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日本の立ち位置を左右する西側陣営の苦境

The summit has focused on whether to expand the club and how to be a counterweight to Western powers.

( 〔BRICS〕サミットは西欧諸国に対抗してそのクラブメンバーを増やそうと模索している)
― New York Times より

極東での活発な動向の背景にある主要国の確執

 最近、日米あるいは日米韓の軍事同盟の再構築をめぐる動きが活発です。そして、中国が福島第一原発からの処理水の放出を盾に、外交的な圧力をかけてくる中、それと対決するように台湾からの日本への友好的なアプローチも目立ちます。アメリカもそんな台湾への支援を憚ることなく口にするようになりました。
 このアメリカを軸とした極東地域への活発な動きの背景には何があるのでしょうか。財政の立て直しが急務のはずの日本が、ここにきて高額な防衛費を負担することを外交的にも公約した理由はどこにあるのでしょうか。
 このことを理解するには、世界の動向を鳥瞰し、その中でのアメリカや西側諸国の置かれている状況を冷静に把握する必要があるようです。
 
 まず、ロシアと中国の様子を見てみましょう。
 ロシアでのプリゴジン氏の暗殺。それとほぼ同じタイミングで、サハラ砂漠の南部に並ぶアフリカの国々で立て続けに起きた政変やクーデター。そこにプリゴジン氏が率いていたワグネルがどのように関与していたのかは公にはなっていません。しかし、以前スーダンでの政変について触れたとき、すでにそうした疑いが噂されていたことは、このブログでも解説しました。
 
 そんなロシアや、アメリカとの対立が鮮明になっている中国の動向が気になる中で、南アフリカでBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、そして南アフリカ)を中心とした新興国の国際会議が開催されました。この新興国の集まりに新たに招待された国の中に、サウジアラビアとイランがありました。中国の強い要請もあって、この2つの国はそれまでの確執を乗り越え、友好関係を樹立しようとしているわけです。
 
 サウジアラビアは元々アメリカ寄りの国でした。そして、イランは革命以来長い間アメリカと対立していました。この2つの国が電撃的に接近したわけです。そもそもイランはロシアにドローンを送り、ウクライナとの戦争の後押しをしていました。しかし、国内は決して安定しているとはいえず、イスラム教の戒律を押しつける現政権に批判的な人々は、革命前のパーレビ国王の息子の帰還を望みながら、反政府活動を展開しています。そんなイランとサウジアラビアとの雪解けを中国やロシアが後押ししていることを、アメリカが喜ぶはずはありません。そこに立て続けに起こっているアフリカの政変は、元々その地域の資源などに利権を持っていた西欧の主要国にとっても大きな不安材料です。これらの国々の政変にロシアが絡んでいるとされる中、その主役ともなっていたプリゴジン氏がプーチン政権に挑み、結果として暗殺されたことも、情勢をますます不透明にしているといえましょう。
 

不安定な西側諸国の情勢と懸念される影響力の低下

 一方で、世界はロシアのウクライナ侵攻以来の物価高で、どこの国も政権運営に苦慮しています。誰が政権の舵取りをしても国民の不満を抑えることは不可能だといわれるほどに、すべての国の指導者は、噴出する経済と安全保障の問題に翻弄されています。アメリカでの次の大統領選挙の行方も不透明ならば、アメリカと同盟関係にあるイギリスでも現政権の支持率の低下が鮮明です。西側では、どこの国を見ても、4年後に国の舵取りを誰が行っているか予測ができないのです。であれば、ウクライナとしては、西側の国々の支持の確約が維持されているうちに、戦争を有利に終結させたいはずです。EUとイギリスが、そしてアメリカがいつまでウクライナに対して同様の支援を続けられるか、どこにも確証はないのです。
 
 次にヨーロッパです。EUはイギリスの脱退によって大きく変化しました。それはEU側だけではなく、イギリスにとっても同様です。
 最近アイルランドの友人と話したとき、彼は面白いことを語ってくれました。イギリスがEUを離脱したことで、EUの中で唯一アイルランドが英語を国語とする国家となり、アメリカからアイルランドへの投資が増えているというのです。
 しかも、EUに残るアイルランドは、イギリスとの間にある見えない国境の壁が高くなり、貿易等の手続きにもさまざまな手間が必要になりました。皮肉なことにアイルランドで生産されるポテトは、隣国のイギリスに輸出するよりフランスなどEU圏に輸出する方が簡便なため、必然的にEU圏との貿易が増え、その結果イギリスでのポテトの値段が高騰しているのです。
 これはイギリスを見舞っているEU離脱の負の側面を示す氷山の一角に過ぎません。人気の低迷に苦しむスナク政権にとって、これ以上国内を不安にする火種は避けたいというのが本音に違いありません。
 
 さらにアイルランドとイギリスとの関係でいうならば、今までアイルランドとイギリスが領有する北アイルランドとの間の国境は事実上消滅した状態で、人々の行き来も自由でした。しかし、EUを離脱したイギリスが、今後アイルランドとの関税の問題などで、国境での規制をあらためて強化しないとも限りません。その場合、何年も前にイギリスとアイルランドとの間で和解が成立したアイルランドと北アイルランドとの統合問題が、再び浮上するかもしれないのです。それは地域紛争への導火線となりかねない問題です。
 実際に、アイルランドでは北アイルランドとの統合を主張していたシン・フェイン党が勢いを取り戻し、最有力政党へと浮上してきているのです。
 
 このように、EUを核とする西欧諸国も国内にはさまざまな火種を抱えているのです。アイルランドの問題はその中の一つに過ぎません。
 そして、このようなEU内での経済の混乱が、それぞれの国の世論に複雑な影を落としているのです。前回も解説した通り、アメリカの政治も決して安定しているとはいえません。そして何といっても、ロシアのプーチン大統領がBRICSを核とした新興国の連携によってアメリカの影響をブロックしようとしている中、アメリカは資本主義陣営の抱える深刻な経済難の中で、自国の影響力の低下に強い懸念を抱いているのです。
 

課題となる極東地域の安定に日本はどう取り組むのか

 これらの背景があればこそ、最近アメリカが日本との関係強化に躍起になっていることが理解できるのです。極東の安定こそが、世界的な経済問題や政治問題が引き起こす不安要因を拡大させないためにも、必須で喫緊の課題だからです。アメリカや西側諸国にとって、中国経済の失速がさらなる経済不安の原因となりかねない中、少なくとも極東での連携強化だけは担保しておきたいのです。
 日本はこうした世界情勢の中で右往左往している島国です。日々の暮らしも、今後の安全保障の問題も、こうした世界情勢を鳥瞰する中で判断し、解決方法を模索しなければならないのです。
 

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『日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)
ますます混沌とする世界情勢を理解するために知っておきたい世界の課題を、日英対訳で解説! 今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。

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