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世界を不穏に繋ぐ、見えない分断の糸

Grandmother of teen killed in police stop calls for calm, as France prepares for sixth night of violence.

(少年を殺害された祖母が、暴動が6日目になろうとしている中で、静かに落ち着いてと呼びかける)
― CNN より

眠りを覚ます早朝のストライキとデモ行進 in アメリカ

 アメリカでの仕事をほとんど終え、ロサンゼルスの海辺の街サンタモニカのホテルでゆっくりと時差ぼけで疲れた体を癒そうとしていたとき、いきなり早朝の騒音で目覚めざるを得なくなりました。
 人々が大声で抗議をしながら、ドラムや太鼓を叩きながらデモをしているのです。こんな早朝からと思っていたら、ニュースでホテルの従業員組合のストライキがあると昨夜報道していたことを思い出しました。
 7月4日の独立記念日の休暇のため、例年になく多くの人々が移動している最中のストライキと、中西部での悪天候によるフライトスケジュールの乱れで、今までにない混乱が予想されるとニュースキャスターが警告していたのです。
 
 ストライキは、従業員の低い賃金と、コロナ以降の人手不足による労働環境の劣悪化への不満が原因です。とはいえそのストライキが、睡眠が必要なホテルの顧客のニーズをあまりにも無視していることに、少々腹立たしく思ったのです。
 あまりの騒音にたまりかねてロビーに降りると、すでに多くの宿泊客がそこに集まり、やれやれといった表情で外を見ていたのです。今、世界中が物価の高騰に悩み、ホテル代も例外ではありません。サンタモニカでは、ごく普通のホテルの一泊の料金が300ドル以上で、宿泊客は高額な料金を払いながらも朝の平穏を乱されていることに、明らかに苛立っています。
 
 労働者にはストライキをする権利はあるものの、この騒ぎ方はいいことではないと、警察を呼ぶようにフロントに頼んだところ、パトカーがやってきたことはきたのです。しかし、彼らはストライキを制止する権限はないとのことで、ただ黙って様子を見ているだけ。それにストライキをしているメンバーも勢いづき、一層激しい騒音を出す始末です。
 結局、睡眠をあきらめて、部屋に戻りテレビをつけると、今度は世界中で話題になっているフランスの暴動の模様が飛び込んできます。アラブ系の少年を射殺した警察官の行為に抗議した群衆が暴徒化し、地元の市長の私邸にまでなだれ込み、家族が怪我をした様子が生々しく報道されていました。
 この事件は、2020年にミネソタ州で起きた警察官の暴行で死亡したジョージ・フロイド氏の事件を思い出させ、二つの事件の共通項をメディアも分析していました。どちらの事件にも、その背景に警察官とマイノリティや有色人種との対立があり、さらにその向こう側には貧困や教育などの社会の分断が複雑に絡み合っていることはいうまでもありません。
 

抗議行動から広がる偏見、そして深まる社会の分断と右傾化

 そして、今回目の当たりにしたストライキの参加者も、ほとんどが中南米からの移民や黒人の人々で、彼らが物価高に喘いでいる現実も理解できないわけではないのです。
 ただ、こうした抗議行動が、そのままさらなる偏見に繋がり、それが社会の極端な右傾化にリンクしている現状が気になります。分断による亀裂が広がる中で、フランスでは極右勢力の政治の舞台への復活と台頭がふたたび予測されています。そして、アメリカでは機密文書の漏洩に始まる数々の違法行為で裁判にかけられながらも、依然として大統領選挙への出馬の意欲を示すトランプ前大統領への根強い支持があるのも、こうした背景によるものです。
 
 今世紀に入ってから社会を静かに震撼させ始めたこうした分断現象が、コロナ禍での生活環境の疲弊と、ロシアのウクライナ侵攻による経済的混乱で、修復不可能なまでに進んでいるわけです。そんな混沌とした状況をロシアや中国が自由主義社会の我儘の結果と、シニカルに見ている様子も気になります。フランスの暴動や、先日もアメリカの東海岸で発生した銃の乱射事件などを見ていると、明らかに長く続く経済の低迷や社会の不安に、人々が心の余裕を失っていることがわかります。
 
 実は、アメリカでは最高裁判所の判事までもが分断の渦中にあるといわれています。州単位の権限が強いアメリカでは、最高裁判所はそうした地方での立法や連邦政府や議会の行動が、憲法に違反していないかをチェックする機能を果たしています。判事は大統領が指名します。しかも判事の任期は終身です。したがって、保守系の大統領もそうでない大統領も、自分の任期中に判事を指名できるかどうか常に意識をしているわけです。
 
 現在、保守系の大統領によって指名された判事が多数派となっていることが、民主党やその支持者、さらには移民やマイノリティの権利を侵害することにならないかと指摘されているのです。
 社会の分断が続く中で、最高裁判所がどっち寄りの判断をするかによって、人々はさらに対立する相手に不信感を抱き、混乱がより深刻になってしまいます。今、最高裁判所の内部はトランプ前大統領をどこまで裁くことができるのか、さらに保守系が多数派の州で立法されてきた妊娠中絶の禁止が女性の権利への侵害にならないかどうかなど、多くのテーマをめぐって厳しく対立しているといわれています。社会不安が国の法の番人の意思にまで影響を与えていることになるわけです。
 

フランスの暴動もアメリカのデモも決して人ごとではない

 ですから、フランスで起こった事件はアメリカにとっても、他の自由主義諸国にとっても人ごとではありません。場合によっては、こうした事件がEUの崩壊への序曲になる可能性は十分にあり、アメリカや日本など極東の国々にも少なからぬ影響を及ぼすかもしれないのです。
 例えば、日本の有権者はこうした欧米の状況を見る中で、外国人に対する寛容性を失ってゆくかもしれません。その結果、日本や周辺の国々で孤立主義が進めば、それに乗じて中国が台湾へ侵攻することもあり得るわけです。
 
 サンタモニカでの世界的に見れば小さなデモと、それに苛立つ人々を見たときに、寛容性の崩壊の兆候がこうしたごく身近なところにも潜んでいることを痛感させられました。
 パリとロサンゼルスがそんな見えない緊張の糸で繋がっている現実を思い知らされた1日でした。
 

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『日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)
ますます混沌とする世界情勢を理解するために知っておきたい世界の課題を、日英対訳で解説! 今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。

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