ブログ

ナンシー・ペロシがアジアにもたらした緊張の本音

I led a Congressional delegation to Taiwan to make crystal clear that America stands with the people of Taiwan – and all those committed to Democracy and human rights.

(議会を代表し、民主主義と人権を守るためにアメリカは台湾の人々と共にあると明快に表明した)
― ナンシー・ペロシ氏のTwitter より

ロシアとの経済関係を強化する中国の思惑と内情

 今、世界中で人々は知識と情報、その情報を処理するノウハウへの不平等に悩まされています。世界の指導者はそんな有権者の国内事情を操りながら、自らの生き残りをはかっているわけです。
 アメリカの下院議長であるナンシー・ペロシ氏のアジア歴訪は、その中で様々な波紋を呼びました。いったい彼女の歴訪がなぜ中国と台湾を核に、東アジアに、そして米中関係にマイナスの影響をもたらしたのか、ここで関係国それぞれの国内事情を考えながら分析してみたいと思います。
 
 先週末のこと、高騰を続けていた木材の価格が少し落ち着いてきたという情報が入りました。背景には中国とロシアとの水面化での経済協力がより強化されつつある現実が見え隠れします。
 ウクライナ侵攻以来、欧米との関係の劣化により、世界各国は物資不足に翻弄されています。日本でもロシアからの輸入物資の不足で様々な価格が上がりました。木材も例外ではありません。
 
 一方で、正直なところ、ロシアは貧しい国です。国民一人当たりの国民所得も欧米先進国に比べればかなり低く、ロシア国民の大多数は質素な生活に慣れています。都市部を除いて、地方に行けばなおさらです。そんなロシア国民が、自らが望む生活水準を維持することは、それほど大きな課題ではないのです。したがって、そんな国民の最低限の満足を担保するために、海外からの経済制裁による経済の低迷を補うために、ロシアは急速に中国に接近したのです。このことによって、ロシア政府は国民の不満と鬱積をナショナリズムへと転化して、ウクライナへの攻撃に一層注力できるようになったのです。
 
 そこで気になるのが中国の事情です。今、中国の政権は厳しい緊張下にあることを知っておくべきです。
 盤石と思われた習近平の権力構造の土台がぐらついています。中国のメディアが静かなときは、権力の中で何かが起きているという方程式があります。ここのところ、そうした現象が時折起きていたことは、すでに解説しました。香港を中国化したときに起きた想像以上の抵抗、デジタル戦争でのアメリカの思わぬ強硬姿勢、さらにゼロコロナ政策による予想以上の経済への打撃の中で、習近平氏が「裸の王様」となりつつあるのではという憶測があるのです。そんな彼が10月の全人代で権力を維持するには、強い中国をアピールし、より一層ナショナリズムを煽る必要があるのです。
 
 一方、彼と共に権力の中枢に近づき、実務者として台頭した王毅外相は、周恩来の血をひく人物だとして、この権力闘争での舵取りに懸命だったはずです。知日派で日本語ができ、日本にも人脈を持つ彼は、中国にとって、東アジア外交の最も有能なアドバイザーであるとも言えるはずです。その王毅外相が習近平政権の権力維持のために、日本の外相との会談を突然キャンセルするなどのパフォーマンスに出た背景は、ひとえに中国の断固とした姿勢を内外にアピールし、今後政権に何が起ころうと内政での自らの立場をしっかりと維持することにあったのでしょう。
 
 そして、ロシアとの経済関係を極秘に強化することによって、ロシアの資源を、中国を迂回して日本などに供給することは、経済問題の克服を目指す彼らにとっても極めて美味しい戦略です。材木価格が微妙に変化したのは、そうした背景によるものでしょう。ですから、中国には今こそナショナリズムの高揚が必要なのです。ナンシー・ペロシ氏の台湾訪問は、そんな中国にとって絶好の機会となりました。
 

ペロシ氏を迎え入れた台湾と送り出したアメリカ

 では、台湾に目を向けましょう。民主主義を守る最前線として自国を位置付けることで、台湾は自らの生き残りに取り組んでいます。
 先週、台湾政府に極めて近い人物と東京のホテルで話をしました。彼によると、蔡英文総統の台湾での地位も、習近平氏のように大きく揺らいでいるというのです。政権内でのスキャンダルへの曖昧な処理に対する批判と、コロナ対策の出遅れに対する国民の不満が政権に向かっているのです。特に、一時話題になった日本からのアストラゼネカの供与が、実際には日本で問題が指摘されたワクチンであることなどが公になり、批判を浴びたこともありました。蔡英文政権は、華やかな外交とは裏腹に国内に火種を抱えているのです。
 
 もしこのような状況が続いた場合、彼女のライバルでもあり副総統でもある頼清徳氏へのバトンタッチが2年後に行われるか、予想できない新たなライバルに敗戦してしまうのではないかとも噂されています。であれば、蔡英文総統としては、中国が進める「一つの中国」政策のもとで、外交的に孤立しつつある台湾の危機感を払拭できる、大きなイベントが欲しかったはずです。したがって、ペロシ氏の訪台は願ったり叶ったりのチャンスで、蔡英文総統にとっては、このことで中国との関係が緊張しても、実際の侵攻さえなければよしという判断をしたに違いありません。
 
 ここでアメリカです。アメリカのバイデン政権は、民主党がロシアのウクライナ侵攻後のインフレに対応できないことなど多くの国内問題を抱え、支持率の低迷に悩んでいます。ですからバイデン政権は、できるだけ国内の経済問題を解決したいのですが、ナンシー・ペロシ氏が同じ民主党の重鎮であることから、彼女の動きを強く牽制できないという事情もありました。
 
 今、それでなくても中間選挙に向けて共和党、中でもトランプ氏による右派グループの強い攻勢にさらされている状況で、民主党内の分断だけは避けたかったはずです。中間選挙までは外交はウクライナ問題のみに集中し、極東での緊張は回避したいと思っていたにもかかわらず、ペロシ氏の訪台を止められなかったのです。しかも、アメリカの政界には民主党と共和党双方に対中国強硬派がいて、台湾への強い支持を表明している有力者が多いのです。こうしたパワーゲームのなかで、ホワイトハウスはしぶしぶペロシ氏の訪台を黙認し、しかしながら内外に向けてはそれを支持するというメッセージを送らざるを得なかったのでしょう。苦渋の対応というわけです。
 
 以上の背景を利用して、中国はロシアに接近する好材料を得て、さらに堂々と台湾周辺での緊張を煽ることで、全人代に向けて揺れる習近平政権の補強ができるようになったわけです。ただ、理性的に見れば、中国には振り上げた拳を上手に下ろして、内外ともに満足のいく結果を引き出す必要があります。また、装備面で遅れの目立つ軍事力を自覚しているだけに、台湾側も状況がさらに緊張することは望んでいません。もちろんアメリカにとっても、ウクライナと台湾の双方が戦火にさらされることは悪夢です。そうした中で、ロシアはといえば、極東での緊張はありがたい限りだったはずです。
 
 以上が、ナンシー・ペロシ氏のアジア訪問をめぐる世界の事情です。そして、この状況で気になるのは、全人代を意識する中国と中間選挙を意識するアメリカ、両国の今後の対応です。双方とも指導者は処理しきれない課題を抱えているのです。
 

政治家の煽動に揺らがない世論を形成するために

 こうした状況がゆえに、冒頭に解説した情報を制御しきれない国民からいかに支持を得るかという課題に、大国の指導者は、今まで以上に取り組まなければなりません。
 メッセージを単純化してナショナリズムを煽ることで、その課題を乗り越えようとする従来の手法に国民が踊らされたとき、ロシアはますますウクライナで血を流し、中国はそんなロシアとも秘密裏に手を組みながら、国際社会での緊張を煽るでしょう。また、アメリカもそうしたパワーゲームの裏側を読み取れない有権者によって、世論が右傾化したままに2024年の大統領選挙を迎えれば、世界は新たな緊張の渦のなかに巻き込まれてゆくはずです。
 
 歴史的に見ても、世論は、世界が危機に瀕したときにより国内に目が向くようになり、右傾化することで、さらに国際的な緊張が煽られるという悪循環を生み出しがちです。この悪循環を正すには、メディアなどの冷静な報道と、情報共有、中立な教育活動の促進が欠かせないはずです。とはいえ、そうした要素を自らの政治的なメリットから見て、煩わしく思う政治家が増えているのもまた現実なのです。
 

* * *

『音読JAPAN[改訂版] 英語でニッポンを語ろう!』浦島 久 (著)音読JAPAN[改訂版] 英語でニッポンを語ろう!』浦島 久 (著)
「日本について話す表現力」と「自分の意見を発信する力」を同時に鍛える音読トレーニング!
そのまま会話に使える”現代の日本社会”をテーマに集めた、バラエティに富んだ35のトピックで行う音読学習書。ただ英文をうまく読むための音読ではなく、「英語で自分の意見を言えるようになる」ことを目指した学習ステップで構成されています。
実践的な英語力が身に付き、さらに日本の文化や社会についてのさまざまな知識が英語で楽しく学べる本書は、受験や各種英語試験のスピーキング対策にもオススメです。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP