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交渉というビジネススキルを持たない日本の外交

South Korea scored more concessions and landed a generally less onerous deal than Japan, which has agreed to invest $550 billion in the United States under its trade deal. A memorandum of understanding between Washington and Tokyo stated that Mr. Trump will select how the money will be invested. If Japan goes against his wishes, he will have the right to impose higher tariffs.
Also, after Japan recoups its initial money on an investment, 90 percent of the profits would go to the United States.

(韓国は日本よりも多くの譲歩を引き出し、全体的に負担の少ない合意を得ることができた。日本は米国に550億ドルを投資することに合意している。ワシントンと東京間の覚書では、トランプ氏が資金の投資先を選定すると明記され、日本が彼の意向に反した場合、彼はより高い関税を課すことができる。
また、日本が投資した資金を回収した後、利益の90%は米国に帰属することになっている)
― New York Times より

「場」と「タイミング」に気をつけたいビジネス交渉術

 今回トランプ大統領が訪日した折に、高市首相と交わしたさまざまなやり取りがマスコミで取り上げられています。
 特に、米軍の兵士の前でエールを贈っている首相のパフォーマンスについては賛否両論で、日本はそこまでアメリカに追随していいのかというコメントも上がっています。
 そこで、多くの人が勘違いしているアメリカとの接し方について、冷静にまとめてみたいと思います。
 
 結論から言って、チアフルにジェスチャーや表情を豊かにしながらコミュニケーションするのがアメリカ人との接し方の「いろは」だという認識に、大きな誤解があるのです。
 
 よく、日本人は顔が見えないと海外から批判されます。集団で行動し、個人の要求を控えめにし、主張をしない日本人はわかりにくく、信頼しにくいというのが批判の主旨です。また、日本社会にある女性差別についてもしつこいほど海外で取り上げられ、日本社会の保守性の象徴のように批判されてきました。
 この二つの批判は確かにその通りです。
 ですから、高市氏が日本で女性最初の首相となり、トランプ大統領とも個性をだして自らをアピールしようとしたことは理解できます。
 
 ですが、交渉をタフに行うときに、しっかりと自身の立場を主張し、相手のポーカーフェイスも見抜き、手強いぞと思わせることは、どこの国とのやり取りにおいても必要なことです。
 また、公式な場と、夕食会のような打ち解けた場での対応も、臨機応変にしたいものです。夕食会ではビジネスを抜きにした個人的紐帯をつくるべきで、そこではジョークもあればパフォーマンスがあっても構いません。
 
 しかし、米軍の兵士の前という公式な場では、もっと堂々と威厳をもって対応するべきでしょう。このあたりの「場」と「タイミング」を取り違えると、単にアメリカの片棒を担いでいる人物として、相手はそれをアドバンテッジだと受け止めてしまいます。単に日本流の「ウケ」を狙ってチアフルに小躍りするように対応すると、それは軽率な行動となってしまうのです。
 
 米軍に対しては日本の首相であれば、日本が米軍に何を期待しているかをしっかり主張し、相手を感動させるスピーチを行うべきです。大統領の演壇に乗っかり、トランプ大統領に支えられるようにして片手をあげてはしゃいでも、そこからは何も生まれません。しかも、日本は高額な防衛費負担を強いられていることもこの場で兵士に伝えるべきで、その上で双方が協力関係を結ぶ重要性をスピーチするべきなのです。
 

交渉相手である欧米の人々の価値観を理解すること

 以上を踏まえて、今回の関税交渉をめぐるニューヨーク・タイムズの冒頭の報道について考えます。
 実際、今回の高市氏のようなパフォーマンスをしなくても、韓国は軍事も経済も日本とほぼ同じように交渉を続けています。イ・ジェミョン大統領はアメリカとの妥協を強いられているという現地での批判はありますが、実のところ、トランプ氏の訪韓を歓迎しながら、対米投資については為替変動も考慮し、長期的に柔軟に対応できる枠組みを設定できました。
 その点では、日本は多くのカードをアメリカ側に渡しすぎて、それがあとで大きなツケとならないかが気になります。
 以上の現状の中で、ただウケを狙った日本の首相の行動が滑稽に映るわけです。
 
 アメリカは、したたかな交渉相手です。実際、今回も日本は550億ドルの投資を約束したものの、今後の関税交渉での不透明感は拭えません。もちろん韓国にも似たようなリスクはあるものの、日本が負担する額とその内容はあまりにもスケールが大きすぎます。
 
 イギリスのガーディアン紙は早々に、トヨタはアメリカへの過剰投資には慎重だと報道し、ワシントンポストも、日本が妥協を強いられても、トランプ氏はまだどのようなカードを切ってくるかわからないと評論しています。そのしたたかさと狡猾さを知っているならば、アメリカ側を警戒させるような一手も持っていることをわからせるぐらいの交渉力が求められるのは当然のことです。
 
 以前、日本人ははっきりとイエスかノーかを表明するべきだという論調があり、海外では明快な意思表示をしない限り、相手からいいようにされるだけだという主張もありました。
 では、ただノーと言えばいいのでしょうか。実はアメリカでもイギリスでも、そのようなコミュニケーションは存在しません。
 大切なのは、なぜノーなのかという理由(because)を、冷静に論理的に説明することで、ただノーと強く言うだけだと、感情的な愚かな行為、あるいは不可解な行為と誤解されるだけです。日本人はこの ”because” の表明が曖昧で下手なのです。
 
 今回の首相の米軍基地での対応は、これと通じるものがありそうです。
 アメリカで仕事をした経験もあるはずの首相が、ただアメリカ人が喜ぶポーズをとればリーダーとして注目されると誤解していることに、大きな危機感を覚えてしまいます。
 そして、この事実を知らず、首相の行動を評価している人が意外と多いのには少々驚きです。欧米の人々が日本人や日本社会を理解していないという不満があるのと同様に、日本人も彼らが何を価値とするかという意識への理解がいまだに充分ではないのです。
 

新政権への期待だけでなく冷静な評価も必要

 よく交渉をしたあと、お互いに握手をしたにもかかわらずアメリカ側がその後異なる対応をしているという報道を耳にします。これも文化の異なるアメリカとのコミュニケーションの方法を誤った結果かもしれません。まず、自らが思っているより明快にきっぱりと主張し、主張が相手に通じているかしつこいほどに確認する習慣をつけたいものです。これは英語の能力ではなく、交渉の能力の問題なのです。
 
 今回の高市氏の首相就任で、日本の世論は過去のことなどなかったかのように、新政権へ期待していることが報じられます。
 しかし、その背景に今世界でおきている不条理で複雑な利害の対立に日本が耐えていけるのかという評価を、今一度しっかりとして欲しいと思うのです。
 

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