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フィリピンの地方都市が語る途上国の点描

Biden looks to strengthen ties with Philippines as Marcos visits White House.

(マルコス大統領の訪問をうけ、バイデン大統領はフィリピンとの関係強化を進める)
― CNN より

地方の漁業の町で見た市場で働く人々の姿

 フィリピンのルソン島にダグパンという都市があります。この町にオフィスをつくってすでに5年になります。英語に関する様々なサービスを展開しているのです。
 
 マニラから高速道路を北に3時間弱、その後一般道を1時間少々車で行くと、その町に着きます。リンガエン湾という南シナ海に面したこの都市は、地域を代表する漁業の町で、そこで水揚げされた魚は、マニラなどにも輸送されます。
 4月から5月にかけては、周辺で養殖されるミルクフィッシュの収穫の時期です。南シナ海に向けていくつもの河口が集まる大きな入り江にある竹と網で作られた養殖場では、夕方から深夜にかけて人々が集まり無数の魚を船に乗せ、ダグパンの中心部にある魚市場に運びます。そんな漁師を友人にもつ地元の若者が私のオフィスで働いてくれています。彼の友人の船に乗って、養魚場での収穫の光景を見学しました。
 
 日焼けした男たちが夕方集まり、川辺にある養殖場の一つで、網を次第に小さくし魚を追い込みます。いけすの中の魚が飛び跳ねながら追われてゆきます。深夜には3万もの新鮮なミルクフィッシュがボートに積み込まれ、市場に向かうのです。市場では、男たちが魚を仕分けし、いくつもの樽に向けて魚を驚くほど正確に投げ込んでゆきます。すべてが手作業。見事な技です。朝になれば市場にやってきたトラックに氷まみれの魚が積まれ、各地へ出荷されます。そんな市場にダグパン滞在中は毎朝、暑くなる前に散歩がてら訪ねてゆきます。
 

都市化と物価高の波に押され出稼ぎに行く人々

 あの収穫からひと月後、東南アジア各地を回った出張のあと、再びダグパンに戻りました。そして若者に、あの友人はいまどうしてるかと尋ねました。

 「今、彼は韓国に行ってるよ」
 「え、どうして」
 「工場で働きに」

 そんな淡々とした会話はここでは当たり前です。
 収穫が終わると若者は海外に出稼ぎです。そのほうがお金になれば、数年間海外に滞在することもよくあります。

 
 そして、私のオフィスに働く若者は、夕方の4時になると帰宅します。

 「働きすぎるなよ」

 そう私は声をかけます。というのも、帰宅後は子どもの世話をした後、別の仕事をする妻のために夕食をつくります。そして、妻が帰宅すると子どもの世話を彼女に任せて睡眠をとり、午前0時から朝8時まで、アメリカのオンラインでの仕事に従事するのです。その後、1時間にも満たない仮眠の後、私のオフィスにやってきます。そんな仕事を斡旋するオンラインサービスが無数にあるのです。

 
 今、高度成長を続けるフィリピンでは、ダグパンにも都市化の波が押し寄せてきています。周囲にはリゾート施設などの建設も進み、私をいつもダグパンまで運んでくれる運転手さんも、時間があればそんな工事現場に出向きます。この国では、共稼ぎは当然のこと。それぞれが二つ以上の仕事を持つこともごく当たり前なのです。
 5月になると時には気温が50度にもなるので、炎天下での屋根の工事は大変だと、その運転手さんは私に笑いながら話してくれます。そう、ダグパンは日本の館林や熊谷と同様、フィリピンで最も暑いところとしても知られているのです。
 
 高度成長であれば、物価も上昇します。それに加えてウクライナでの戦争などによる物価高の波はダグパンにも押し寄せてきます。従って、人々はより高い賃金で働ける場所があれば、すぐにそれに飛びつきます。マニラまで働きに行ったかと思うと、数か月でダグパンに戻り、別の仕事に就いている人も結構います。私のオフィスを辞めてガールフレンドとマニラに行った20代の男性は、向こうでホテルの下働きをしていましたが、結局彼女はマニラに残り、自分はある日ひょっこりとオフィスに戻ってきていました。
 

経済成長著しいフィリピン社会のこれから

 その昔、フィリピンにも鉄道がありました。しかし、モータリゼーションに押され衰退し、ダグパンにあった鉄道も何年も前に廃止されました。しかし、今経済成長の波に押され、マニラから近郊まで鉄道が伸びる計画も云々されています。
 しかし、そんなマニラ近郊では、鉄道建設のために立ち退かされた人々が、列車に向けて投石をし、つい最近では石を積み上げたりワイヤーを使って列車を脱線させたりする事件まで起きています。事件の背景に何があるのか、捜査はなかなか進みません。ダグパンまでの鉄道の建設にはバス会社が反対し、より快適なタクシーのシステムを作ろうとしても、トライシクルと呼ばれるバイクの側車に人を乗せて走るサービスを担う人々がそれを拒みます。
 そんなニュースが報道されるたびに、オフィスに働く若者は、「だからね、フィリピン社会はなかなか大変だよ」とこぼしながら、夕方4時になると次の仕事の準備へと帰宅するのです。
 
 最近、大統領となったマルコス氏は、その昔フィリピンのドンとして君臨した独裁者フェルディナンド・マルコスの息子です。しかし、父親の印象とは裏腹にマイルドで、前任のドゥテルテ大統領とは対照的です。ドゥテルテ大統領の時代に徹底的に押さえ込まれた賄賂とドラッグの再蔓延が懸念される中、マルコス新大統領はアメリカ寄りの政策をとり、米軍との連携も再開します。
 ダグパンのあるリンガエン湾。その湾を一歩外に出れば、そこは中国とアメリカとがつばぜり合いをし、緊張が高まる南シナ海が広がっています。この両大国は、南シナ海でお互いを牽制しながら、フィリピンへの利権の拡大と維持のために睨み合っているのです。
 
 家族の一人が成功すれば、親族がそこにぶら下がり、ネットワークし、時には利害をめぐって一族がギクシャクすることも多くあります。フィリピンの7%近くの経済成長の陰に、こうした様々な物語が隠れています。アメリカ、中国、日本や韓国、そしてシンガポールという近隣の経済圏との関係をうまくバランスしながら、この国がしたたかに発展できるのか。過渡期のフィリピンの有り様は、経済発展へと向かう多くの国に見られる共通の課題なのです。
 

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