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ベラチャオとワールドカップが見せる世界の人々の複雑な思い

And bury up there in the mountains, Oh my sweetie, so long! My beautiful sweetheart, ciao! Bella, ciao, ciao!
And bury up there in the mountains, under the shade of a beautiful flower.

(〔パルチザンになった〕僕がもし死んだら、あの山に葬っておくれ。僕の恋人よ! さらば、美しく愛しい人よ! あの山の上の綺麗な花のそばに葬っておくれ)
― Bella ciao より(原文はイタリア語)

反ファシズムの歌がまさに今世界で歌われている意味

 第二次世界大戦の最中、ファシズムに抗議して歌われた「ベラチャオ(Bella ciao)」というイタリアの歌。この歌が今ウクライナやイランで歌われています。当時ファシズムに抵抗していた人々のことをパルチザンと呼んでいました。そんなパルチザンが、戦場に向かうとき、恋人にチャオと言って去ってゆく気持ちを綴った歌が、時代を超えて、今世界で自由を求める抗議の歌となっているのです。
 もともと誰が作詞して作曲したか不明です。古い民謡が原曲ともいわれています。しかし、この歌はその後世界中のフォークシンガーなどが取り上げ、編曲され、受け継がれてきました。
 
 今年のワールドカップは、今までにないほどに、世界の動揺を象徴したものとなりました。
 9月13日のこと。イランでは、マフサ・アミニさんが、頭部を覆うヒジャブを不適切に着用したとして風紀警察に拘束され、その後死亡したことに抗議して、デモが国中に広がりました。長年にわたるイスラム教の厳しい掟に支配されていた民衆の不満が爆発したのです。ワールドカップでは、そんなイランに抗議する意味をこめて、アメリカサッカー連盟がイランの国旗の中央のエンブレムを削除してソーシャルメディアに投稿したことで、イランの国内問題が、一気にワールドカップという世界のスポーツの祭典の中に持ち込まれることになったのです。
 イラン政府はアメリカをゲームから排除しろとFIFAに詰め寄ります。そして、そんなイランとアメリカとが予選リーグで激突したのです。結果はアメリカの勝利。この試合の前に、実は政府側と反政府側のイランのサポーターが衝突するという事実も報道されました。
 

W杯での日本の劇的勝利の裏で世界が抱える複雑さ

 同じ頃、日本はドイツに勝ち、その後コスタリカに負けはしたものの、スペインを破って決勝リーグへと駒を進めたのです。
 ドイツ国内には、ベラチャオの歌は広がらなかったものの、カタールでの女性差別や外国人労働者の過酷な労働条件などへの抗議が行われていたことは、前回の記事で解説しました。
 
 そこで、日本がスペインに勝った直後に、スペインではこの試合をどのように捉えているか、取材をしてみたのです。というのも、スペインでもここ数年バルセロナを中心としたカタルーニャ地方での独立運動が起こり、国が大きく揺れ動いたからです。私がインタビューした友人は、スペイン北東部にあるバスク地方の出身です。バスク地方も、スペインとは異なった文化背景を持ち、独自の言語も持っていることから、長年にわたって独立の気運が高い地域です。
 彼は、ワールドカップでスペインを応援するのは、おおむねこうしたバスクやカタルーニャの人ではないといいます。そして、むしろ日本が勝利したことを喜んでいるというのです。
 
 バスクにしろ、カタルーニャにしろ、自らの地域を代表するチームがワールドカップに参加するべきだと現地の人は主張しているようです。イギリスがサッカー発祥の地であるということから、特別にウェールズやスコットランドのチームが参加していることと同様に、スペインにも同じ権利をというわけです。
 
 そんな話を聞いて、イラン出身の知人にワールドカップへの感想を聞けば、彼はアメリカがイランに勝って嬉しかったといいます。イランで起きている人権との戦いを支持する以上、イランの国の威信を担う選手は裏切り者だというわけです。そして、出場した選手の中にも、目に見えない戸惑いや対立があったという報道もちらほら見受けられます。
 今のイランで、どれだけの人々が一部の狂信的なイスラム教徒のために苦しんでいるか知ってほしい、と彼は語ります。マフサ・アミニさんの事件以前から、女性の権利は踏みにじられ、イラン政府は意図的にテロリストを世界に輸出もしていると彼は主張します。もともと芳醇な文化を育んでいた歴史ある国が、今では見る影もないと嘆くのです。
 

興奮と熱狂の渦中にある抗議の声を聞き逃さないように

 今回のワールドカップぐらい、こうした人権にまつわる政治問題が表面化したイベントはなかったかもしれません。ウクライナにロシアが侵攻したことから、前回の開催地だったロシアも参加せず、会場となったカタールでの人権抑圧の問題がヨーロッパ中の抗議に晒されました。会場にやってきて熱狂するファンは一部のサッカー狂いに過ぎないというまでに、世界の多くの人がシニカルに今回の大会を捉えているなか、FIFAはともかく難なく大会を終わらせようと、抗議が起きる度にこれはスポーツの祭典だと、そうした動きを一蹴してきました。
 そして、人々がワールドカップに興奮している最中にも、ウクライナでは戦争で命を落とす人の数が積もってゆきます。さらに同じ頃、中国でも習近平政権のゼロコロナ政策への抗議が、天安門事件の再来となるのではと危惧されました。
 
 ベラチャオの歌の輪が、ワールドカップの興奮に向けて何を語ろうとしているのかを考えるとき、確かに複雑な思いがよぎるのです。日本の選手の活躍に敬意を表しながらも、そうした個人の素晴らしい成果を国家の栄光へとすり替えている人がいることが、危険なようにも思えます。
 イランやヨーロッパでの抗議は、まさにそうしたスポーツの名を借りた偽善に背を向けた問いかけなのかもしれません。結局、スポーツは巨大なエンターテインメントビジネスで、それを利用した国威発揚の場へとすり替えられていると、あるアメリカ人は指摘します。世界の強豪を相手に必死で勝ちを取る選手への応援と共に、こうした世界の現実が同時にあることを、前回に続いて、改めて解説しておきたいのです。
 
 今回はスペインのバスク地方出身で、東京外国語大学で教鞭をとるガリ・オルテゴーサさんに、こうした課題を直接ぶつけてインタビューしてみました。ぜひ⇒こちらからご覧になってみてください。
 

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