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コロナウイルス近況、最も身近な戦争体験

“Saudi Air is operating a very limited route. I am optimistic to get a flight to London on Tuesday and then connect to the US from there. It is always a pleasure to visit Japan and comforting to know I have a trusted friend in you. I will let you know how things go.”

(サウジエアはとても限られたルートだけ運行しているので、なんとかロンドンへ火曜日に出てアメリカへの帰国便に挑戦してみるよ。日本に行って、信頼のできる友人がそこにいることはとても嬉しい。また状況を伝えるよ)
― 友人からのメール より

経験して感じる各所の対応と影響

 新型コロナウイルスのパンデミックを受けて、世界中が混乱しています。
 先日、台北に出張しました。飛行機の乗客数は行きも帰りも20名そこそこ。このままでは、多くの航空会社が倒産に追い込まれそうです。
 台北の空港内はトイレの各個室に消毒用アルコールの噴霧器が置かれ、手を洗う洗面台にも別途噴霧器が置かれていました。
 入国時には特別な書類に健康状態を記入して、検温を受け、中国へ入国していないこと、特に武漢へ行っていないかとの確認を受けました。
 ホテルでチェックインをしていると、係りの人が検温が必要なのでと、体温計を額にあてられます。その後、外出から帰ってくるたびに同様の処置を受けることになりました。
 
 そんなとき、北京在住の知人から連絡が入りました。
 日本から北京へ入国するときに、14日間の自宅待機を命じられたということです。アパートに戻ると管理人が彼に同行して彼の部屋に行き、その通告を実施することを告げられます。部屋のドアには「日本人で14日間自宅待機」という張り紙が貼られていたとのことでした。
 彼は、ゴミを捨てたりする正当な理由のあるときは、アパートの敷地を歩くことは許されていたものの、実際にそれをやると住民が出てきて苦情を言われ、管理人も即座に方針転換。完全に自宅軟禁状態となったそうです。
 ただ、ゴミはドアの前に置いておけば分別して持って行ってもらえるし、食事は電話やネットで注文すれば運んできてくれるため、生活そのものに急を要することはない、とのことですが。
 
 台北では知人と打ち合わせのあと、別の会社でさらに仕事上のプレゼンを受け、夕食にも連れて行かれました。ただ、街にはマスク姿の人がほとんどで、なんといっても繁華街も人影がまばらです。
 そんなとき、台北の次の目的地であるフィリピンの関係者から連絡が入りました。フィリピンも非常事態宣言で、国内の航空機の運行、バスなどの公共交通の利用などに大幅な制限がかかったため、マニラでの打ち合わせが事実上不可能になったとのこと。仕方なく翌日は台湾で時間を潰し、そのまま帰国することになりました。フィリピンなどいわゆる途上国でかつ島国の場合、流行が拡大するとそのリスクは日本などよりはるかに大きいわけです。かつ、実際どれだけの人が保菌者なのかも把握できない状態であれば、その恐怖はなおさらです。
 
 帰国早々、この調子だとアメリカへの次の出張も見合わせなければならないと判断し、アメリカの関係者に連絡を入れました。そこは、大学等と提携して留学生に英語を教える語学学校です。知人の学校のオーナーは、今年予定されていた留学生や留学生を送る法人や団体のほとんどからキャンセルが入り、先行きへの強い不安を抱えているとのこと。ウイルスのワクチンが治験を通して一般に配布されるには、一年以上の時間が必要ということなので、確かにこの状況下でビジネスの継続がいかに困難かはよく理解できます。
 
 ウイルスが経済と社会をここまで攻撃することになるとは、と多くの人は思います。しかし、例えば地球温暖化などで、シベリアツンドラなどが湿原となったときのことなどを考えると、そのインパクトの大きさにさらなる脅威を感じます。今まで人類が触れたことのないウイルスが溶解され、地上に蔓延し始めるのですから。これから我々はそうした時代に直面するのかもしれません。
 

ウイルスに奪われる移動や言論の自由

 ところで、今回のウイルス騒動での勝者はいないはずです。しかし、政治的に見るならば、習近平は国内の世論を誘導し、中国ではウイルスを制圧したということで、自らの政治的立場を強化できたのかもしれません。しかも、このウイルス騒動によって、彼を脅かしていた香港での民主化運動などの脅威も事実上霧散してしまいました。ロシアのプーチン大統領も独裁体制を強化し、そのための法的な整備を行うものの、ウイルス騒動に揺れる世界では以前ほど反発もなく目論見を遂げることができました。
 
 トランプ大統領には課題が残ります。このあと指導力を発揮してウイルスの抑制と経済の立て直しができれば、再選への切符を手にすることができるかもしれません。しかし、そのハードルの高さすら見えてこないのが実情です。民主党側もウイルス対策のことで大統領を批判すれば、人間の生命の危機を政治的に利用したとしてダメージを被ります。ですから、あまり民主党としての激しいアピールはできないまま、大統領候補選定へと進んでいます。
 
 このように、コロナウイルスは、人々の健康と精神への不安のみならず、経済と言論にまで大きな影響を与えているのです。これは、過去にない事態です。人が移動の自由を失われ、経済活動や言論活動の制約に苦しむ状況は、戦争以外には起こり得ないというのが今までの常識でした。ですから、今回の事態は戦争と全く同じ環境に人々が置かれたことになります。政府の発表への疑念が世界中に広がっているのも戦争と酷似しています。実態の把握や対策そのものに正道が見当たらないまま、政府自体も右往左往しているのが実情なのかもしれません。
 
 この混乱は1929年の大恐慌以上のものかもしれません。
 社会の混乱が、未来をより不安に満ちたものにしないことを祈りたいものです。
 ただ、こうしたときこそ、国の舵取りを任された者は国民へ直接語りかけ、情報をできるだけ率直透明に誠意をもって説明するよう心がけなければなりません。そうした対応からほど遠ければ遠いほど、株価は混乱し、人心の混乱により経済がさらに負のスパイラルへと落ち込んでゆくはずです。そうした視点で見る限り、今の日本政府の対応には大きな限界を感じてしまいます。
 

離れていてもメールを送り合えば

 アメリカへの出張を断念した直後、中東へ出張中のアメリカ人の友人から連絡がありました。帰国便がなくサウジアラビアから出国できないままの状態が続いているとのことです。封鎖状態のヨーロッパ経由ではなく、日本経由でのアメリカ帰国を考えてみてはとメールを送り、必要なら私の自宅に泊まってもいいからとメッセージを送りました。冒頭に紹介したのはその返信です。私はさらにその後の状況を心配しながら、彼からのメールを待っているところです。
 世界中で、ビジネスをする人同士、こうしたメールが飛び交っているのかもしれません。
 

* * *

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日常表現の向こうに見えるミレニアムの背景

“The Japanese communication pattern is very indirect and far less verbose than what the English-speaking West is familiar with.”

(日本人のコミュニーション方法は、英語を話す欧米人から見れば、極めて間接的で言語表現に頼らないものだ)
― Cultural Atlasより

事例:親子の会話と会議での会話

「ママ、なんかお腹が痛い」
「どうしたの。熱は?」
「うーん、わかんない」
「そう、お医者さんに診てもらう?」
「そこまでではないけど。でもちょっとだるい」
「学校はどうするの?」
「今日は無理かも」

 こんな会話を、子供の頃に経験した人は多いのではないでしょうか。
 この子が母親に言いたいことは、「今日は学校に行きたくない」ということですね。多くの日本人には、即座に子供の意図が伝わるはずです。もしかすると、その日学校でテストがあるので、行きたくない言い訳をしたのかもしれません。
 
 これを大人の会話に置き換えましょう。
 

「いえね。今回の提案はどうしましょうか」
「と言いますと?」
「なにせ、コストもかかりますしね」
「アウトソースせずに社内でやってみればどうでしょう?」
「いやあ、皆今のプロジェクトに大忙しで・・」
「では、今回の彼らの提案は見送りますか」
「そうですね。そうしてもらえれば助かります」

 子供と母親との会話と、大人になって会議で行うときの会話と、どれも最後に本音が出てくるロジックの作り方は同じです。
 つまり、日本人の会話の方法は、まず取っ掛かりとなる一つのファクトから始まり、それをやり取りしながら本音や結論へと導いてゆくケースが多いのです。二つの例からお分かりのように、これは日本人が幼い頃から大人になるまで、親から子供へと伝搬されてきたロジックの修辞法なのです。
 実は、このたわいもない会話の進め方のルーツが、なんと1400年も前から日本人に脈々と受け継がれ、思考方法や表現方法のルールとして育成されてきたということを考えてみたことはあるでしょうか。
 

1400年受け継がれてきた日本流「起承転結」

 ここで、1400年近く前の中国に目を向けてみます。
 当時、中国はの時代の始まりでした。二代皇帝・李世民が、それまで短命な政権が入れ替わり立ち替わり交錯していた中国を唐の元に統一し、中国の文化が周辺民族にも伝搬されてゆきました。
 そんな中国では、歴代皇帝の政策を書記官たちが記録し、その記録の客観性を保つために、皇帝といえどもその内容を簡単には閲覧できなかったといいます。それは、皇帝が権力を乱用して記録の客観性に影響を与えることを防ぐための制度だったといわれています。
 特に、唐になって中国が内政外交ともに安定すると、書記官は記録の腕を磨くために、文章の綴り方や書体などを整えます。そこで培われた修辞法は、宮廷に仕える官僚たちに大きな影響を与えてゆくことになったのです。それ以降、文官が中国の漢字文化の担い手になってゆくのです。
 
 彼らは時には文章家として、時には詩人として、唐詩選などに残る多くの詩文を残しました。彼らが最も美しいとした修辞法が、まず取っ掛かりの事例を述べ、それをしっかりと補足し、さらにサイドから別の事例で補強し、最後にその土台の上に結論を述べるという、「起承転結法」だったのです。
 官僚の文章のみならず、皇帝を諌めるときなどのレトリックの作り方、さらには五言絶句などの詩作にも、この方法が用いられたのです。それは時代を超えて現代まで伝搬され、実は、習近平国家主席の演説にもこの影響が見て取れます。
 
 そんな唐の時代に、日本からは頻繁に遣唐使が中国に派遣され、中国の文化を吸収しては日本に持ち帰りました。そして、この中国の宮廷での書類の作成技術や表現方法、修辞法が日本に伝わり、知識人や権力者の間で活用されたのです。それが時とともに、日本の風土の中でさらに独自に培養されたのが、現代の日本人のコミュニケーションスタイルとなったのです。
 
 では、古代中国での修辞法を代表する有名な漢詩を事例として紹介しましょう。
 

春眠暁を覚えず
(春の夜は短い上に寝心地がよく、夜明けを忘れるくらいぐっすりと眠りこんでしまった)
諸所に啼鳥を聞く
(ああ、あちこちで鳥が冴えずっているようだ)
夜来風雨の声
(昨晩は風や雨の音がして嵐のようだった)
花落つること知んぬ多少ぞ
(花はどれくらい散ってしまっただろうか)

 
 孟浩然という唐の詩人のこの作品を、高校で習ったなと思い出す人も多いでしょう。この詩で言いたいことは、寝坊したことでも、鳥が鳴いていることでも、夜の嵐でもありません。春の嵐で花が散ったのではないだろうかという思いを表現するために、こうしたレトリックを使ったのです。これは冒頭に紹介した子供と母親との会話、さらには社会人の会話事例と全く同じレトリックなのです。
 

欧米流「結論ファースト」とうまく使い分けて

 中国に起因するこのアジア型の表現方法が、結論を先に言う欧米の表現方法と異なることから、様々な誤解が生まれることは、すでに何度かこちらのブログでも紹介しました。冒頭で紹介した英文では、そんな日本型の表現が間接的で言葉少なに見えると記しています。その論文では中国に対しても、日本とレトリックの類似点があるように指摘されています。しかし、我々が知らず知らずの間にこうした表現をする癖がある背景に、1400年もの意識の積み重ねがあることに気付くことはあまりないでしょう。
 
 コミュニケーション文化の違いが世界に存在し、ここで紹介したように、それぞれの遠い昔の文化をルーツとして形成されてきたわけですから、そこで起こる誤解は、よほど注意深く対処しなければ解けないのです。
 
 しかも、そうした日本型のコミュニケーションスタイルがまどろっこしいということで、欧米流のレトリックを取り入れようとする動きを考えるとき、1400年以上の重い石をいきなり砕くことの危険性をも感じてしまいます。
 文化は良し悪しの問題ではなく、お互いに異なることはごく当然のことなのです。むしろ、欧米の人と交流するときは、彼らのロジックを考慮し、日本人同士、あるいはアジアの人同士での交流のときは、古来のレトリックを使用する、というスキルの使い分けが必要なのです。
 
 この使い分ける技術を無視して、自らのコミュニケーションスタイルを否定すると、それは思わぬ消化不良と反作用を生み出し、自身のアイデンティティ・クライシスへと繋がってゆくはずです。
 この課題は、次の機会にさらに分析してみたいと思います。
 

* * *

中国語を学ぶのに、英語を使わない手はない!

『中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田秀佳 (著)中国語は英語と比べて学ぼう!初級編』船田秀佳 (著)

SVO型で似ていると言われる2大言語、「英語」と「中国語」。本書では、英語と中国語の厳選した 80の比較項目から、似ている点と違う点に注目し、ただ英語と中国語の羅列や併記をするのではなく、しっかりと比較しながら学べるようになっています。中学·高校でせっかく学んだ英語の知識を活用し、日本語·英語、そして中国語の3カ国語トライリンガルを目指しましょう!

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東南アジアの現実を象徴するフィリピンの対中政策とは

©Nilkkei Inc.

“President Rodrigo Duterte of the Philippines speaking in the House of Representatives in Manila on Monday. He told lawmakers it was impractical to stand up to China’s military might.”

(フィリピンのドゥテルテ大統領は、マニラの議会において、中国の軍事力に対抗することは得策ではないという見解を述べる)
― New York Times より

米軍が放棄した空白地帯を虎視眈々と狙う中国

 フィリピンの首都マニラから北に2時間少々車で移動したところに、クラークという飛行場があります。現在ニノイ・アキノ国際空港(改称前はマニラ国際空港)に次ぐ、第二の民間航空のハブとして整備が進められています。しかし、28年前までは、そこには南シナ海に睨みを利かせるアメリカの空軍基地があったのです。今、クラークに行けば当時の施設が打ち捨てられたままあちこちに残っていて、あたかも現代史の遺跡に迷い込んだかのような錯覚に襲われます。
 
 しかし、その当時、アメリカの目は東西冷戦の終結と、その後の秩序の維持に向けられていました。アメリカ軍がフィリピンから撤収した南シナ海に大きな空白地帯が生まれ、そこに急成長した中国が積極的に進出してくることを明快に予測した人は誰もいなかったのです。当時、日本はバブル経済による繁栄が終わる直前でした。同じ頃、中国はまだ天安門事件などの横揺れを経て、徐々に体制を整えていました。そんな彼らに、日本やアメリカの様子はどのように映っていたのでしょうか。
 

Clark International Airport

沖縄を「最後の砦」としたいアメリカの思惑

 今年8月末にフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を訪問し、習近平国家主席との首脳会談に臨みました。そこで彼は、フィリピンの領土が中国に侵害されていることを訴えますが、中国はその批判を一蹴します。中国は南シナ海を自国の主権の及ぶところであるという主張を崩さないのです。これはフィリピンのみならず、隣国のベトナムやマレーシア、さらにインドネシアに至る広大な地域にとって見逃せない脅威になっています。クラークとその西にあったスービックというフィリピンでの軍事拠点を放棄したつけに、今アメリカのみならず、東南アジア全体が苦しんでいるように思えます。
 
 一方でドゥテルテ大統領にとって、中国の経済力を無視するわけにもいきません。8000以上の島々を抱え、そこに1億人以上の人が住んでいるフィリピンは、インフラが整備されないままグローバル経済に飲み込まれようとしています。マニラの渋滞もさることながら、どこに行くにも鉄道がなく、ルソン島には民間機が発着できる飛行場も、マニラを除けばほとんどありません。中国の経済援助を期待しながらも、領土問題の脅威には抵抗したいという矛盾を抱えているのです。
 
 そもそも、アメリカはベトナム戦争で多大な犠牲を払ったことから、1973年以降、東南アジアへの軍事的な投資には消極的でした。もっと言えば、沖縄さえ押さえておけば、朝鮮半島から東南アジアまで睨みを利かせることができると思っていました。ということは、フィリピンの抱える問題は、日本と無縁ではないのです。
 日本から見れば、そんなアメリカの意図を踏まえて、自らの立ち位置を振り返る必要があります。日本が米軍基地の維持に国民の税金を投入している現実を見るとき、我々はともすれば、それは日本を北朝鮮や中国などの脅威から守るためだと考えがちです。しかし、沖縄がアメリカにとって捨てることのできない、南シナ海への「最後の砦」であるということを指摘するマスコミや政治家がほとんどいないことには驚かされます。日本に基地を維持したいのはアメリカであって、そのニーズは日本のニーズ以上に喫緊の課題なのだということを、知っておく必要があるのです。
 

普天間飛行場 ©The Okinawa Times

フィリピンの対中政策が抱える矛盾

 実は、ドゥテルテ大統領が今回、あえて領土問題を中国側に主張したことには理由がありました。今年の6月9日のこと、フィリピンが排他的経済水域であると主張する南シナ海で、中国のトロール船がフィリピンの漁船に衝突し、そのまま立ち去るという事件が起きたのです。幸い、被害を受けたフィリピンの漁民は、近くを航行していたベトナムの船舶に救助されました。しかし、この事件を契機に、フィリピン国内で中国を批判する声が高まったのです。しかも、この事件の後に、中国政府は事件の真相をしっかりと検証する前に、中国側を一方的に批判したフィリピンの世論に強く反発し、ドゥテルテ大統領も中国への厳重な対応をしないままに事態の沈静化を測ったのです。
 これが、中国の大国としてのエゴに翻弄される東南アジアという図式の象徴として捉えられ、フィリピン国民のみならず、ASEAN諸国でもドゥテルテ大統領の対応への批判が集中したのです。
 
 南シナ海の領有権を巡って軍事的には対立しながらも、中国を本気で怒らせ、経済制裁などへと繋がっては困るというのが、脆弱な経済基盤に悩むフィリピンの指導者、ドゥテルテ大統領の本音だったのかもしれません。だからこそ、今回の大統領の訪中は、彼の外交手腕を評価する上でも重要なイベントだったのです。
 しかし、中国との経済協力の重要性を表明しながらも、領土問題では要求を一蹴されたことに、フィリピンの世論は失望しているというのが現実です。
 

©The Asahi Shimbun

東南アジアの現実に対応すべき日本の愚かさ

 東南アジアの現代史を見ると、70年代を契機に地域の様子が大きく変化したことに気付きます。ベトナム戦争の敗北でアメリカ軍が撤退した頃と重なって、ベトナム、マレーシア、さらにインドネシアなど多くの国が、それぞれの政策は異なりながらも経済的に自立を始め、国力も安定してきます。
 アメリカとは経済的に連携していればそれで充分、というムードが東南アジア各国に広がったのです。さらに、フィリピンやカンボジアでは、政変を経て民主化も進みました。皮肉なことに、50年代から60年代まで、東南アジアの多くの国には独裁者が君臨し、東西の冷戦での駆け引きのため、彼らはアメリカの支援を受けていたのです。
 民主主義と自由主義の砦であると自負するアメリカが、韓国からフィリピン、さらにはベトナムやカンボジアといった、広大な地域で独裁者を支えていたという皮肉な実態があったのです。
 ですから、東南アジアが民主化され、フィリピンからもマルコス大統領が国を追われ、ベトナムは南ベトナムに君臨していた政権が崩壊し、社会主義国として統一されると、アメリカはあえてこれらの地域に、以前のように深く介入することができずにいたのです。
 
 アメリカの軍事的なプレゼンスを受け入れることの是非はさておき、相変わらず弱肉強食の論理で動く国際社会の現実にどう対応したらよいのかというテーマは、日本人にとって人ごとではないということだけは知っておくべきことと言えましょう。
 こうした現実を鳥瞰すればするほど、本来、協力関係にあれば国際社会に様々なカードを提示できるはずの、日本と韓国との「冷戦」ほど、愚かなことはないのではと考えるのは、私一人ではないはずです。
 

* * *

アジアの人々と働くこと

『なぜ銀座のデパートはアジア系スタッフだけで最高のおもてなしを実現できるのか!?』千葉祐大 (著者)なぜ銀座のデパートはアジア系スタッフだけで最高のおもてなしを実現できるのか!?』千葉祐大 (著者)
価値観の違うメンバーを戦力化するための17のルール!
訪日外国人の数が、毎年過去最高を記録している現在の日本。お客さまが外国人であれば、接客する側も言葉や文化を理解している同国人のほうがいいと考えるのは当然のこと。
しかし、「はたして外国人に、日本人と同じレベルのおもてなしを実践することができるのか」「どうやって、外国人におもてなしの教育をすればいいのか」と、懸念や疑問を持つ現場関係者が多いのも事実です。
本書は、外国人とりわけアジア系人材を、おもてなし提供者として育成する教育方法について、銀座のデパートで実際に行われている事例を取り上げながら、詳しく解説します。

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香港の騒乱から出てくるものは、虎と鷲の間で動きの取れない日本と韓国

© KYODONEWS(共同通信社)

“Protesters try to storm into Hong Kong Legislative Building”

(抗議をする人々が香港の立法府に乱入しようとしている)
 

“Trump makes history at DMZ with Kim Jong Un”

(トランプは非武装地帯で金正恩と新たな歴史をつくる)
 
― CNNより

 今、シンガポールに来ています。
 到着後ホテルで荷物を開けながらテレビをつけると、2つのトップニュースが飛び込んできました。一つは、トランプ大統領が電撃的に板門店で北朝鮮の最高指導者・金正恩氏と会談をしたことでした。そして二つ目は、香港が中国に返還されたことを記念する式典に向けて、再び大規模な反政府デモが香港で繰り広げられていることです。
 
 このどちらの内容にも前回のブログで触れていますが、ここで敢えてさらにまとめてみたいと思います。
 G20という大きなイベントもすでに昔のことのように、シンガポールのメディアは、この2つのニュースを繰り返し伝えています。それを、シンガポールのビジネスマンがレストランやジムのテレビで興味深く見つめている様子が印象的でした。

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香港の騒乱と「レッドカーペットの屈辱」が語ること

Reuters/Tyrone Siu

“That stronger hand threatens Hong Kong’s future as a global commercial hub, but business leaders increasingly fear resisting a Chinese government that does not tolerate dissent.”

(世界経済のハブとしての香港の将来が大きな脅威にさらされる中、ビジネスリーダーたちは中国政府の強硬で頑なな態度にどう向き合うか神経を尖らせている)
― New York Timesより

香港での大規模デモに見える中国の覇権誇示と情報統制

 この数週間の極東での出来事は、アメリカと中国との駆け引きに翻弄される、この地域の現状と本音を奇しくも炙り出してしまいました。
 
 まずは、香港で犯罪者の中国への引き渡しを容認しようとした「逃亡犯条例」の改正に市民が強く反発し、大規模なデモが街を覆い尽くしたことです。北京の息が掛かった現在の香港政府は、市民の圧力の前に条例の撤回を余儀なくされました。香港の中国との最終的な統合を目指す北京にとって、これは確かに痛手だったはずです。
 一つは、香港が中国の意のままにならないことを北京が改めて実感したこと。そして、もう一つは、グローバル経済への重要な窓口の役割を果たしてきた香港の存在そのものの将来への不安を、中国が自ら世界に伝えてしまったことです。シンガポールなど、他の金融センターに香港の地位を譲ることになりかねない理由を煽ってしまったことは、中国の失策だったといっても過言ではないでしょう。

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