タグ別アーカイブ: 移民

ビジネスの未来のためにも求められるco-existenceという概念

“Nobody in Europe will be abandoned. Nobody in Europe will be excluded. Europe only succeeds if we work together… Germany wants peaceful co-existence of Muslims and members of other religions.”

(ヨーロッパの誰も見捨てられず、排除されない。ヨーロッパの試みは多くの人が一つになるときに、成功するのだ。そしてドイツはイスラム教徒と他の宗教のメンバーとの共存を望んでいる)
Angela Merkelのスピーチより

“interactive”な市場から取り残される日本

今、ビジネスはグローバル化されていると誰もがいいます。
実は、ビジネスもグローバルとローカルとに二分され、そこに明らかにギャップや格差が生まれています。
ただ、これからのビジネスでは、何を行うにしろ、AIやInternet、MaaS (Mobility as a Service)といった未来型のネットワークがなければ、市場から取り残されてゆくことだけは確実でしょう。例えば細かいことですが、いまだに日本の鉄道の中ではクレジットカードが使えない駅が多く、実は新幹線でも車内で切符を変更してもらうときなどは、キャッシュだけの応対です。オンラインどころではありません。これを海外の状況と比較すると、将来の日本に強烈な不安を覚えます。
 
海外でのサービスはますますinteractive、すなわち双方向になろうとしています。ユーザーとサプライヤーが双方のニーズを交換し、サービスのネットワークを広げるのです。例えば、ネットで航空機を予約すれば、それに連結した鉄道やホテル、さらには現地のレストランでの夕食の予約や機内食の好みまで、様々なサービスが受けられるように、国際間でネットワークすることがMaaSの目指すところです。そこには、Uberやそれに類するタクシーやバスなどのサービスも含まれます。もしかすると、長距離を移動してきたビジネストラベラーが、空港に到着すれば、そこに自動運転のタクシーやカーシェアリングサービスが待機していて、それを利用すれば、そこに注文していたサンドイッチとコーヒーがあり、それを楽しみながらホテルへ、ということも近未来にはあり得るのです。
 
日本の弱点は、実は中国と似ています。それは、日本は島国で物理的に他国と閉ざされ、さらに隣国とも良好な関係が築けないのです。ですから、ヨーロッパなどのインタラクティブなサービスへの発想に限界が生まれ、しかもその限界をよしとする行政の規制が根強いのです。中国は、大陸国家ですが、民主化を恐れ、国が海外からの情報とそのインタラクティブな流通を極度に規制しているという課題があります。ですから、現在中国国内がいかに電子化され便利になっていても、海外からの知恵を自由な発言と共に取り入れない限り、いずれ技術力にも中国ならではのガラパゴス現象がおきるはずです。
日本も中国も、双方にこうしたジレンマを抱えながら未来を見据えているのです。

“co-existence”を揺るがす”identity crisis”

現在の市場社会で、世界の動きに対応するためには、人々の知恵の共有とネットワーク、そして知識そのものの流通に注目しなければなりません。サービスの必要なところに、世界中から知恵や人材が集まり、ニーズのあるところに、世界中からビジネスのオファーがあるような社会造りが必要なのです。それには、日本でもある程度の移民の受け入れと、出入国、さらには就労に関する自由化が不可欠です。
 
この課題に古くから取り組んできたのがヨーロッパです。ここに紹介したドイツの指導者メルケルの言葉はその背景を象徴しています。
ヨーロッパやアメリカでよく話題になる概念に、ここで彼女が語ったco-existenceという言葉があります。それを直訳すれば「共存」となります。
今、世界ではこのco-existenceが大きなテーマになっています。つまり、移民や異なるジェネレーション、さらには同じ民族であっても異なる価値観を持った人と、いかに共同して社会を形成してゆくか、ということがそのテーマになります。
 
ヨーロッパやアメリカの場合、この課題が社会を揺るがしています。
例えば、ロンドンの例をみるならば、そこには多くのイスラム教徒の移民がいます。彼らは伝統的なイギリスの生活習慣とは全く異なった毎日を送っています。日本では「郷にいれば郷に従え」という言葉がありますが、そこに宗教が絡むとそう簡単にはいきません。
例えば、学校での給食を考えても、食べられるものに大きな違いがあります。祈りの時間も考えなければなりません。さらに、断食月といわれるラマダンの期間は、日の出から日没まで食事ができません。女性の地位に関する常識も、時には大きく異なります。
こうしたことは、別にイスラム教徒に限ったことではありません。ベジタリアンとして生きている人は、レストランでの食事のメニューのみならず、そこで使用されている目に見えない材料にも気を配ります。レストラン側でも、こうしたベジタリアンや様々な宗教のニーズにあったサービスが求められます。それは、ちょうどアレルギーのある人が、その素材に対して気をつかうことと同じです。
 
こうした、風俗習慣の異なる人が共存するときに起こりがちなことが、そこに元々住んでいた人々を見舞うidentity crisisアイデンティテイ・クライシスです。
自らの伝統的生活文化が蝕まれてゆくような危機感に苛まれるのです。それは、そこに新たに移住して来た人々にとっても同様です。その典型的な事例がアメリカにあります。
アメリカは、最初に大量に移住してきたプロテスタント系の白人が社会規範を作りました。後発の移民達は、宗教的な儀式や風習は維持できても、ビジネス文化や社会常識においてプロテスタント系のアメリカ人の作り上げた常識に従って生活をしてゆかざるを得なかったのです。
しかし、移民がより多様になった現在、従来の風習や常識そのものが変化を強いられています。こうしたことへの不安や苛立ちが、社会に新旧双方のグループに排他的な意識を育むのです。ヨーロッパやアメリカでおきるテロ事件の多くが、海外から送られてきた犯人によるものではなく、自国に育ち教育を受けた移民グループや伝統的な価値に固執する人々によって起こされていることに注目するべきなのです。

日本に求められる”cultural awareness”

こうしたidentity crisisの軋轢を乗り越えて「共存」を模索するときに使われるのがco-existenceという言葉なのです。co-existenceの基本はdifference、つまり人との相違を肯定すること。そしてcultural awarenessという概念を常に意識することになります。cultural awarenessとは、他の文化への受容性と寛容性を抱くことを意味します。
 
日本の場合、社会においてまずグループでの発想が優先される傾向にあるために、difference という言葉はともすればネガティブな意味で捉えられます。
「彼は変わっている」といえば、それはその人に対する批判と捉えられます。しかし、co-existenceという課題と取り組んできた欧米ではdifference は良いことだという意識が主流です。その土台の上に、cultural awarenessというアプローチが存在するのです。
 
こうした事例をみるにつけ、移民や異文化摩擦へ柔軟に対応する方途の模索が、今後の日本の競争力を担う上でも求められていることがわかります。ここに記したco-existence, difference, cultural awareness, そしてdiversityについて考えることが、世界の知恵を流通させ、日本の中にもそれを導入し、応用し、創造的な技術を芽生えさせる社会的な知恵を育む原点になるのです。
島国国家日本が、精神的な島国から脱出せざるを得ない現在、こうした海外の動きや現実を直視することが強く求められているのです。
 

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外国人とビジネスをするためのテクニックを学ぶなら

『異文化摩擦を解消する英語ビジネスコミュニケーション術』山久瀬洋二異文化摩擦を解消する
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山久瀬洋二、アンセル・シンプソン (共著)
IBCパブリッシング刊
*山久瀬洋二の「英語コミュニケーション講座」の原稿は本書からまとめています。文法や発音よりも大切な、相手の心をつかむコミュニケーション法を伝授! アメリカ人のこころを動かす殺し文句32付き!

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アメリカの中間選挙にも影響を与えるアイルランドの動向とは

Irish Timesで取り上げられているPro Choice運動勝利の瞬間(Irish Timesインターネット版より)

“Ireland Votes to End Abortion Ban in Rebuke to Catholic Church”

(アイルランドはカトリック教会を非難。中絶の権利を国民投票で認める)
New York Timesより

ニューヨークは今メモリアルデイ Memorial Day の連休 long weekend で、多くの人が街を離れています。
そんな郊外に向かう渋滞を整理する警察官の多くはアイルランド系です。彼らの祖先は、19世紀中盤以降、本国の飢饉や貧困に追われて海を渡ってきた人々でした。彼らはほとんどがカトリックで、元々プロテスタント系の人々の多いアメリカでは社会の底辺で、一時は差別に苦しみました。
現在アメリカにはアイルランド系の移民が3600万人も生活しています。そのため、多くのアメリカ人がアイルランドの動向には敏感です。
 
アイルランドは、長い間隣国イギリスの植民地でした。
その後、過酷な独立運動の過程を経て、1931年に主権を回復します。
現在のアイルランドの人口は459万人。ということは、アメリカに住むアイルランド系の人口の方が、本国の総人口よりもはるかに多いということになるのです。面白い事実です。
 
そんなアイルランドで2017年5月に首相に就任したのが、レオ・バラッカー Leo Valadkar でした。
彼は、首相に選出される前に、自らがゲイであることを公表していました。
彼の父親は、インドからイギリスに移住してきた移民で、イギリスでアイルランド人の母親と結婚しました。バラッカーは幼い頃は両親の合意の元、カトリックとして育てられたといいます。
 
移民、そして国際結婚という背景を持つバラッカーが首相となったアイルランド。その社会の変化に多くの人が注目しました。
アイルランドは元々カトリック教会の影響の強い保守的な国家でした。そしてイギリスからの独立の経緯からみても、民族意識の強い国だったのです。そんなカトリック教会は、今でも同性愛や妊娠中絶に対して否定的です。
従って、バラッカーの首相就任はアイルランドのみならず、カトリック界全体の注目するところとなったのです。
 
そんなアイルランドで先日、妊娠中絶を違法とする憲法改正の是非を問う国民投票が実施されました。もちろん、カトリック教会はこの国民投票にも激しく反発。多くの人がその経緯を見守りました。
結果は、中絶を合法とする人々が勝利。
 
中絶容認を求める運動は、Pro Choice movement と呼ばれています。
欧米では、中絶は女性が出産という自らの運命を決める自由を保証する権利として、常にその是非が問われてきたのです。しかし、アイルランドでは、カトリックの信条からみて、中絶は胎児への殺人行為であるという見解が支持されてきたのです。
 
このアイルランドの変化はアメリカにも大きな衝撃を与えました。
ニューヨークの主要メディアは、昨日からその結果を大きく報道。北朝鮮とアメリカとの首脳会談の行方よりも、アメリカ人には注目されたニュースとなりました。
 
それには背景があります。
まずは、この結果がトランプ政権にもダメージとなるからです。
トランプ政権が成立し、アメリカをはじめ世界中が右傾化の潮流にさらされました。その中で、フランスやオランダなどで極右政権が成立するのでは、と危惧されます。しかし、選挙の結果はリベラル派がことごとく勝利。そしてアイルランドでも、中道左派を進む39歳という若手のレオ・バラッカーが首相となったのです。少なくともヨーロッパでは、トランプ政権に異論を唱える国家が増えていることになります。
そして、トランプ政権はカトリックではないものの、プロテスタント系保守派を支持母体としています。彼らの中でも特に保守色の強い人々がPro Choiceへ異議を唱えているのです。トランプ大統領は彼らに支えられているわけで、アメリカでのPro Choice movementにも懐疑的です。
 
アイルランドでは、同性の結婚も合法化されています。そして、今回憲法までも変えて中絶を合法化したことは、世界中の注目する大きな変化だったというわけです。
 
こうした欧米の動きが今秋のアメリカでの中間選挙にどのような影響を与えるかは未知数です。しかし、極端な保守化への警戒の波が逆流となって、欧米の政界を揺るがしていることは動かせない事実です。
トランプ大統領としては、華やかな外交舞台で北朝鮮との会談を成功させ、追い風となっているアメリカの好景気を自らの政策の勝利として強調することで、支持率を固めてゆきたいところです。
 
とはいえ、伝統的にアメリカに友好的なアイルランドで、トランプ政権に対しても批判的だったバラッカー首相の主張が国民投票で追認されたことは、アメリカの世論にも少なからぬ影響を与えることは間違いないのではないでしょうか。
 

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アメリカ人と文化の壁を超えてビジネスをするために!

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日本の未知の体験、「拡大から縮小」とは

19世紀末、アメリカに移動する移民たち

Rather than rely on battleships and the mettle of the Imperial Army for their expansion, they could build their commerce on mechanisms forged largely by the Anglo American –jets, modern telecommunications and open financial markets—to explore an ever-wider sphere of activities and countries.

軍艦や陸軍の強靭な意識に依存することなく、ほとんど欧米が開発した航空機や電信システム、自由経済市場によって彼らは自らの商圏を今までなく広範に地球上の様々な国々に拡大することができた。
(Joel Kotkin著 Tribesより)

Diasporaという言葉があります。
これは、世界に拡散移住したユダヤ系の人々を指し、民族の離散、移住を意味した宗教的な用語です。Diasporaはユダヤ系の人々のような経験のない日本人には最も縁のない用語といえます。
 
とはいえ、日本人が海外に移住拡散した経験がないわけではありません。
実際、戦前には多くの日本人がアジア各地に、アメリカなどに移住しました。
そして、第二次世界大戦の終了と共に、海外の植民地に在住していた500万人の人々が日本に戻ってきました。中には旧満州でロシア軍の侵攻にさらされ、家族や同胞を失いながら命がけの帰国を経験した人々も多くいました。
 
もちろん、すべての人が帰国したわけではありません。
例えば、アメリカに移住した日系人の人々は、戦争がはじまるとアメリカの収容所に収監されたものの、戦後はそのままアメリカに残り、アメリカ人として生活を続けました。彼らは、まさに日本人のDiasporaです。
戦後も一部の日本人は南米などに移住し、未来にチャレンジしたことはありました。しかし、500万人が日本に帰国したのを最後に、現在まで大規模な海外移住の波を日本人が経験したことはありません。
 

アメリカ人は皆、Diasporaの子孫たち

 
このヘッドラインの文章を書いた著者は、この著書で1925年の日本の状況に触れています。それによると、当時の日本の人口密度はドイツやイタリアのおよそ3倍以上だったようです。この過密な状況が生み出す経済的困難に押し出されるように、多くの日本人移民が海外に流出したのです。
当時、ニューギニアボルネオといった太平洋西岸の島の主権を日本に渡すことで、日本の軍事的な膨張の原因となっていた過密な人口問題を解決するべきだ、といったオックスフォード大学の学者がいたほどなのです。それは、増加する日本や中国からの移民に、アメリカなどで社会的反発や差別がおき、移民の流入への規制が進められていた最中の提案でした。ひどい話です。
そして、こうした状況に押されるように、日本は中国に進出し、権益を拡大しようとしたことが、第二次世界大戦の引き金となったのは周知のことです。
 
戦後、日本はアメリカを軸とした戦勝国の管理下におかれ、自由経済の枠組みの中で活動するように位置づけられました。戦前のような膨大な軍事的負担もなくなり、日本は自由経済のプールの中でうまく泳ぐことによって奇跡的な復興をなしとげたのです。
その段階で、戦前よりも多くの日本人が海外に渡航するようになりました。その傾向は現在も変わっていません。しかし、それは移住ではなく、あくまでも渡航だったのです。軍事的野心を放棄させられ、戦前とは真逆な方法で経済的に成功した日本は、国内にコアを維持し、海外に支店や工場を拡張することで、世界へと平和に進出できたのです。
興味深いことに、その結果日本企業は常に日本に本社をおき、本社の中枢は全て日本人が管理運営することで、そのネットワークを維持してきました。戦前は軍事的な拡張のニーズによって、日本人の海外移住が促進されました。しかし、戦後は経済的なニーズのみによって、日本人は本社と海外の支社とを振り子のように行き来するだけでよくなったというわけです。
 
ただ、このことで、島国に閉じ込められた日本人は、海外と日本とを区別し、日本と海外との溶解を拒絶して生きてゆくことに馴染んでしまいました。例えば、数百年にわたって海外に進出してきたイギリスの場合、自国の伝統を維持しながらも、海外からの移民も増加し、それにともない国民の意識も大きく変化しました。今回ヘンリー王子結婚相手は、アフリカ系の血を引くアメリカ人です。こうしたことが日本の皇室に起こり得るかを考えてみれば、日本がいかに日本人という血にこだわっているかが見えてきます。
実際、日本企業のトップに外国籍の企業家が就任することも、買収などによって資本関係に変化がない限り、稀にしかありえません。
このことが、戦後の拡大した日本経済が、IT革命による新たなグローバル化の波に対応できず、その後の失速の原因になったのだと、多くの人が指摘します。
 

今後、日本はDiasporaをどう捉えるか

 
そして今、日本は人口の老齢化と少子化に悩まされています。
日本の人口が減少し、それに伴い国力も衰えてゆくのではないかと多くの人が懸念しています。人口の減少によって、豊かになった経済インフラを支えるだけの人材を維持できなくなるのです。
アジアに進出した戦前と、過密な人口を経済的な膨張で支えてきた戦後。この二つの時代では経験できなかった現実に日本がさらされているというわけです。
 
人口の逆ピラミッド化と人口そのものの減少、という未来の試練を乗り越えるには、日本という島の中と、海外という島の外との壁を取り払っていかなければなりません。教育制度、社会保障制度、そして移民政策などの変革を通して、日本社会は変化を余儀なくされています。
そして、拡大から縮小に向かう日本人がDiasporaとなり、海外からのDiasporaとの溶解を進めてゆく現実が、近未来に迫っているのかもしれないのです。

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「海外で○○してみたい!」を実現するために

『国際自由人:人生の主役に立ち戻るための新しい生き方』藤村正憲 (著)国際自由人:人生の主役に立ち戻るための新しい生き方』藤村正憲 (著)
世界に目覚めよう。そのとき、すべてが始まる。国境を越えて、自分らしい人生をデザインする「国際自由人」になろう!
国際自由人・藤村正憲氏が、あなたの世界を広げる1冊です。「海外で働く」「海外で起業する」「海外投資」「留学」「海外での引退生活」「海外ボランティア活動」など、それぞれのライフスタイルに合わせて、海外を活用し、チャンスを掴むための具体的な方法を指南します。

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アジアからみる「Cultural Synergy」とは

Cultural differences provide opportunities for both synergy and dissynergy. The more the cultural styles of the companies differ, the grater the potential of cultural synergy, and the grater the potential for cultural conflict.”

異文化環境ではシナジー効果とその逆のリスクとが共存する。組織での文化が異なれば、その分相乗効果を生み出すケースも極めて大きくなるものの、一方で文化の違いによる衝突の危険も大きくなるというわけだ。
(Wendy Hall 著 Managing Culturesより)

20世紀終盤ごろから、IT革命の浸透によって世界はみるみる小さくなりました。それと同時にグローバライゼーション globalization という言葉が日常のように使われはじめたことは、記憶に新しいはずです。
では、そもそもグローバル化とはどのようなものなのでしょうか。
多くの人が勘違いしていることは、この globalization の波がIT革命の震源地だったアメリカからおこり、アメリカ型のビジネスの方法、コミュニケーションのノウハウが世界に浸透していったと思っていることです。
 
確かに、シリコンバレーなどではじまった新しい技術革新は世界を変えてゆきました。それが単に技術だけではなく、人々の常識や行動規範そのものにも影響を与えたことは事実でした。
そして、技術革新をより可能にするために、人材への投資や人材育成のノウハウがそうした企業の中で培われ、世界に輸出されたことも確かです。
 
しかし、アメリカ社会は、その当時アジアからの精神文化の影響を大きく受けていたことを忘れてはなりません。70年代後半以降、急激に増加したアジアからの移民が特に西海岸や東海岸の都市部のライフスタイルを大きく変えていったのです。当時のアメリカはベトナム戦争で躓き、その後の都市の荒廃といった社会問題の出口を見出せずにもがいていました。そのことで人々の中に、既存の欧米流価値観への信頼と自信への喪失感が蔓延していたのです。そこに浸透してきたアジアからの文化は彼らにとっては新鮮な驚きでした。特に仏教をはじめとする東洋哲学が一様に説くマテリアリズムへの鋭い批判に、彼らは大きな影響を受けたのです。
その結果、都市部で New Age と呼ばれる、既存の価値から離れ、瞑想や自然への回帰などを求めるライフスタイルが流行します。
これがアメリカにとってのグローバライゼーションのはじまりだったのです。
その世代の多くが高度成長を遂げた日本や、神秘的な宗教が混沌の中に共存するインドなどにわたり、アジアとの架け橋になってゆきました。
また、その世代がその後IT革命の第一世代へと進化していったことも忘れてはなりません。スティーブ・ジョブズなどはそれを代表する人物でした。
そして迎えたIT革命。それを担った人々の多くがアジアからの移民やその二世でした。彼らは、高度な教育を受けた技術者としてアメリカのIT産業を支えたのです。
このように、アメリカはアジアからの移民によって社会が変化しました。そして、アジアからの移民はアメリカの社会の仕組や価値観を吸収しながら、より高度なライフスタイルに挑戦します。それがIT革命の精神的なバックボーン backbone になったのです。アメリカのみでも、アジアのみでも起こりえないグローバライゼーションの発熱効果がこうして産み出され、世界に影響を与えたのです。
 
Synergy という言葉があります。これは、異なる薬を調合し、より効果のある薬品ができあがることを意味した言葉でした。この Synergy 効果を文化の融合の中に見出そうとしたのが、Cultural Synergy という発想です。
シリコンバレーでおきたように、世界中から人々が集まり、異なる発想法を融合させることでより高度な技術やノウハウを産み出そうという動きがその発想の原点だったのです。グローバライゼーションはこの Cultural Synergy への発想を抜きにしては語れないのです。
 
つまり、グローバル化はアメリカ化でも、欧米化でもないのです。70年代以降、それまで長年にわたって続いていた欧米からアジアへ向けた文化の流れが弱くなり、暗黒の植民地時代を克服したアジアからの新たな文化の輸出がはじまりました。その流れが欧米に影響を与え、Cultural Synergy という化学変化を起こしたことが、現在のグローバライゼーションのエネルギー源となったのです。
 
異文化環境で Synergy を生み出すには工夫が必要です。片方の価値観のみでは、それを押し付けられる側に抵抗を生み出します。それでも強引に変革を強要すれば、受け手の組織はいびつに変質します。
日本企業も含む、多くの世界企業が、それを克服できず、Synergy を生み出せずに苦しんでいます。
我々が今さらに考えたいのは、今後アジアの価値をIT社会、AIの社会の中でさらにどのように活用し、還元することで、次世代に向けた Synergy を創造できるのかということなのです。
 

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外国人とビジネスをするためのテクニックを学ぶなら

『異文化摩擦を解消する英語ビジネスコミュニケーション術』山久瀬洋二異文化摩擦を解消する
英語ビジネスコミュニケーション術

山久瀬洋二、アンセル・シンプソン (共著)
IBCパブリッシング刊
*山久瀬洋二の「英語コミュニケーション講座」の原稿は本書からまとめています。文法や発音よりも大切な、相手の心をつかむコミュニケーション法を伝授! アメリカ人のこころを動かす殺し文句32付き!

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アメリカの移民社会を象徴する「テヘランジェルス」

“Iranian Americans or Persian American are among the highest educated people in the United States.”

(イラン系、あるいはペルシャ系アメリカ人はアメリカ合衆国の中でも最も教育レベルの高い人々である)
(Wikipediaより)

 
ロサンゼルスにシャリフとキャシーというカップルがいます。
シャリフは中東のレバノンにルーツを持つ名家の末裔で、彼の父親はイラクで生活していました。一方、キャシーはイランにルーツがあり、父親は以前イランを支配していたパーレビ国王の支持者でした。
 
二人の両親は共に祖国の政変によって投獄され、過酷な人生をおくりました。
「私はイラン人というよりペルシャ人なの。何世紀にもわたってイランで生活してきたペルシャの人々。そう我々は意識して、今のイランと自分とを分けているわけ。カリフォルニアには、そういったアイデンティティ(identity)を持つ人が多くいるのよ」キャシーはよくこのようにいいます。
 
イランは中東の大国です。そして、もともと王国でした。
国王であったパーレビは、アメリカとも良好な関係を維持しながら、西欧化を進めていました。
当時は冷戦の最中。ベトナム戦争につまずいたアメリカが、その間隙を縫うように中東に爪を伸ばしてきたソ連の動きを警戒していた頃のことでした。
伝統的にインドと友好関係を維持してきたソ連は、まず政治的な混乱に乗じてアフガニスタンに侵攻し、インドの西側、つまり中東の東端を抑えます。
 
そしてイランはアフガニスタンと国境を接しています。
当時イランには西欧化に反発する保守的なイスラム教徒が多くいました。彼らには急激な西欧化による貧富の差などの怨嗟もありました。そうした人々が立ち上がり、1979年に革命を起こし、親米政権であったパーレビ国王を国外に追放したのです。革命の暴徒はアメリカ大使館を占拠し、アメリカに対する強い憎悪を剥き出しにします。イランは西欧化途上の国家から、保守的なシーア派のイスラム教国へと変身したのです。
これはアメリカにとっては不幸なことでした。当時、アメリカはベトナム戦争の後の世論の揺れ戻しの中で、リベラルなカーター大統領が政権を担っていたのです。イラン革命はそんなカーター大統領の穏健な外交政策に大きな打撃を与えたのです。
 
硬化したアメリカの世論によって、アメリカに再びレーガン大統領による保守政権が誕生します。
レーガン政権は、イランに対抗するためにイランの西にあり、スンナ派サダム・フセイン政権に接近します。フセイン政権はシーア派のイスラム教徒への弾圧も進め、イランと緊張関係にあったのです。アメリカはさっそくイラクに援助を行います。その結果1980年にイラクとイランは戦闘状態になり、多くの血が流されたのです。ところが、その後サダム・フセインが増長し、アメリカが支援していたクエートを自国の一部と主張して侵攻したことが、その後のイラクとアメリカとの確執の原因になったのです。
 
一方、アフガニスタンを占領したソ連は、現地のイスラム教徒の抵抗にあい、泥沼の内戦になやまされます。最終的にソ連はアフガニスタンから撤退し、アフガニスタンにはソ連とアメリカ双方に強く反発するイスラム教過激派が支持するタリバン政権が生まれたのです。
アメリカは、イラクとイランの双方との関係を失い、アフガニスタンにまで影響力を喪失したことになります。
ところが、アフガン侵攻などの失敗もあってソ連も経済的に瓦解し、国家自体が崩壊したのです。その結果冷戦体制が終焉します。これはアメリカにとってはありがたいことでした。
冷戦崩壊後10年少々でアメリカは、タリバン政権が温存していたアルカイダが起こした同時多発テロ事件を契機に反タリバン勢力支援し、アフガニスタンを抑え、イラクにも侵攻し、サダム・フセイン政権を崩壊させたのです。
 
ロサンゼルスの西、太平洋に面したサンタモニカに向かうと、途中にウエストウッド Westwood という街があります。すぐ横は有名なビバリーヒルズです。
この一帯はペルシャ人街で、通称:テヘランジェルス Tehrangeles と呼ばれています。ここにはイラン系のみならず、中東系のレストランなどが並ぶ地域です。彼らの多くが、今回解説した70年代以降中東を見舞った混乱によってアメリカに移住してきた移民たちなのです。
 
「私たちはパーレビ氏(革命で亡命したパーレビ国王の息子)がイランに戻り、宗教と政治とを分離した民主的な国家を作ってくれることを祈っているの。まだ時間はかかるかもしれないけど」
キャシーの娘は今ドイツでAIの技術者として活躍しています。そして、彼女のボーイフレンドであるシャリフは、アメリカに移住してきたあと、アメリカへの留学生のための保険を扱う仕事で成功し、ロサンゼルスで裕福な生活をしています。彼は、イラクで民主化運動をしていたということでサダム・フセイン政権によって8年間も投獄されていた父親をアメリカに引き取り、その最期をみとりました。
 
アメリカには、複雑な国際関係によって祖国を失った人々が多く生活しています。アメリカは国際政治の舞台では超大国として利権を維持しようとしながら、一方でその結果流入してきた移民の才能を活かし、活躍の場を与えてきました。その結果成長したのが、シリコンバレーなどのハイテク産業でもあることを忘れてはなりません。
 

今、トランプ政権はこうした移民を制限しようとしています。しかし、海外からの移民をステレオタイプ(stereotype)によって一つの色に塗り替えてゆくことは、単純に誤った知識によって社会を硬直化させる結果しか生み出さないことが、このエピソードからもわかってくるのです。

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アメリカ人と文化の壁を超えてビジネスをするために!

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