあまり知られていないようです。
 
 この意識の対立こそが、次世代に残された人類の課題に他なりません。
 アメリカが移民社会への反動としての偏見と差別を克服して、さらに成長できるか。中国や日本が、自国の中にいかに柔軟性とアジア古来の価値観の長所を集め、潤いを取り戻せるか。
 磁場の逆転を防ぐためには、こうした人の価値観の根本的な変化に目を向けてゆく必要があるのです。
 

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『The Kamala Harris Story カマラ・ハリス・ストーリー』西海 コエン (著)、マイケル・ブレーズ (英文編集)The Kamala Harris Story カマラ・ハリス・ストーリー
西海 コエン (著)、マイケル・ブレーズ (英文編集)
2020年、アメリカ大統領選挙に民主党の副大統領候補として出馬し、大統領候補のジョー・バイデンと共に当選を果たし、2021年に副大統領に就任したカマラ・ハリス。アメリカ史上初の女性、アフリカ系、アジア系と、政治史を塗り替える3つの“初”を冠する副大統領として、また、バイデン大統領の最有力の後継者候補として、世界中から注目を集める彼女のこれまでの物語を、シンプルな英語で紹介します。

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