カテゴリー別アーカイブ: 世界の心の交差点で 〜コミュニケーションと誤解の背景〜

異文化ビジネスコンサルタント・山久瀬洋二の「世界の心の交差点で 〜コミュニケーションと誤解の背景〜」 4000名以上の企業エグゼクティブへのコーチング、コンサルティングの経験に基づいた、実践的なアドバイス。是非、皆さんの実例やニーズも私の Twitter にコンタクトしてください。日本人にとってのグローバルなコミュニケーションのあり方について、ご一緒に考えてゆきたいと思います。

激動期と平和期のサイクルの中に日本を置けば

“The concept of innovation has entered a turbulent age.”

(イノベーション〈技術などの革新や刷新〉でいうならば、現在は激動期に入っている。)
― Springer より

海外との交流から見えてくる「日本」

 年末年始を含めた3週間にも及ぶアメリカへの長期出張を済ませ、さらに帰国早々、久しぶりに韓国フィリピンの友人と一緒に週末を過ごすことができました。
 海外の多くの人との交流を通して、日本を客観的に見るのも大切なことだと、つくづく思い知らされます。
 
 アメリカでは、イラン系の友人とも会食をしました。彼は去年の暮れに久しぶりに故郷を訪れる予定でした。しかし、その後のアメリカとの緊張関係の中、帰国を諦め、両国の狭間で故国の友人や親戚のことを心配していたのが心に残りました。
 そして、日本への帰国直前にイランとアメリカとの間に多くの悲劇が起こったとき、私は彼に連絡を入れ、彼と私とは宗教も文化も異なるものの、私は心から全てが平和になるよう共に祈っているよと伝えました。
 そして帰国すれば、軍事オタクともいえる人が、イランをめぐる様々な情勢について感想を述べているのを目の当たりにし、私はつくづく日本は平和な国だなと、皮肉なため息をつきました。
 

激動期と平和期とを繰り返す中で

 そんな「平和」という概念について、帰国後に夕食を共にした韓国の友人が面白いことを語ってくれました。彼は、日本と韓国との平和のサイクルの違いについて語ってくれたのです。
 彼によれば、今韓国は政治的に激動とも言える変化の最中にあると言います。1945年に日本から独立し、朝鮮戦争、独裁政権や民主化運動を経て現在に至る韓国は、試行錯誤を繰り返しながら、この75年間激しく変化を続け、今その動きが大きな波になっているのだと語ります。

「日本から見れば、韓国は約束を守らず、過去に取り決めたことをすぐに撤回すると思うかもしれないが、それは韓国の社会と政治がどんどん変化し、どこに向かうのか見当もつかないほどに人々の意識も左右に揺れているからなのです」

と、彼は語ってくれました。

 
 そこで振り返ってみると、日本にとっての激動期は1853年にペリーが来航し、明治維新を経て、その後西南戦争を含めると10年ごとに戦争を繰り返しながら、最終的に第二次世界大戦が終結するまでの90年間が激動期だったように思えます。
 それ以前の江戸時代も、その後の戦後から現在に至る時代も、社会の中に様々な出来事はあったものの、大きく見れば平和な時代です。

「明治維新前後の日本もそうですが、激動期には、人々は外からどんどん技術を導入し、なりふり構わずサバイバルへと奔走しますよね」

 私はそう応えます。

「そうなんです。別の例で言えば、日本の戦国時代は激動期ですよね。この時代、日本にはキリスト教も入れば、鉄砲も貪欲に取り入れました。でも、その当時の韓国は平和期だったんです。だから外の動きに鈍感だったし、海外から何かを取り入れる必要もないと鎖国をしていました。日本はそんな激動期の後、江戸時代に同様の平和期に入り、やはり鎖国しましたよね」

「そうそう。そして、今日本は戦後からの平和な時代の中で、外への関心が薄れ、ある意味で精神的な鎖国状態になっているかもしれませんね。韓国も今は経済が発展し、多くの人は日本人と同じようなメンタリティを持っているのかなと思っていましたが、違うんですね」

「韓国はこの75年間の激動期の中で、これからどこに行くのか全く未来が見えないんです。日本と同じように少子化で社会が衰退するのか、激動期特有のハングリー精神で今までにはない民主国家に成長するのか、誰もわからない。だから大統領も逮捕されれば、国家の方針もどんどん変わる。そんな韓国の方向を見極める意味でも、今年の選挙はとても大切なのです」

 我々のそんな会話を聞きながら、フィリピンの友人は、ここ数年フィリピンを揺るがしてきたドゥテルテ大統領の強権的な改革について語ります。フィリピンに代表されるアジア各地も、長い激動期の向こうにどのような未来が見えるか、これからどのような社会に成長するのか、韓国と同じような意識を共有できるのだと言います。

 

今の「平和」に迫り来る「激動」の波

 アメリカ滞在中には、日本のある大手自動車会社の駐在員が面白いことを語ってくれました。
 それは、彼らの掲げる10年後の目標についてです。

「今、車社会が大きく変化するときに、我々はどのような成長を遂げるべきか、10年後に向けた目標を会社は掲げています。しかし、こちらに来てみると、我々が10年後と思っていることが、実はすでにアメリカやヨーロッパでは数年後に実現可能なことと想定して多くの人が技術革新を進めている。これには驚愕させられました。ああ、このままではと思いながらも、日本の巨大な組織を見ると絶望してしまいます」

 平和期の中にいる日本人には、外を見る力と好奇心が薄れつつあります。表題に記したように、世界の産業技術界はグローバルなレベルで激動期に入っています。しかし、日本は変化しなくても、海外と交流しなくてもそれでやっていけると、平和な島国にいる多くの人は心の片隅で安心しきっているのです。

 

「そんな激動期にある社会と、平和の中で安心している社会の双方に、ポピュリズムが蔓延し、それがナショナリズムに変わりつつありますよね。この媚薬についつい手を伸ばしたがる人が、激動期にある国では外に敵をつくり、日本のようにそうでない国の人は、ただ自分の国を自画自賛して悦に入っているというのが今の世界の課題なのでしょうね」

 私がそうコメントしたとき、マレーシアで活動する日本人の若者が言っていたことを思い出しました。

「日本にいるとき、何が息苦しかったかって、多くの人が日本はとても素晴らしく、そこにいれば安全で豊かでいられると本気で思っていることでした。そして、海外と日本を比較するときは、日本は特殊だからとすぐにコメントして、現実を見ようとしない人ばかりでした。そんな社員が集まる大きな組織にいるのがいやで、こちらに飛び出したんです」

 
 確かに、日本は海外とは異なる特殊な国です。でも、どこの国も他の国と異なる特殊な国だということを忘れてそうコメントするのが、平和期の中にいる日本人のくせなのかもしれません。
 次の激動期が、すぐそこまで迫っているかもしれないのです。未来を見るとき、自分の都合の良い未来を描きながら、そこで安心できているのは、この現在の一瞬だけかもしれないのです。
 

* * *

『対訳 日本小史 JAPAN: A SHORT HISTORY』西海コエン (著)対訳 日本小史 JAPAN: A SHORT HISTORY』西海コエン (著)
古代から現代まで、日本の歴史を大きな流れで、かつコンパクトで分かりやすい英語と日本語の対訳で解説。理解を深めるためカラー写真や図版を豊富に使って、日本史の全体像を把握することに主眼を置いた作りとなっています。また歴史事項の英語表現も同時に学べ、教養を高めたい学習者におすすめの一冊!

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アグレッシブに見える海外での様々なコミュニケーション

“Every person has a unique communication style, a way in which they interact and exchange information with others. There are four basic communication styles: passive, aggressive, passive-aggressive and assertive.”

(全ての人は、他人とやりとりをするときに、それぞれ独自のコミュニケーションスタイルを持っている。それは大きく「受動的」、「積極的」、「その双方」、あるいは「断定的」といった4つに分類できる。)

「自分」を主張するコミュニケーションスタイル

 中東の人はコミュニケーションスタイルが強いとよく言われます。
 商談などをするときに、強く相手に迫り、激しいやりとりを繰り返すので、周りにいる人がびっくりすることもよくあるようです。
 私の友人にイラン系でアメリカ人の女性と結婚して、アメリカに移住した人がいます。
 彼の奥さんは最初、夫がイランで何かものを買うとき、あまりに大きな声で怒鳴り合うために、喧嘩をしているのではないかと誤解し、時には涙を流すこともあったと話します。
 
 ところが、そういうアメリカ人が仕事などで白熱した議論をするとき、日本人からすると、彼らもあたかも喧嘩をしているかのように見えるのです。アメリカ人も自分の意見を語ることに躊躇しません。日本人的に考えれば、もう少し空気を読んだり、他人のことを考えたりして発言してはどうかと思うわけです。
 基本的にアメリカでは、何か言わなければならない人は、そのニーズを口にして語らない限り、誰も相手にしてくれない文化があると言われています。ですから、ニーズを察してもらえると期待する日本人の気持ちは、相手になかなか伝わりません。
 
 では、そうした文化があるのはアメリカだけかというと、そうではなかったわけです。冒頭で紹介した中東の人のコミュニケーションスタイルが、アメリカ人よりも激しいものだと聞けば、それはそれで興味深い発見です。
 そこで思い出すのが、インドです。
 インド人は自分たちのことを、極めて Individualistic(個人主義的)であると表現します。Individualistic な人といえば、誰もがまずアメリカ人を想像するのですが、インド人は自分たちの方がその点では上を行っていると言うのです。
 

文化で異なる「Individualistic」な行動様式

 ここで、面白いエピソードを紹介します。
 それはすでに20年ぐらい前のことです。当時、私はニューヨークに住んでいました。カリフォルニアまで出張し、夜遅くニューヨークに戻ってタクシーに乗ったときのことです。忙しい出張を終えた後の長いフライトだったこともあり、タクシーの中ではただぼんやりと窓の外を流れる景色を眺めていたかったのです。
 ところが、タクシーに乗るや否や、運転手さんが話しかけてきます。

「お前はどこから来たのか」

という質問から始まって、いろいろなことを聞いてくるのです。私はとっさに、この人はバングラデシュからの移民だなと思いました。言うまでもなく、バングラデシュはインドの隣国で、住んでいる人の多くはインド系です。どうしてそう思ったかといえば、彼の風采はもちろんですが、なんといっても私に対して話しかけてくるそのスタイルがヒントだったのです。
 そして、ついに彼は私に対して、

「日本人はお金持ちで羨ましい」

と話してきます。
 やれやれと思って適当に受け流していると、

「お前の月収はどれくらいなんだい?」

と聞いてきます。
 これには流石にうんざりして、

「Well. I think it is not your business…right?(それって君には関係ないことだよね?)」

と答えたのです。
 すると、彼はとたんに不機嫌な声で、

「わかったよ」

と言うと、そのまま黙り込んでしまいます。私はもちろん、そのまま彼をほったらかしにして、こちらも黙って窓の外を眺めます。ほっとしたのを覚えています。

 
 とはいえ、このように自分の好奇心をそのまま表現するインド系の人々のコミュニケーションスタイルは、確かに特異です。おそらくこの運転手さんは、どうして私が自分の月収を尋ねられたことにうんざりしているのか、理解していないのかもしれません。
 言い換えれば、インド系の人々の Individualism とは、自分の好奇心や、自分がやりたいこと、あるいは人にやってもらいたいことを、はばかることなく表明するコミュニケーションスタイルを意味しているのかもしれません。
 
 しかし、こうしたコミュニケーションスタイルは、当然アメリカでは摩擦を起こします。アメリカの Individualism は個人と個人が別々で、それぞれにプライバシーがあることを前提としているからです。月収を尋ねることは、日本ではもちろんですが、アメリカでもタブーなのです。しかし、インドではこうしたやりとりがよくあることは、インドに行ったことのある人ならおわかりでしょう。
 そして、彼らは自分の思い通りの反応を得られなかったときは、実に残念そうな、あるいは不満そうな表情をします。しかし、それが本当に彼らの心を傷つけているのかと言えば、そうとも言い切れず、単純に思い通りにいかなかったことへの不服の気持ちだけなのだと、あるインド人は語ってくれました。
 Individualism と一口に言っても、その単語の意味する行動様式は文化によってかなり異なるのです。
 

主張せず「空気を読む」日本人のコミュニケーションは…?

 昨日、イラン人の友人に、明日は彼の知っている二人の人物に会いに行くんだよと話しました。まさに Individualistic なキャラクターを象徴する二つの民族、アメリカ国籍のイラク系の人と、アングロ・サクソン系のアメリカ人にこれから会いに行くのです。彼らは仕事の上でも個人的にも深い絆のある友人です。
 しかし、彼らは二人でいると、いつもお互いに自分のニーズを主張し合い、なかなか譲りませんいつ二人が大げんかを始めるのかとハラハラします。
 
 「いえね。彼は特に自分と違う意見をどんどん言って切り込んでくる人の方を、むしろ信用するんだよ」と、イラン人の友人は、そのアングロ・サクソン系のアメリカ人のことを解説します。
 
 日本人は、人と意見が異なれば、あえてそれを口にせず、波風を立てません。自分のニーズが相手に伝わらなければ、泣き寝入りすらして、自分だけが犠牲になることもしばしばです。このイラン人の友人との会話を通して、そんな日本人のコミュニケーションスタイルの方が、世界的に見れば奇異なのかもしれないなと、つくづく思わされたのでした。
 

* * *

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国際社会でシニカルに笑われる日韓論争

©時事通信社

“An official of South Korea’s foreign ministry told Reuters it has expressed regret over Kono’s ‘rude’ attitude. Anger over wartime history can stir nationalistic feeling in both countries.”

(韓国外務省の関係者は、ロイターの取材に対して河野外相の無礼な態度に遺憾の意を表明。先の戦争をめぐる怒りが両国のナショナリズムをかきたてる)
― ロイター通信より

とある立食パーティーにて、外交について思考する

 たまたまロサンゼルスで出席したある立食パーティーで、日本語で話しかけられました。「なぜ日本語を」と聞くと、横須賀の海軍基地将校として勤務していて、今は業務で帰国後の休暇中だからだということでした。
 そこで、はあえて「Thank you for defending us. (日本を守ってくれてありがとう)」と冗談っぽく話しかけました。相手の反応に興味があったからです。すると彼は、「Oh. It is a partnership. Sure it is. (我々はパートナーだよ。もちろん)」とニコリとして答えてくれました。
 
 Partnerという言葉は、同等の立場で平等の原則に従って一緒に仕事をしている、という前提に基づく発言です。彼はアナポリス(アメリカの海軍士官学校)を卒業した海軍の幹部の一人です。であれば、当然こうした質問にどう答えるかを心得ているわけです。私の質問が、トランプ大統領が「日本はアメリカを守ってくれない」と発言したことを前提とした皮肉であることを彼が理解していたかどうかはわかりませんが、この返答は極めて外交的で軽妙です。相手を尊重しながらも建前を話していることをほのめかした発言です。
 
 そして、日韓関係の話題に移りました。
「どうしてどちらの国も意地を張っているんでしょうね。極東の状況を知る多くの関係者は少々戸惑っていますよ。あなたはどう思いますか」
と質問を受けます。
「70年以上にわたって戦前の問題を引きずって、いまだに解決できないのは、双方に問題があると思いますよ。例え日本がすでに話し合いは済んでいるはずだと主張しようが、韓国がそんなことはないと反論しようが、事実として70年間何も進展しないこと自体問題ですね。おそらくお互いの外交力の欠如でしょう」
と私は答えます。
「いえね。アメリカはアメリカンインディアンへの過去の厳しい仕打ちなど、国内ですら様々な民族問題を抱えていますしね。その補償なんてこともあるんですよ。しかも、ベトナム戦争ときたら、アメリカがベトナムから何を言われても仕方がない部分もあるでしょう。でも、全てに言えることは、未来に向けて動かないことには、過去にこだわっていてもどうしようもないってことです。もっとビジネスライクにいかないものですかね」
横にいた、私の知人がそう言って話に加わります。
 それに対して私も「全く同感。これはどちらの政府にも問題を解決する能力がなく、その言い訳として国民を煽っているとしか言えないように思えますよ」とコメントしました。
 

©Nikkei Inc.

外相の「無礼」パフォーマンスに見る日本外交の落とし穴

 そんなとき、河野外務大臣が駐日韓国大使の発言を「ちょっと待ってください」と強く遮ったことをふと思い出したのです。これは韓国のナム駐日大使が、徴用工の問題で日本と韓国の企業が共同で賠償しようという韓国の提案を日本が拒絶したにも関わらず、それに再び言及したときのことでした。
 「日本の立場は伝えてあるのに、それを知らないふりをして再び持ち出すのは無礼でしょう」と外相が言及したことは、マスコミも大きく報道しています。
 
 そして、日本の世論のほとんども、煮え切らない問題に日本側がきっぱりと、かつ強く言明したことに喝采を送っているかのような論調が目立ちました。
 河野外相は参議院選挙の前に「怒れる日本」を強調したかったのでしょう。しかし、海外のマスコミの反応は極めてシニカルでした。海外の識者の多くはどちら側にも味方せず、少々あきれた反応をしています。それは今回のように、海外から日本を見ているとよくわかるのです。
 
 声を大きくして、感情的に相手に語ることと、しっかりと自らの意思や意見を伝えることとは、そもそも違います。外交のような知的なやりとりが要求される場であれば、なおさらです。日本が不満に思っていることをきっぱりと伝えることは構いません。しかし、冷静に理論立てて明快に伝えればいいものを、普段は曖昧で総花的で、行き詰まると感情的という物事の運び方は稚拙です。
 
 これは日本を含め、アジアの人々がよく陥る落とし穴なのです。
 はっきりとものを言う時に声が大きくなっても構いません。英語の場合であれば、相手が話しているときにそれを遮って、ちょっとコメントさせてくださいと言っても構いません。しかし、そのとき実は、彼らは冷静に自らのロジックを組み立てて、知的に話そうと努めるのです。決して感情的なものの言い方をしているのではないのです。それを、日本人も含め多くの人が勘違いして、強く感情的に話せばよいと思い、そうできた人にすばらしいと喝采を送るのです。これが、大きな誤解につながります。
 河野外相の発言は、日本人の外交力のなさを露呈しています。アメリカ人などと仕事をしたことがある人は、よくアメリカ人同士が意見を闘わせているとき、あたかも喧嘩をしているかのように見えると感想を述べます。しかし、それは喧嘩ではなく、意見をテーブルの上に乗せて叩き合っているのです。感情的なのではなく熱心なだけなのです。だからこそ、後で食事などをするときは、さっきの議論はなかったかのように和やかにしています。
 
 特に、アジアでは欧米と異なり、目上の人への配慮も必要です。ナム駐日大使が年長者であれば、そうした最低限の礼を尽くすことで、逆に日本のしっかりとした対応力が評価されるはずです。そうした意味では、英語ではない日本語と韓国語の会話の場で、相手の話を遮ることも無礼かもしれません。「もともと韓国の方が」と言う人もいるでしょう。その議論には今回は敢えて立ち入りません。仮にそういう人の立場を支持し、もし日本が毅然としたいのであれば、別の方法できっぱりと物事を言わない限り、世界注視の外交舞台ではお笑い種となり、結局どっちもどっちだという印象を与えてしまいます。おそらくあの場面がテレビ中継されたのは、日本の世論を意識してのことでしょう。日本という内側の世論だけを意識した行為は、国益を放棄した売名行為といわれても仕方ありません。それこそが世論を迎合させようというポピュリズムなのです。
 

©Sankei Shimbun

日韓対立の解決に向けて合理的な未来志向となれるか

 「Well, what can we do? I simply hope you guys can solve this awkward puzzle without wasting time. (我々には何もできません。日韓双方がこの気まずい課題を、時間の浪費なく解決できるといいのですがね)」とそのアメリカ将校はにこやかに語り、その後少々ジョークを交わしたあと、お互いに次の相手との話し合いに移りました。
 合理的な未来志向。アメリカ人は得意でも、日本人や韓国人はこうした発想に立つことは極めて苦手なことなのかもしれません。困ったことに、似た者同士が争うと自体がより深刻になるわけです。グローバルなレベルで課題が山積する現代にあって、二つの経済大国のこうした実りのない対立を何年も続けていること自体、大きな損失だと多くの人が思わないとしたら、それこそ極めて危険なことと言えるのではないでしょうか。
 

* * *

『日本人が誤解される100の言動: 国際交流やビジネスで日本を再生するためのヒント』山久瀬洋二 (著者)、ジェイク・ロナルドソン (訳者)日本人が誤解される100の言動: 国際交流やビジネスで日本を再生するためのヒント』山久瀬洋二 (著者)、ジェイク・ロナルドソン (訳者)

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したたかな国際社会の無法の掟とは

Newark Liberty International Airport

“Don’t ask for permission, beg for forgiveness.”

「許可を求めるな。許しを乞え」
― アメリカの格言より

 今回アメリカに出張したときのことです。
 その日はニューヨーク郊外にあるニューアーク空港から、シカゴ経由でロサンゼルスまで移動することになっていました。
 そもそも、ぎりぎりまでアポ先のスケジュールが固まらなかったために、直行便の予約ができず、仕方なくシカゴ経由となったのです。
 
 さて、空港に到着して発券機を使って搭乗券を受け取ろうとすると、思うようにいきません。近くに航空会社の係員がいたので助力を求めると、彼女いわく、シカゴ行きが大幅に遅れるため、乗り継ぎ便に間に合わないとのこと。そもそも、夜遅くロサンゼルスに到着するはずだったので、この便を逃すとホテルの予約など、様々な不便に見舞われます。
 
 そこで、直行便に空席があるかと尋ねると、大丈夫ということですが、その便の座席の状況を見ると、後方の真ん中の席しか空いていないのです。
 うんざりですね。しかも元々の便ではマイルを払ってアップグレードし、ビジネスクラスの通路側を予約していたのです。

「マイルはちゃんとクレジット(credit)してくれますよね」

私がそう確認をすると、

「自分の担当ではないので、後でウェブサイトで問い合わせてよ」

とそっけない返事。そもそも遅延があって迷惑をかけたことへの謝罪もありません。しかも、このウェブサイトが曲者で、一度変更してしまった航空券の差額を返金してもらうにはかなりの手間がかかります。

「ここでは何ともならないの?」

とさらに問い合わせると、

「無理よ。この便に乗るの、どうするの?」

という応対です。

「他に方法はないよね。じゃあ、ともかく搭乗券をください」

と言って、しぶしぶ手続きを終えました。

 

 やれやれとため息ひとつ。ところが、これで話は終わりません。
 搭乗券を持って、セキュリティ・チェックの場所に行くと、そこが長蛇の列なのです。搭乗券を見ると搭乗時間まで15分しかありません。しかも、出発30分前には搭乗を締め切り、飛行機に乗れなくなると書いてあります。
 先ほどのエージェントは、空港の混雑状況や差し迫った搭乗時間への配慮がなかったわけです。しかも、このまま列に並んでいては乗り遅れ、乗り遅れた責任は自分に降りかかる恐れすらあるわけです。先ほどのエージェントと搭乗ゲートの係員との連携プレイなど期待できないのです。
 
 列の後ろにつき、そばにいる警備員に急を伝えても、ともかく列に着くようにと言うだけです。一体これは誰の責任なのでしょう。日本であれば、航空会社に強くクレームすれば何とかなるかもしれません。しかし、アメリカではそんなことをしている間に本当に乗り遅れ、あとの処理は全て自分で行うということになりかねません。
 
 そこで、私は手荷物をしっかりと握りしめ、「Excuse me. I am missing my flight. Sorry. Let me pass!」(すみません。飛行機に乗り遅れそうなので、ごめんなさい。先に行きます!)と連呼しながら、並んでいる人を押し分けてどんどん前に。
 おそらく100人抜きはしたのではないでしょうか。何度も同じ言葉を繰り返し前進です。ただ ”Excuse me!” と言ってもダメでしょう。「乗り遅れそうなんだ」という理由をちゃんと添えて連呼し、横に人がどいてくれたら ”Thank you!” と何度もお礼を言いながら、なんとか数分で列の先端にやって来たのです。
 この行為で、やっと飛行機に間に合います。
 
 そして、飛行機が出発する直前、前方に通路側の席を見つけます。
 すかさず、キャビンアテンダントにオリジナルの予定が書かれた書類を見せ、事情を話し、運良くたったひとつ乗客が乗ってこなかったことで空席になった、ビジネスクラスの通路側の座席に座ることができたのです。
 6時間のフライトです。座席を確保した時の安堵は言うまでもありません。
 

 一度日本を離れれば、自分が求めることは自発的に動かない限り、誰も助けてはくれません。
 このケースの場合、そもそも最初のエージェントの対応に大きな問題はあるものの、その結果起きてしまった状況を変えられるのは航空会社ではなく、自分でしかないのです。
 長蛇の列についたことで飛行機に乗り遅れたとき、誰もその責任は取ってくれません。ですから、自分で決めて列にどんどん割り込むことで、まずは搭乗の問題を解決し、さらに飛行機の中で自分のニーズをキャビンアテンダントに主張してこそサービスを受けられるのです。
 
 この行動様式は、欧米でのビジネスの進め方にも深く繋がります。列の後ろから「割り込んでいいですか」という許可を求めるのではなく、まずは行動を起こし、割り込みながら、その後で必要があれば謝罪して前に進むのです。その発想を表したものが、今回紹介した格言なのです。
 
 既得権を持つこと。アドバンテージ(advantage)を最大限に利用するために、まずは動いて状況を変えること。それが国際社会のサバイバルゲームでの鉄則とも言えそうです。
 最初からやってもいいですかと問えば、大方は「No」という答えが返ってきます。ですから、許可を求めるなということになるのです。動いた後で「ごめんね」と言えばいいのです。「ルールを重んずること」は大切ですが、「ルールに縛られてしまうこと」には問題があります。海外との競争にさらされている今、日本人、そして日本の社会が抱える課題は、このルールに縛られていることを、「ルールに従うこと」と勘違いしていることなのです。
 
 「許可を求めるな。許しを乞え」というしたたかな方法で、どんどんルールを変えてゆく競争社会の中にあって、あまりにもお人好しな優等生としての日本人の姿がしばしば浮き彫りにされることがあります。
 そうした日本人の考え方が良いか悪いかは改めてじっくり考えるとしても、そのことによって我々が失いかねない権益や利益の大きさだけは知っておいてほしいのです。
 

* * *

リアルなシチュエーション想定が対応力を徹底強化する!

『こんなとき英語でどう乗り切る!? 海外で起こりうる140のシチュエーション』山村啓人、チャールトン・ビル・モアナヌ (共著)こんなとき英語でどう乗り切る!? 海外で起こりうる140のシチュエーション』山村啓人、チャールトン・ビル・モアナヌ (共著)
海外滞在中に、実際に起こりうる具体的な140の状況を想定。それぞれの状況を頭の中でイメージ、シュミレーションした上で、それらをスムーズに乗り切るために必要なフレーズを効率よく学習できる1冊です。それぞれの場面における、異文化コミュニケーションをうまく乗り切るための発想やコツも丁寧に解説!柔軟で、実用的な英語コミュニケーション能力が身につきます。

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文化に寄り添った言語がもたらす誤解とは

“We don’t see things as they are, we see things as we are.”

「物事を自分がみているように、彼らもみているとは限らない」
― Talmudic(ユダヤ教の聖典)より

 今年の3月のこと、私はある国際会議でファシリテーションをしました。
 その仕事の後、文化の違う人同士のコミュニケーションで起こりうる誤解のリスクについて、90分間の講演をしました。
 そこで、カナダの企業の幹部が私に質問をしたのです。

「我々は、同じ業界で、同じミッションを共有しています。しかも、同じ技術をもって活動している同志のようなものです。そんな間柄と信頼関係の中で、誤解が生まれるとは思えないのですが」

 そこで、私が一つの事例を示しました。

「なるほど。よいご指摘ですね。では、これから私が一つの短いスピーチをしてみます。もちろん言語は英語です。このスピーチを聞いた後で、皆さんに私が何を言いたかったかを尋ねてみたいのです」

 私はそう言って、さっそく英語でスピーチを始めました。

「今年の冬は、アメリカなどは強烈な寒波に見舞われ、被害も出たようです。冬の寒さは、アメリカだけではなく、モスクワでも記録的な寒さでした。しかし、逆に日本では今年の冬は雪も少なく、暖かい日々が続いています。世界中で様々な気候変動が起こっているようです。従って、これからは今まで以上に、異常気象にも耐えられる商品づくりについて考えなければなりません」

 こうスピーチをした後で、フランスとニュージーランド、そして先ほど質問をしたカナダの幹部に質問をします。

「さて、ここで私が言いたかったポイントは何でしょうか」

 すると、彼らは口を揃えて、

「よくわからなかったよ、ポイントが。でも、アメリカなどでの気候について話したかったんだよね」

「なるほど。では、韓国と中国の代表の方に聞きましょう。私のスピーチはいかがでしたか」

 すると彼らは答えます。

「非常に論旨が明快で、素晴らしいスピーチでした。異常気象に備えた商品づくりをしなければならないことには、我々は賛成ですよ」

「ありがとうございます。東アジアの人には、私の言いたかったことが通じました。しかし、欧米やオセアニアの人、つまり元々ヨーロッパ系の言語圏の人は皆、私のスピーチのポイントをつかめませんでしたね。同じ英語で話したのに、どうしてこのようなことが起きたのでしょうか」

 会場がざわめきます。
 しばらく間をおいて、私は問いかけました。

英語はあくまでも言葉にすぎません。その言葉をどう操るかのノウハウは、実は文化によって異なるのです。今回の私のスピーチは、ある文化圏の人には全く意味不明で、東アジアの皆さんにはよく理解されました。実は、私は日本を含む東アジアの人々のレトリックに従って英語を喋ったのです。だから、そうした論理展開が存在しない欧米の方々、あるいは英語圏の方々には、私の話のポイントが伝わらなかったというわけです」

 いうまでもなく、私は日本流の「起承転結」法を使って、英語でスピーチを行いました。そして、実際は私の予想以上にそのスピーチを理解できる人と、理解できない人とがくっきりと分かれたのです。これは驚くほどはっきりとした結果でした。

「なるほど、英語が喋れるだけでは、そして英語だけに頼っていては誤解が生じるということですね」

 カナダの代表は納得したように、私に話しかけます。

「そうなんです。実のところ、国際交渉の決裂の多くは、こうした誤解が原因なのです。悲しいことに、この結果が戦争につながることもあり、ひどい場合は人の命を奪うことも起こってしまいます。というのも、誤解が起きるとき、お互いが相手に不信感を抱き、そこから怒りや緊張が生まれるからです。ビジネスでも同様です。皆さんは大きな組織の幹部です。であれば、海外とのやり取りでこうしたリスクからプロジェクトを守ることも大切な使命なのです」

 そう私は説明しました。

 
 実際に、ビジネスなどの国際交渉は、お互いにより良い結果を共有するために行われます。誰も最初から決裂は望んでいません。それなのに、交渉やプレゼンテーションがうまくいかないのは、こうした異文化でのコミュニケーションスタイルの違いに起因することが多いのです。
 日本人も含めて、英語を喋るとき、それを自分の所属する文化で醸成されたコミュニケーションスタイルに則して使っていることに気づいている人は、そう多くはありません。そのことが、伝えたつもりが伝わっていないとか、合意したはずなのにうまく動いてくれないといった苦情の原因となっているわけです。
 

こうした誤解があるときに、まず柔軟に対応することが大切ですね。私の会社では、相手に緊張感を与えないように、相手の意図や言いたいポイントを確認するノウハウの研修をしています。現代のグローバルな環境でリーダーシップを取ってゆくには、こうした多様なコミュニケーションスタイルを受け入れ、それに応じた対応をお互いに心がける組織づくりが必要なのです」

 私のスピーチを受けて、異文化対応に詳しいオーストリアの専門家がこのようにコメントをしました。彼のコメントこそが、そのまま今の語学教育の現場や国際関係についての様々な教育関係者にも伝えたいメッセージであるといえましょう。

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ビジネスシーンの英語コミュミケーションに悩む、すべての人に!

『エグゼクティブ・コーチング~誤解される日本人~』山久瀬洋二エグゼクティブ・コーチング~誤解される日本人~』山久瀬洋二 (著者)
IBCパブリッシング刊
*TOEIC では高スコアを取っていても、実際のビジネスの場では役に立たないという人が多いといわれます。それは TOIEC で高得点を取る技能に走って、最も大切な異文化コミュニケーション力を培っていないからです。異文化コミュニケーションの本質を習得できれば、中学英語と、そこに自らの仕事に関する専門用語を加えるだけで自分の意思を理解してもらえます。本書では、日本人の思考やビジネス文化に基づいて英訳することで生じる誤解などを解説し、文化の異なる相手と交流するスキルを伝授します。

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