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前代未聞の大統領の「Mug Shot(マグショット)」

Former President Donald J. Trump surrendered at the Fulton County jail in Atlanta on Thursday and was booked on 13 felony charges for his efforts to reverse his 2020 election loss in Georgia.

(ドナルド・J・トランプ前大統領は木曜日、アトランタ・フルトン郡の拘置所に自ら出頭し、ジョージア州での2020年の選挙結果を覆そうとした13件にわたる重罪で拘束された)
― New York Times より

トランプ前大統領の逮捕と公開された顔写真の衝撃

 久しぶりに racketeering(組織犯罪などで恐喝や陰謀、恫喝等を行うこと)という言葉を聞きました。これは以前アメリカでマフィアが横行していたときに、FBI などが、シカゴを拠点としたアル・カポネやニューヨークの裏社会で権勢を謳歌したジョン・ゴッティらと対決したときの報道でよく見かけた用語です。その用語が今回、米国の大統領経験者であるトランプ前大統領に対して使用され、ジョージア州が彼を逮捕したのです。
 彼が組織的にジョージア州での大統領選挙の結果を不法に覆そうとしたことが逮捕の原因で、彼と共に謀議に関与したとされる関係者も逮捕されています。
 背景には、2020年1月6日に前回の大統領選挙の結果への不満を受けて、ジョージア州での前大統領の先導に呼応して、群衆がワシントンD.C.の連邦議会に乱入した事件があることはいうまでもありません。
 
 Mug Shot という言葉があります。これは逮捕時に撮影する被告人の顔写真で、映画などで見たことのある人もいるのではないでしょうか。トランプ前大統領は収監されたジョージア州フルトン郡の拘置所で Mug Shot まで撮影され、公開されました。そして、その後、保釈金を支払っていったん釈放されたのです。もちろん裁判の結果で有罪となれば、彼は定められた刑期の間、刑務所で暮らすことになります。文字通り前代未聞の出来事です。
 

アル・カポネのマグショット(1931)

起訴されたトランプ氏が共和党の最有力候補者という皮肉

 さて、ここで注目したいのは、彼がジョージア州で逮捕、起訴されたことです。もし、大統領がアメリカ合衆国の連邦法に従って逮捕された場合、彼は刑務所に送られても次期大統領選に立候補し、当選したときに自らを赦免することができるという専門家がいるのです。
 しかし、連邦政府の権限が州政府にまで及ぶには大きな壁があるのです。アメリカでは各州は独立した法体系の元に運営されています。あたかも独立国のようにそれぞれの州には強い主権があるのです。ですから、トランプ氏の政策に反対する人は今回のジョージア州当局の訴追に大きな期待をしているのです。すでにいくつかの罪で刑事告発を受けている前大統領ですが、それでも彼を次期大統領へと強い支持を表明する人が共和党の多数を占めているからです。
 
 それでも、ある人は言います。アメリカは法治国家でありながら、やはりお金を持っている人は強い弁護士を雇えるので、裁判では圧倒的に有利だと。実際、一般人に比べ、高所得者や著名人が勝訴する例は多いのです。弁護士は裁判の評決に関わる陪審員の選別などにも、被告人に有利な思想的背景があるかどうかなど様々な観点から検察官と対峙します。
 有名なのが、殺人事件で逮捕されたO・J・シンプソン氏のケースです。妻とその友人の殺害容疑で逮捕されたシンプソン氏は、アメフトの有名な選手で俳優でもありました。彼は1995年に無罪とされ、その判決については多くの論議を呼んだのです。
 ですから、多くの人はトランプ氏の裁判をシニカルに捉え、むしろこのことがトランプ氏への同情を集め、トランプ支持派の結束を強めるのではないかと思っているのです。
 
 今月23日に共和党が開催した、2024年の大統領選挙に向けた候補者のテレビ討論会には、トランプ前大統領は逮捕劇のために出席しませんでした。
 それでも、ディベートに参加した8人のうち、6人もがトランプ氏を支持する意思を表明したのです。反対する元ニュージャージー州知事のクリス・ジェームズ氏ら2人がスピーチをすると、大きなブーイングの声が上がったほどです。しかも、候補の中で最有力とされる保守系のデサンテス氏は、トランプ氏に大きく差をつけられているので、いまだにトランプ氏は共和党の最有力候補です。
 この現象は世界中に驚きと戸惑いをもって伝えられ、あちこちのメディアで報道されました。アメリカ世論の分断についてはこれまでも何度か解説してきましたが、民主党と共和党は過去にない厳しい対立を経験する中、有権者もお互いに妥協することなく、頑ななまでに相手の排除を主張しているのです。
 

キング牧師が夢見た人々の融和が叶えられる日は来るのか

 この記事を書いている8月28日は、ちょうど60年前に黒人や有色人種への公民権を訴えたキング牧師が、あの有名な「I have a dream」という演説を行った記念日として知られています。
 ワシントンD.C.ではそんな彼を偲び、人種間の対立に反対する人々の集会が行われました。しかし、その同じ日に黒人へのヘイトを主張する若者がフロリダ州で銃の乱射を行い、犯人も自殺するという事件が起きました。トランプ氏の逮捕はこうした背景の中で断行されたのです。彼の逮捕が政治的な抑圧であるという声と、同氏の政治的なスタンスは人種差別を擁護し、アメリカの歴史を逆行させるものだという声との間に折り合いがつかないのです。
 
 今、アメリカではインフレ抑制のために高金利政策が続行されています。このことが、住宅の建設や販売の鈍化につながり、ニューヨーク在住の私の友人も、引退後の生活のために所有しているNY市内のアパートを売却したいものの、金利が高いために買い手がつかないとこぼしていました。こうした困難な経済状況と、中国の台頭などでアメリカの世界的なプレゼンスに翳りが出ていることが、今のところ次回の大統領選挙での争点となりそうです。
 
 しかし、それにも増して、今回のトランプ大統領の逮捕劇が、大統領選挙そのもののプロセスの中でアメリカの社会混乱を助長し、大嵐が吹き荒れるのではと警戒する声も少なくありません。
 また、大統領が変われば政策が大きく転換するアメリカを見据えて、中国やロシア、さらには日本も含めた世界の国々がその動向を注視し、時には世論操作に向けて様々な外交戦略を実行に移すことも懸念材料といえましょう。
 

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『I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (原著)、山久瀬 洋二 (解説)I Have a Dream!
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (原著)、山久瀬 洋二 (解説)
1955年、バスの白人優先席を譲らなかったという理由で逮捕された男性がいた。この人種差別への抗議運動として知られるモンゴメリー・バス・ボイコット事件を契機に、自由平等を求める公民権運動がにわかに盛り上がりを見せた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはこの運動を舵取りし、そのカリスマ的指導力で、アメリカ合衆国における人種的偏見をなくすための運動を導いた人物である。「I have a dream.」のフレーズで有名な彼の演説は、20世紀最高のものであるとの呼び声高い。この演説を彼の肉声で聞き、公民権運動のみならず、現在のアメリカに脈々と受け継がれている彼のスピリット、そして現在のアメリカのビジネスマネジメントの原点を学ぼう。詳細な解説つきで、当時の時代背景、そして現代への歴史の流れ、アメリカ人の歴史観や考え方がよく分かる1冊。

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