ブログ

「先進国」が加害者となる人身売買の実態

The Government of Japan does not fully meet the minimum standards for the elimination of trafficking but is making significant efforts to do so.

(日本国政府は人身売買を廃絶するために必要な最低限の基準に沿った対応をしているわけではないものの、廃絶に向けた多大な努力をしていることは事実である)
― アメリカ国務省のレポート より

日本社会の「暗部」を目にしたあるフィリピン女性の話

 あるフィリピンの女性の話です。
 彼女は公務員の家に生まれました。そこはマニラから飛行機で40分ほどの島にある小さな町で、彼女はそこの郵便局の所長をしていた父親の娘です。父親は堅実な人でした。わずかな収入をしっかりと貯蓄して、一家を支えました。
 
 しかし、彼は引退すると、友人とのビジネスに手を出したのです。公務員がビジネスをするとよく失敗すると言われます。こと公務員に限らず、大きな会社や組織に勤めていた人は、本当のお金の怖さがわかりません。自分が大きな組織にいた頃には頭を下げてネットワークをしてきた人が、どれだけ社会に揉まれているのかいないのか実感できません。
 ですから、自分には経験とネットワークがあると思い、仕事を始めても自己資金はあっという間に底をつきます。まだ、借金がなかっただけ幸運でした。そして、父親の妻は苦労をあまり知らない人でした。ですから夫がお金を使えなくなった途端に不満が爆発します。二人の間には6人の子供がいたのです。しかも、長男から続いて三人の息子と娘は大学に行く時期が迫っていました。そんなとき、さらに悪いことに、父親が胃がんで倒れたのです。余命はほとんどありませんでした。
 
 母親はそんな状況をなんとかしようと、親戚に相談します。親戚の中に人材ブローカーとのコネクションがある男がいました。その男は言いました。下から2番目の娘は15歳だね、と。そして、彼女を広島に送って、クラブのバンドで歌をうたわせれば月8万円になる。それを送金すれば、全員無事に大学を出ることができると。期間は14か月。3食まかないつきで部屋もあるので彼女の生活は問題ない、とその男は言いました。母親はその甘い誘いに乗せられて、15歳の娘を日本に送ります。男は地下で色々なコネクションがありました。パスポートは偽名のうえ20歳という年齢で、偽りの渡航証明も取得できました。
 
 彼女が16歳の誕生日を迎えた頃、いよいよ出発となる前にマニラに連れてこられ、バンドをバックに歌の練習を叩き込まれました。日本に一人で行きたくないと母親に泣きつくと、家族を救うため、安心しなさい、と諭されました。広島に着いてブローカーの手配する車でアパートに行けば、そこにはフィリピン各地からやってきた同じような若い女性が住んでいます。そして、彼女たちの多くは身体を売っていました。とはいえ、さすがに彼女はその男の親戚です。売春をさせることはできなかったようです。それは幸いでした。しかし、彼女は広島の郊外の狭い部屋で何人ものフィリピン人と同居して暮らしました。
 
 彼女はバンドをバックにクラブで歌いました。そして、収入はすべてフィリピンの家族に送りました。8万円は、フィリピンの地方都市では一家全員を支えても余りある金額だったのです。わずかに残った数千円で、コンビニに行くのが彼女の唯一の楽しみでした。彼女は16歳で世の中の暗い部分をほとんど見てしまいました。クラブで接待するフィリピン女性に夢中になる日本人の男。中にはそんな女性を追いかけてフィリピンにまで行き、破滅してしまう人。さらにお金に飽かせて少女の身体を求める中年の男たち。それを逆手に取って交渉する女性やクラブの経営者たち。女性たちのほとんどが、偽造パスポートで年齢も偽って入国してきていたのです。
 
 彼女は、親戚の男の保護もあって、なんとかそんな暗黒の渦の中で身を持ち崩すことなく、クラブの小さなステージの上で歌をうたいながら、そんな光景を見て毎日を過ごしました。そして、兄や姉たちが大学の学費を払うことができたとき、フィリピンに帰国したのです。
 

日本にも存在する「人身売買」と背景にあるフィリピンの貧困

 Human trafficker という英語があります。「人身売買をする人」のことを指す単語です。国連では組織を挙げてこの問題に取り組んでいます。そして、我々日本人はともすれば、この問題は中東やアフリカでのことだろうと誤解しています。しかし、日本にも厳然とこの問題が存在していることが今回のケースで理解できたと思います。
 彼女のようなケースだけではありません。被害者が男性の場合、ブローカーが間に立って、労働者として日本や日本の資本が入った第三国などにその人を送り、劣悪な条件で働かせるケースも見受けられます。もちろん、人材を紹介する仕事のすべてに問題があるわけではなく、優良な人材派遣業として稼働している企業も多くあることは、ここで触れておきます。しかし、そうした人材派遣の名のもとに、人身売買が行われていることも厳然たる事実です。国連の直近の調査では、世界で毎年2000万を超える人々が人身売買の犠牲者となっていると言われていますが、これはまだ氷山の一角という説もあるのです。
 
 ですから、多くの国はフィリピンなど東南アジアから入国する人のビザの発給に慎重です。
 3年前のことですが、私のフィリピンのオフィスに勤務する女性に、アメリカへ10日間出張してもらおうとしたことがありました。書類もしっかり用意して、何ら問題もないはずだと思っていたら、そのビザの申請が拒絶されたのです。このことをアメリカで英語学校を経営する人に話したところ、きっとその女性は30代前後でシングルだったでしょう、と質問されました。さらに、その女性の写真があるかと聞かれたので、スマホから探して見せたところ、ほら容姿もいいし、と言うのです。どういうことかと聞くと、このカテゴリーに属する女性を対象に、アメリカの年を取った男たちと結婚させるブローカーがいて、領事館もそのことを警戒しているというのです。
 
 男たちはお金で結婚を買うのです。そして、フィリピンの女性はそうすることで家族の経済を支えるのです。典型的なフィリピンのファミリープロブレムだと、あるフィリピン人はシニカルに笑いながら言っていました。そして、こうした過去を持つ人がいる家族は、得てしてその後、家族の間の関係にも様々なヒビが入ってしまうとのことでした。一人の稼ぎ手の犠牲の下に、家族がぶらさがって生活をつないでいくというのが、フィリピンのファミリープロブレムの実態なのです。
 

違法な「人のやり取り」が社会にもたらす悲しい現実

 人身売買は、途上国における人のやり取りではありません。多くの場合、途上国と先進国との間の経済格差を利用した組織的な行為なのです。10代の女性が日本にもやって来て、働いています。それはそのまま違法行為です。そんな手引きをする国際組織にとって、偽造パスポートで年齢を偽ることなど、さほど困難なことではありません。平均月収が数万円の国では、我々にとっての10万円が高額な収入となるわけで、現地のブローカーにとっても、そこでのマージンはとても貴重な収入源というわけです。
 
 そして、こうした深刻な問題があるからこそ、逆にビジネスや留学を本当に希望する若者へのビザが下りにくくなっているという、悲しい現実もあるのです。人身売買が偏見を生み、罪もない人もその被害に遭って人生の可能性を制限されてしまうのです。
 
 そうなのです。世界の中で日本は例外ではなく、厳然たる人身売買の加害者の 暗躍を許している国だと言えるのです。
 

* * *

『歴史イラストでわかる 幕末の日本と武士』大津 樹 (編著)歴史イラストでわかる 幕末の日本と武士』大津 樹 (編著)
精緻なイラストでよくわかる! 外国人の目で見た幕末の日本。
幕末に日本に滞在したスイス人外交官エメェ・アンベール著『日本図説』〔パリ・アシェット社刊、1870年〕に収載された図版約500点の中から、武士の町としての江戸、長崎・横浜・鎌倉・京都などの都市と風景、地方の暮らしに関わる図版150点あまりを厳選し、当時の貴重な地図も加えて再編集しました。
長崎や下関、横浜や鎌倉周辺の風景、武士の街としての江戸、公家や天皇など京の人々の様子がアンベールが作り上げた精緻な図版でよくわかる貴重な資料集です。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP