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世界にとって新鮮な「受け入れる」という発想

The lesson is to accept the changes. From that acceptance comes a sense of being part of nature, which is actually more of our human nature than trying each day to be happy. After all, why be happy when there is so much work to do?

(変化を受け入れるという発想を学ぶこと。それは、我々が日々お互いの幸福を追求するなかで、より自然な人間のあり方ではないだろうか。そうすれば、幸福を追求するときに四苦八苦する必要もなくなるのではないか、と思うのだが)
― スコット・ハース氏の言葉 より

欧米の目に映る日本の姿の移り変わり

 私の友人にスコット・ハースという臨床心理学者がいます。
 彼はボストンに住んでいて、奥さんは長年カンボジアでの医療活動に携わっています。
 そのスコットが最近『Why Be Happy?』という一冊の書籍をアメリカで出版しました。直訳すれば「なぜ幸せでいられるの?」となります。この書籍が思わぬ反響を呼んで、今では世界11か国で翻訳されているのです。テーマは「日本人についての考察」です。
 
 1980年代から90年代初頭にかけて、バブル経済の勢いに乗る日本について数えきれないほどの書籍が出版されました。欧米の人には当時の日本が、ちょうど今の中国のように映っていたようです。
 敗戦の悲哀を克服して、経済的な大復興を遂げた日本は、欧米の目から見れば驚きであり、同時に不可思議な存在でした。個人主義、平等、そして自由を価値観の基本に置く彼らから見た日本のビジネス文化は、その真逆でした。ピラミッド型の集団で「滅私奉公」をモットーに、世界に進出してくる経済軍団のように見えたのです。
 今、中国の人権問題への対応、そして強引とすら思える経済進出の刃に、欧米社会が脅威を感じているように、当時の日本の経済力にものを言わせたアグレッシブな世界進出は、欧米の価値観そのものへの挑戦のように思えたのです。
 
 したがって、バブル経済が弾けて日本の影が薄くなったとき、欧米社会は安堵と共に、一気に日本から立ち去ってゆきました。
 そして、その後の30年、日本は脅威ではなく、一つの興味深い文化圏を代表する国として、静かに社会に浸透し、アニメや伝統工芸などの広い分野で受け入れられるようになったのです。同時に「企業戦士」の遺物とも言える、自動車などに代表される日本の技術や商品も、責められる脅威がなくなったなかで、ごく日常的な商品として愛用されるようになりました。
 刃のなくなった日本は、その後、欧米社会の敵としての研究対象からは外され、日本人自身も当時の過剰なプライドによる肩をいからせた対応を捨て、少しずつ自然に欧米社会と付き合えるようになってきました。
 

コロナ禍で見直される日本人の「受け入れる」姿勢

 それから30年が経った今、世界はコロナ禍に揺れています。すでにコロナウイルスが世界を震撼させて2年が経過し、人類のほとんどはこの脅威と腰を据えて、時間をかけて付き合わなければならないことを実感し始めています。
 このコロナウイルスとどう付き合うかという課題ほど、世界各地の文化の違いを見せつけられたケースはないようです。
 アメリカでは、個人の価値観を尊重するなかで、マスクをつけるかつけないかということにまで議論が及び、お互いがお互いを受け入れられないことで、社会の分断がより鮮明になりました。ヨーロッパでも、政府の規制への反発からデモが起こり、為政者はそのさじ加減が自らの政権基盤にまで影響を与えかねないと、戦々恐々としているようです。
 
 それに対して、欧米社会から見た日本は対照的でした。
 政府の対応や、緊急時に柔軟に動かない硬直した組織などへの憤懣はあるものの、日本人はほぼ全ての人がマスクの着用を受け入れ、社会活動の制限が日々のビジネスに深刻な影響を与えることへの不安はあっても、組織の規模の大小を問わず、大方自粛を受け入れて、静かに耐えてゆきました。
 
 その時、スコット・ハース氏の『Why Be Happy?』が頭をよぎりました。それは、彼の言う日本人の「受け入れる」という行動様式が、日本人をコロナとより共存しやすくしたのではないかと思ったからです。
 バブル崩壊以来、日本文化に関する考察は忘れ去られていました。そのなかで、『Why Be Happy?』が世界各地での翻訳につながった背景は、おそらくコロナ社会で苦しむ人々に、日本人のものごとを受け入れるという発想がごく自然と参考になったからではないかと思うのです。
 そこで、『Why Be Happy?』を日本語翻訳し、『幸せってなんだろう?ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』というタイトルで出版してみました。これで彼の書籍は、日本を含む12か国で出版されたことになります。
 

異なる価値観も受容する柔軟性を育てること

 受容することは、人との和と共存を考えるときも大切な概念です。ただ、日本の場合、それが時には目に見えない集団圧力となったり、変化やチャレンジの芽を摘んでしまったりするマイナスの作用へとつながることも多くあります。企業では今でも組織が個人よりも優先され、ジェンダーや多様性への平等に向けた社会の変化を阻害しています。
 しかし反面、確かに起こったことを受け入れるという日本人の伝統的な受容力は、コロナなどの災禍においては社会をまとめ、災禍を受け入れながら対処してゆくために極めて大切な発想かもしれません。
 日本流の受容の精神のルーツは、日本人が長い歴史のなかで培ってきた宗教観や社会観と無縁ではありません。そして、この発想はすでに何度か指摘してきたように、その強い面と弱い面を併せ持つ、まさに「文化」というコインの両面を備えているわけです。
 
 一方、この「受け入れてゆく」という発想は、欧米人にとっては時間の無駄としか捉えられない一面もあります。実際、受け入れて耐えることは愚かなことだと彼らが思うことから、日本企業の海外での人材育成がうまくいかない事例も多くあります。
 それは、個人の発想や意思を優先させる文化と、集団の和を優先させる文化の違いに他なりません。双方の価値観の強い面が融和して、より有効的な相乗効果が出てくれば良いのですが。
 
 そのためにも、日本人は「受け入れること」の強い面をもう一度見直すこと。それと同時に、コインの裏側を注視し、そこにメスを入れて、より柔軟で変化に強い社会や企業文化を育成する必要があるのではないでしょうか。
 その柔軟な対応で、海外の価値観をも受容できれば、日本人の価値観もより広く受け入れられるようになるはずです。
 

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今回紹介した『Why Be Happy?』の著者であり、私の友人でもあるスコット・ハース氏に昨年実施したインタビュー動画は⇒こちらです。
コロナ禍のボストンについて語ってくれています。ぜひご覧ください。
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『幸せって何だろう?ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田 博 (訳)幸せって何だろう?ボクが日本人から学んだ「受け入れる」っていうこと』スコット・ハース (著)、沢田 博 (訳)
アメリカ人臨床心理学者が感じた個人主義の「幸福感」の限界。そして、日本的な調和の概念から見出した「幸せ」になる思考法。アメリカで出版され、世界11カ国で発売。ニューヨーク・タイムズ他、多数の有名紙で紹介され、話題を集めた書籍の翻訳版。
人間にとっての「幸せ」について、著者が属する西洋社会(個人主義)の問題点と、日本の集団的な調和の精神から見出した「学び」を綴る。集団への帰属に必要な「受け入れる」という日本人の価値観を起点に、様々な行動様式の背景にある日本人の「思い」や「知恵」について考察し、西洋社会にも取り入れるべき点を、実体験をもとに解説。日本人の価値観や抱く意識を丁寧に紐解きながら解説する本書は、日本人にも自らの文化を見つめ直す機会と新たな気づきを与えてくれる。

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